第47話 投獄
「書簡の方。確かに承りました」
手紙を受け取った文官が少々お待ちくださいと言い残し、いそいそと扉から出て行いった。
俺とフラムははメイドに勧められ、ソファーへと腰掛ける。
ここはルグラント魔法国の首都、マギアルムの中央にある城の客間に当たる場所だ。
此処へは帝国の特使として俺達はやって来ている。
今回皇帝から引き受けた仕事。
それは魔法国へ手紙を届けるというものだった。
但し、期限は三週間の距離を3日で運ぶという、普通ならあり得ない無茶苦茶なものだ。
――まあだからこそ俺に依頼が回って来た訳だが。
厄災を倒せる程の力があれば不可能も可能になる。
皇帝はそう判断したのだろう。
実際その判断は大正解だったとも言える。
何せ3日どころか、頼んだ翌日に手紙は届けられたのだからな。
「2人の恋。上手く行くといいですね」
「どうでもいいわ」
心の底からどうでもいい。
俺は鼻をホジホジしながら、キラキラ目を輝かせているフラムに答えた。
「もー、たかしさんは浪漫が無いんですからぁ。折角なんだし、応援してあげましょうよ。皇帝陛下と王女様の恋を」
そう、実は帝国の皇帝と魔法国の王女は恋仲らしい。
だが最近王女には見合い話が浮上したらしく、そこでそれを阻止すべく皇帝は魔法国の国王宛に手紙を急いで寄越したのだ。
フラムが頼んでもいないのに付いて来きたそのためだ。
何せ自称愛の天使様だからな。
「紅茶をどうぞ」
目の前のテーブルにメイドさんが紅茶を運んでくれる。
が、当然俺はそれを口にしない。
別に毒物等を警戒しての行動ではなく、単に零したら嫌だからだ。
今腰掛けているソファーは間違いなく一級品のはず。
そんなのに紅茶を零した日にはシャレにならない。
まあ早々零すなんて事はないだろうが、ヘタレな俺は君子危うきに近寄らずを敢えて実行させて貰う。
「たかしさん。この紅茶凄く美味しいですよ。頂かないんですか?」
「ああ、俺はいいよ」
俺はパタパタと顔の前で手を振るう。
少し喉が渇いてはいるが、そう何時間も待たされる訳ではないだろうから我慢するとしよう。
この後俺達は返事の手紙を受け取り、それを皇帝に届ける予定だ。
因みにリン達は俺の転移で先に帝国に帰っている。
ケーキを食べた後、リンが徹夜の疲れか――馬鹿みたいにケーキを食った影響もあるだろう――フラフラしだしたので、先に樫の木亭へと送ったのだ。
リンは嫌がったが、後日改めて観光に連れて来てやると約束して納得させた。
その時一緒にガートゥも送り返している。
彼女は護衛として付いて来てた訳だが、よくよく考えたら危険何てある訳ないからなな。
無駄に待たすのもアレだと思ったのだ。
個人的にはウェディングドレスを着た使者などあり得ないので、フラムも追い返したかったのだが……彼女は頑なに同行を主張し、結局付いて着てしまった。
どんだけ色恋への執念恐燃やしてるんだよ、まったく。
「私の顔、どうかしました?」
「いや、俺達が関わるのって只の手紙のやり取りだろ?直接関わる訳でもないのに、付いて来たって何も面白い事なんかないぞ?」
「たかしさんは分かってませんねぇ。関わる事に意味があるんですよ!」
何その参加する事に意義があるとかいう、精神論的な理由は。
高尚っぽく言ったって所詮は只の野次馬根性だぞ。
「何せ私は愛のキューピッドですから!」
フラムは徐ろに立ち上がると半身で此方を向き、左手を腰にやり、右手はなぜか額の位置でピースする謎のポーズをとった。
どうやら彼女の心の病は俺が考える以上に重篤だったようだ。
もはや手の施しようがない。
後は彼女の冥福を祈るばかりだ。
「何そのポーズ?」
一応聞いておく。
無視してポーズを続けられたら、不快指数が振り切れそうだから。
「勿論!キューピッドのポーズです!」
ドヤ顔で答えてきたが、周りのメイドさん達がドン引きしてるの気づいてる?
そうツッコミたい所だが、鋼のメンタルを持つフラムには言っても無駄そうだから止めておく。
「キューピッドねぇ」
「はい!私は愛のキューピッドです!」
フラムは覚醒以降、やたら自分を愛のキューピッドとアピールしてくる。
だがもうとっくに覚醒は解けていて、最早只のドルイドでしかない。
キューピッド等と詐称も良いところだ。
「愛は困難である程燃え上がります!そんな困難の中、そっと手を差し伸べるのが私の役目なんです」
手じゃなくて首を突っ込むの間違いだろう。
そもそも王族の色恋に、一般人の俺達が今以上に出来る事なんてありゃしねーよ。
「因みに、たかしさんはマスコットキャラです」
「ますこっとぉ?」
言われて自分の顔を思い浮かべる。
不細工とは思わないが、マスコットが務まる程愛らしい顔立ちをしているとは思えないのだが?
「覚醒で私を
「ざっけんな!」
何が期待してますだ。
今回の手紙の運搬だってガーゴイルとの融合を使わず態々リンに頼んだのは、寿命を少しでも削らずに済ませたかったからだってのに。
フラムの我儘に使ってやる寿命なんざねーよ。
そんなたわいないやり取りをフラムと小一時間ほど続けていると、扉が勢いよく開く。
そして衛兵達がドタドタと足音を立てながら、俺達を取り囲んだ。
「これはどう事か話、を伺いたいんだが?」
最後に入ってきた文官に事情を尋ねる。
彼は俺から手紙を受け取った人物だ。
だが男は答えず黙ったまま、代わりに衛兵の1人が大きく声を張り上げる。
「貴様達を拘束する!」
「まじかよ……」
「そんな!私達はただ手紙を届けに来ただけで……」
「これは王命だ!逆らえば容赦せん!」
思わず腰の剣に手を伸ばそうとしたが、フラムがそっとその手を押し留める。
フラムへと視線をやると、彼女は顔を近づけ俺に小声で囁いた。
「ここで暴れるのは不味いですよ。下手したら戦争になってしまいます」
戦争かよ……知った事かと言うには余りにも重すぎる。
とは言え、自分の命が最優先だ。
「分かった。でもリングが取られそうになったら、戦争だろうと何だろうと抵抗するぞ」
支配者のリングは俺にとっての生命線の様な物だ。
これさえ身に付けていれば、普通の人間相手にやられる事はまずないと言っていい。
逆にこれが無いと、ちょっと不意を突かれただけで俺はゲームオーバーだ。
だからこれだけは死守する必要があった。
俺の言葉にフラムは小さく頷く。
方針が決まったところで俺とフラムは手を挙げて降参のポーズを取り、素直に捕縛される。
衛兵達には剣を押収されてしまったが、指輪には見向きもされなかったので俺達は抵抗する事なくそのまま牢へとぶち込まれた。
ベッドに寝転び、冷たく暗い牢の天井を眺めながら独り言ちる。
「ひょっとして、皇帝に騙された?」
いや、ティーエさんも噛んでるんだ。
流石にそれは無いだろう。
……ないよね?
まあ考えても仕方ない。
後でサキュバスでも召喚して、看守から話でも引き出すとしよう。
動くなら夜だと判断し、まだ日は高いが俺は瞼を閉じて夜に備えた。
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