第9話 霊竜

「れ!霊竜様!」


そう叫ぶと同時に、ガートゥがその場に片膝をつき頭を下げる。


は?

霊竜ってなに?


ガートゥの突然の行動に唖然としていると、頭上から澄んだ美しい声が降ってきた。


「平原に住むゴブリンか」


驚き上を向くと、移動の為に先程召喚したドラゴンと目が合う。


「バヌ族のガートゥと申します!霊竜様!」

「ガートゥですか。頭を上げなさい」

「ハハッ」


ドラゴンとガートゥとのやり取りをぽかーんとアホ面で眺めていると、ドラゴンが今度は俺に語り掛けてきた。


「何故外の世界に貴方がいるのです?それにあの化け物とは、どうなったのですか?」

「それはまあ色々とあって。ていうかお前、喋れたの?」

「主!霊竜様になんて口の利き方を!」

「良いのです。ガートゥよ」

「ハハッ」


何で俺が自分で呼び出した召喚に、敬語喋らにゃなんねーんだ?


ガートゥの態度から、目の前のドラゴンとゴブリンはどうやら上下関係にある事が分かる。

もっともそんな事は俺には微塵も関係ない事だ。


「主よ。このお方は霊竜アースガルズ様だ。俺達ゴブリンにとっては神にも等しい御方だ」


そう言われても。

はぁ、そうなんだ?

としか言いようがないのだが。


「ドラゴンさんって凄い人だったんですね!初めまして!あたしリンって言います!」


ガートゥの紹介に答える様に、リンが元気よく挨拶をする。

彼女は良い子だ。

相手が何者であろうと、物おじせず挨拶ができる。


だが。


りんよ、ドラゴンは人じゃないし初めましてでもないだろ。

後、名乗るならフルネームで名乗りなさい。


これは後でちゃんと教えておこう。

そう考えたとき、頭の端に何とも言えない違和感が引っ掛かる。


なんだ?違和感?

ドラゴンが?

いや違う。

フルネームのほうか?


何とも言えない気持ち悪さに胸がもやもやして、不安の様な感覚が襲ってくる。

一体何故こんな気分になるのか?

そんな何とも言えない落ち着かない気分は、ガートゥの怒鳴り声で吹き飛ばされる事になる。


「主!ちゃんと挨拶しろ!霊竜様に失礼だろう!」

「良いのです、ガートゥよ。この男にそんなものは期待しておりません」


酷い言われようだ。

俺が一体何をしたってんだ?


「心外と言った顔ですね?」

「ああ、まあな」


心外以外の何物でもない。


「召喚に応じて行ってみたら挨拶もせずに上から目線で命令を下し、挙句怪物との戦いで消耗品扱いされる始末。そんな召喚を物の様にしか扱わない男に、いったい何を期待しろと?」

「う……」


痛いところを突かれる。

言われてみれば、確かにそうだ


ガートゥを召喚するまでは消耗品扱いだったのは間違いない。

いや、その後も会話ができない相手は同じ様に扱っていた。

そんな扱いをされれば、誰だって不快に思うはずだ。


自分がどれだけ召喚モンスター相手に失礼な事をしていたのか、言葉にされて初めて痛感させられる。


「でも死なないん……いや……」


一瞬言い訳をしそうになるが、ぐっと押しとどめる。

彼らが死なない事や、メリットが存在する事を知ったのはついさっきだ。

ましてやこれは信頼関係の話。

メリットどうこうは理由にはならない。


ちらりとリンの方を見る。

リンと、その背中でうとうとしているケロを見て思う。

言い訳がましい無様な姿を、二人には見せくないと。


「正直あんたの言う通り、俺はそういう風に召喚を扱って来た。すまない」


俺は素直に自分の非を認め頭を下げる。


「では、私達に感謝して頂けますか?」

「ああ。考えを改めてこれからは……いや、これまでの分も感謝する。ありがとう」


これからは扱いや考え方を改めよう。

保護者として、リンとケロに恥じない人間になる為にも……


「本当ですか?」

「勿論本当だ」

「では、貴方に頼み事があります」


あれ?

ひょっとしてさっきのやり取りは、俺に頼み事をするための前振りだったのか?


頼みごとをする話の流れが余りにもスムーズだったので、ついついそんな事を疑ってしまう。


「実は、私と敵対する邪竜が最近復活したようなのです。いずれ戦いになるのは必定。そこで、あなたの力をお借りしたい」

「それって今直ぐじゃないと不味いのか?」

「ええ、出来るだけ早くお願いしたい所です。何時攻め込んでくるか分からない状況ですので」


ちらりとガートゥの方を見た。

当然話を聞いていたガートゥは、困った様な顔で此方を見返してくる。


先に約束したのはガートゥの方だ。

そう考えると、優先すべきはグラトル討伐なのだが……あいつらにとって霊竜は神のような存在らしい。

そんな相手の頼み事を、自分達の都合で後回しにする事は出来ないだろう。


適当に嘘の理由で断るか?

でもばれたら事だしなぁ。

どうするべきか思案に暮れていると。


「たかしさんは、霊竜さんのお願いを聞いてあげてください!ガートゥさんの方は私とケロちゃんが何とかします!」

「リン……」

「ガートゥさんもそれでいいですよね?」

「ああ、勿論だ!元々リンに救ってもらう予定だったからな。主なんざおまけみたいなもんだ」

「誰がおまけだ!」


バヌ族の占い婆は、リンが救世主と占っているそうだ。

ガートゥが言うには、スキルの発動率は糞らしいが、一度発動すればその占いは100%当たるとの事。

つまり、始めからこうなる運命だったのだろう。


少なくとも、占いを信じるならリンの命に危険は無いはず。


「わかったよ。霊竜……名前何だっけ?」

「アースガルズです」

「アースガルズ。俺の力でよかったら協力するよ」

「感謝します」


霊竜との話を終え。

リンの方を向き、真っすぐ目を見ながら話す。


「リン。占いは100%らしいけど、世の中、何があるのか分からないのが常だ」

「はい!」

「もし少しでも危険だと感じたら、ケロを連れて逃げろ。例えそれで滅んだとしても、ガートゥ達も決して文句は言わないはずだ」

「無論だ主よ!リン、主の言う通りやばそうなら遠慮なく俺達を見捨ててくれていい」


優しいリンに誰かを見捨てろと言うのは酷だ。

だがこの約束をして貰えないなら、リンと別行動は出来ない。

最悪ガートゥか霊竜のどちらかを見捨てる事にする。


真っすぐ見つめる俺の目を見て、リンは少し迷ったように俯き、背中で寝ているケロの髪を撫でる。

それを数度繰り返すと、リンは覚悟を決めたのか、表情を引き締め、此方を見つめ返し宣言する。


「わかりました!ケロちゃんの事を一番に考えて行動します!」


何かを斬り捨てるのには覚悟がいる。

リンの様に優しい子には特にだ。

彼女の心にこれ以上余計な影が落ちないよう、上手くいく事を願う。


ま、ぶっちゃけ。

ドラゴンの戦いに巻き込まれる俺の方が100倍危ないんだけどな。


こうして俺とリンは別行動する事になる。

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