第15話 どうやら夢ではないようです

 目覚めればそこは昨日と同じ部屋だった。

 昨夜眠る前、枕元に置いておいたミントパイプを咥える。


「すぅ…………ふぅー……」


 ミントの清涼感で、半分眠っていた脳が目覚めていく。

 やがてクリアになった思考で、どうやら昨日までの経験が夢ではないらしいことを認識した。


「すべて現実ってことか」


 とりあえず自分を納得させ、さっとスーツに着替えてバッグを背負い1階に下りる。


「おーい、ケントー!」


 朝食の客でごった返すフロアの奥から、ルーシーが呼びかけてきたので、そちらへ向かう。


「モーニングセットでよかった?」

「ああ。ありとう」


 ふたりがけの小さなテーブルに向かい合って座る。 ルーシーはすでに装備を整えているようだった。

 賢人も昨日と同じ恰好なので、装備を調えていると言ってもいいだろうか。

 一応ネクタイもちゃんと締めている。


「おまたせしましたー」


 ウェイトレスがトレイをふたつ持ってくる。

 メニューは蒸し鶏が乗ったサラダにトースト、ゆで卵、そして紅茶というものだった。

 日本の喫茶店にありそうなメニューだと、賢人は思った。


「この鶏とか卵もドロップ品?」

「さぁ? 普通に家畜じゃないかしら」


 昨日も思ったが、この世界では畜産が産業として成り立っているようだ。

 パンもファンタジーものにありがちな固いものではなく、ふわふわとした食感だった。


「おお、シャキシャキして美味い」

「当たり前でしょ。サラダなんだから」

「この野菜はドロップ品なんてことは……」

「普通に畑でとれていると思うけど」


 どうやら、生で食べられる野菜を栽培できるほどに、農業も発達しているようだ。

 町の雰囲気からして近世欧風あたりの時代だと思っていたが、それよりも文明は進んでいるのだろうか。

 それに加護板や宿のカードキーなどは、令和初期の日本と比べて遜色ないものだ。


(魔術、だったか。あと、魔物やら加護やらもある世界だし、単純に文明を比較するのはやめておいたほうがよさそうだな)


 服と身体を水も石けんも洗剤もなしにきれいにできる浄化施設など、元の世界で実現するにはどれほどのテクノロジーが必要なのかも想像もつかない。

 なんにせよ、食事と衛生面で苦労しなさそうなのはありがたいことだ。


「じゃあ、いきましょうか」


 朝食を終えたふたりは、さっそくギルドへ向かった。


「よう、きたな。それじゃあついてきな」


 そして、昨日と同じ男性職員に連れられ、ギルド2階の講習室というところに案内される。


「さて、冒険者ギルドへ登録するにあたって、規則や注意事項なんかを知ってもらわなくちゃいけないわけだが」


 10人ほどが並んで講義を受けられるスペースに、賢人とルーシーが並んで座っていた。

 ルーシーはいまさら講習を受ける必要もないが、付き合ってくれるとのことだった。

 そんなふたりに目をやったあと、職員は再び口を開く。


「お前たちはパーティーを組むのか?」

「えっと……」


 職員の質問にルーシーは少し困った様子で賢人を見た。


「俺としては、彼女と行動できるほうがありがたいと思っていますけど」

「そ、そうなんだ。あたしは、賢人がいやじゃなければ――」

「じゃあ決まりだな」


 ルーシーの言葉を遮るように職員が言い、賢人らはパーティーを組むこととなった。


「そいうことなら、講習はざっと流すだけにするから、わからないところは適宜ルーシーに聞いてくれ」

「まかせといて。慣れてるから」


 ルーシーの言葉に、職員が少し悲しげな表情を浮かべたように見えた。

 そして、当のルーシーはどこか自嘲気味に肩をすくめている。


「ではさっそく始めようか」

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