第7話 勇者

「どうだった?」

「駄目だ族長。精霊の事は精霊で何とかしろ、人間には関係ないの一点張りだ。人間からの救援は見込めねぇ」

「そうか、駄目か」


ガレットとの交渉から帰ってきたゴブリンの報告を受け、顎にたっぷりの白髭を蓄えた、老いたゴブリンが眉間に深いしわを寄せる。

老ゴブリンの名はバートゥ。

ガレットの東に広がる平原に居を構える、バヌ族を治める者だ。


「この土地を捨てるしかないか……」

「馬鹿な!先祖代々住んできた場所を捨てるというのか!まだ魔獣共はここに攻め込んできてすらいないのだぞ!」


バートゥの言葉を聞き、それまで老人の横で黙って話を聞いていたゴブリンが立ち上がり激昂する。


そのゴブリンの肉体はまるで筋肉の塊だった。

その盛り上がりで胸は大きく張り、首は埋まり、腕はまるで木の幹の如く太い。


ゴブリンの上位種は、通常のゴブリンよりもはるかに大きく逞しい。

そんな上位種の中でも、彼の肉体は群を抜いていた。

岩の様な肉体を持つそのゴブリンが、横に座る老人を睨みつける。


「ダートゥよ、攻めて来てからでは遅いのだ。鼻が利き足の速い奴らから逃れるのは難しい。特に上位種でない者達は、まず間違いなく死ぬ事になる」

「返り討ちにすればいいだけだ!」


静かに淡々と語る老人に対し、ダートゥと呼ばれたゴブリンは恫喝するような大声で反論する。

しかしバートゥは一切動じることなく、言葉を続けた。


「ゲル族の生き残りの話では、グラトルの数は百を超えるという。当然、中には上位種も混ざっておる。わしらの戦力で追い払うのは不可能じゃ。お主とてグラトルの手強さはよく知っておるだろう?」


バートゥの言う通り、ダートゥはグラトルの強さを良く知っていた。

グラトルは東の山に住み着く魔獣で、稀に山から下りてくることがあり、そういったはぐれを過去何度も討伐した経験を持つためだ。


グラトルは手強い相手であり、さらに上位種が混ざっている可能性を考慮すれば、村を捨てて逃げる以外生き延びられる可能性は低い。

興奮して思わず徹底抗戦を口にはしたが、それが分からぬほどダートゥも愚かでは無かった。


「ぐ、だが父上。ここを捨てて何処へ逃げるというのだ。何処へ行こうが魔獣や人間、他の精霊との衝突は避けられんぞ」

「それは分かっておる。だからどこに移住するかを、ここで話し合おうとしておるのだ」


魔獣が生息していない場所。

もしくは居ても力の弱い魔獣しかいない土地で、更に人間や他の精霊と生活圏が被らない。

そんな都合のいい場所が存在しない事は、バートゥも重々承知していた。


その上で、何処が最も移住に適しているかを考えなければならないのだ。

しかも可及的速やかに。


グラトルがまだこの場所に辿り着いていないのは、餌があるからだ。

豊富な餌。

そう、ゲル族の遺体が。


だがそれも長くはもたないだろう。

いずれ食べ尽くされるか、遺体が腐敗して食べられなくなるか。

どちらにせよ、それほど長い時間は残されていない。


「わしはエニルの森が妥当かと思っておる。あそこなら魔獣や精霊はおらん」

「森だと!正気か親父!」


ゴブリンの生態は植物に近い。

その為、水と光があれば生きていける。

便利ではあるが、同時に大きな欠点も抱えていた。


光合成はエネルギーの変換効率が低く、一日のエネルギーを賄うのに、毎日数時間程度は日を浴びなければならないのだ。

その為、日の差し込まない森の様な場所での生活はゴブリンにとって難しい。


「あの森は何故か木と木の間隔が広く、比較的日が差し込むらしい。井戸を掘り、居住スペースを切り開けば生活できなくは無いだろう」

「森より南の湿地はどうだ?あそこの魔獣はそれほど強くはない。あいつらを追い出し奪えばいい」


森へ行くのが余程嫌なのか。

それとも父親への反抗か。

ダートゥは南の湿地を奪おうと主張する。


バートゥはそんな息子の愚かな主張に溜息を吐いた。


「湿地で南の魔獣と戦ったことはあるのか?」

「いや、それはないが」

「確かに平原に迷い込んできた分には弱い。だがそれは平原だからだ。湿地での奴らの強さはグラトルと同等かそれ以上だ」

「ぐ……」


息子が黙った所で、皆の意見を聞くべくバートゥが口を開こうとした時、一匹のゴブリンが寄合所へと駆けこんで来た。


「族長!スキルが発動した!占い婆の!」

「なに!それで婆はなんと!」

「勇者がこの村を救ってくれるそうだ!」


この村を勇者が救ってくれる。

その朗報に周囲がざわつく。


「それでその勇者殿は何処に!」

「ガレットの街にいるらしい!名前は――



――――――リン・メイヤー――――――――


と、その他一名

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