第76話 待ち伏せ
「こりゃまた大歓迎ってところだねぇ」
パーが眼前に広がる光景を目の当たりにして呟く。
俺達は30層の森を抜け、平原へと到達する。
するとそこには、武器を手にしたゴブリン達の姿が立ち並んでいた。
「百じゃ利かねぇよな、これは……」
見渡す限りゴブリン塗れと言った所だろうか。
その全てが、此方へと敵意ある視線を向けてきている。
「完全に待ち伏せされているな。森で遭遇したゴブリン達は全て確実に始末したはずだが」
「ゴブリンってのは血の臭いに敏感なんだよ。始末する度に流される仲間の血が、あいつらに俺達の居場所を教えてたって事だ」
レインの疑問に、ガートゥが答える。
どうやらゴブリンはそうとう鼻が利くようだ。
結局、逃がそうが殺そうが此方の位置は相手に把握される。
どう足掻こうと、進む限りは森を抜けると大群に待ち伏せされる運命だったわけだ。
ニカの母親が所属していた大規模パーティーが壊滅させられたのも頷ける。
「明らかにこれまでの敵とは違いますね。今までの魔物には連携なんてありませんでしたし」
「ここからが本番ってとこか」
これまでの階層にもこのレベルの敵はいたが、これほどの数が徒党を組んで襲ってきたことは無い。
そういう意味では、ここ30層はそれまでとは一線を画する難易度と言える。
「しかし。何であいつら睨むばっかで襲い掛かってこないんだ?」
蛇の道は蛇という。
ゴブリンの事はゴブリンに聞くのが一番だろう。
俺はガートゥにを質問する。
「大方、こっちの退路を断つ為に背後に仲間を回り込ませてんだろ」
「えぇ!?お前そういう事はさっさと言えよ。睨みあいを続ければ続ける程、状況が悪くなるじゃねーか」
「落ち着けよ。この程度の敵、いくら頭数揃えたって俺達の敵じゃねぇ。今レインと競争してるんだからちょっとまってろ」
レインと競争?
一体何の競争だ?
ガートゥの言葉の意味が理解できずに混乱する。
「見つけたぞ」
「見つけたって何を?」
「群れのリーダーに決まってんだろ?ったく、主が喋りかけてくっから負けちまったじゃねーか」
こいつらリーダーを探してたのか。
しかし動きのない百を超える集団から、よくリーダーを見つけ出せたものだ。
俺には手にしている得物以外、その違いがまるで分からない。
「俺が突っ込み頭を潰す。そうすれば残りは烏合の衆だ」
「しょうがねぇ、負けは負けだ。サポートしてやるぜ」
そう言い終えると、ガートゥとレインがゴブリンの群れに勝手に突撃する。
……いきなり動くなよな。
此方の動きに反応し、ゴブリン達も動き出した。
近接武器を手にするものは前へ。
弓を手にするものはその裏へと周り、矢を番える。
とても魔物とは思えない程の連携の取れた動きだ。
ゴブリン達から放たれた無数の矢は、レイン達に降り注ぐ。
それを二人は苦もなく切り払いながら前進する。
そして瞬く間に敵の眼前に迫ったガートゥ達は、一刀の元全ての敵を切り裂いていく。
一方、俺達の方へと飛んできた全ての矢はフラムの魔法によって無力化されていた。
風の防壁により、飛び道具を無効化する魔法だ。
ゴブリン達の膂力程度では、この魔法を突破する事は不可能だろう。
お陰で飛び道具は気にしなくて済んでいた。
俺達は寄ってくる敵を迎撃する隊形を組みながら、少しづつ前進する。
背後は召喚したゴブリンウォーリアが。
そして両サイドはパーとリンが担当し、戦闘力の低いニカはフラムの傍だ。
「矢が止まったな」
ゴブリン達が弓を捨て、背に掛けてあった斧や鉈等へと持ち替える。
突っ込んだ二人は乱戦状態。
後方の俺達には飛び道具が効かない。
この状況下では、弓による攻撃が無意味である事に気付いた様だ。
隊列を変更しようかとも考えたが、見えない位置から弓が射掛けられないとも限らない。
万一の事態を想定し、そのままの隊列で俺達は敵を迎え撃つ。
「はっ!」
腰の剣を抜き放ち、襲い来る敵を一刀の元切り伏せる。
敵は此方を囲み一斉に飛び掛かってきたが、それら全てを四人で返り討ちにしてやった。
俺やリンは元より、召喚したウォーリアもこの程度の相手なら敵ではない。
ただパーには少し驚かされた。
彼女はその手にした棒で華麗に敵を叩き伏せる。
棒術に自信があると本人は豪語していたが、正直半信半疑だった。
だがその言葉に嘘偽りが無かった事を、彼女はこの状況で見事に証明して見せたのだ。
彼我の戦力差は圧倒的だったが、敵は此方の消耗を狙い休まず波状攻撃を仕掛け続ける。
そんな敵の攻撃を、俺達は圧倒的な実力差で切り伏せた。
二陣三陣と退けた所で、急に敵の動きに異変が現れる。
それまでは息をぴったり合わせて襲ってきた魔物達だが、急に動きがちぐはぐに変わったのだ。
「どうやら、群れのリーダーを倒してくれたみたいだね。もう少し手こずるかとも思ったんだけど、流石レイン君。頼りになるねぇ」
パーが巧みな棒術で敵を叩き伏せながら、レインへの称賛の言葉を口にする。
レインが聞いていたら、きっと大喜びだったに違いない。
「敵が逃げていきますね」
リーダーを失った事で一部の敵が逃げ出し、それを目にした他のゴブリン達も、堰を切ったかのように散り散りに逃走を始めだす。
レインの言った通り、頭を失ったゴブリン達はまさに烏合の衆そのものだった。
「さて、と。レイン達に労いの言葉でもかけてやるか」
俺は剣を鞘に納め、パーに声をかける。
「さっき言ってた台詞、レインが聞いたらきっと喜ぶぜ」
「そうですね!さっきの言葉、レインさんに言ってあげましょうよ!」
フラムが凄く嬉しそうに俺の案に賛成してくる。
普段はうざくて仕方のないこういった反応も、こういう時は助かる。
「残念。僕はそんなに優しくないんでね」
パーはにやりと笑いながら、彼を甘やかす気は無いよと言葉を続けた。
本当にいい性格してやがる。
余りにも前途多難なレインの恋に、思わず黙祷を捧げたくなる気分だ。
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