悪役令嬢はネコと共に戦う

 突然現れた巨躯を目にして皆息を呑む。


「オーク?! しかも亜種か!」


 レオンの声にその場にいた全員の顔が強張った。


「まずい……な。囲まれている。数も……多い」


 エーリヒがごくりと唾を飲み込む。負傷者も多くいる中での遭遇だ。オークの亜種はまっすぐにユーリ達の元へと近づいてくる。


「うわっ」


 誰かの叫び声が聞こえてきた。そちらに視線を向けるとこっそりと逃げ出そうとした冒険者の前にオークがいた。どうやら、目の前にいる亜種がボスで、他のオーク達は周りに潜んですでに自分達をとり囲んでいたらしい。


 オークの亜種は笑い声とも唸り声ともとれる声を上げながらまっすぐにユーリを見ている。おそらく本能的にユーリをこの集団のボスとして認識しているようだ。レオンが手助けをしようとしたがユーリに止められる。


「レオンは他のやつらに手を貸してやってくれ。は私が引き受けるから……あとは頼む」

「……わかった」


 レオンが離れたのを気配で感じ取り内心ホッとする。近くにいたら戦闘に巻き込む可能性がある。遠くにいてくれた方が助かる。それにしても数が多い。獣人達のおかげで劣勢にはなっていないもののそれも時間の問題だ。


 どうにか負傷者達彼らだけでも逃がすことはできないのか……。その一瞬の集中力の途切れが隙となった。亜種の手が若いヒョウへと伸びた。


「パード様!」

 ノイが叫びながらパードの腕を掴み自分の後ろへと隠す。ユーリは亜種の手を剣で横からはじいた。

 しかし、さすがの馬鹿力。できたのは腕の軌道を逸らすだけで、すぐに亜種は怒りをあらわにして今度こそユーリに狙いを定めた。


「ユーリ!」

「くるな!」


 レオンが駆け寄ろうとするのをユーリは即座に止める。振り下ろされた腕を剣で逸らす。何とか避けれたもののこめかみをかすったのか微かに痛みが走った。


 パードとアンネの微かな悲鳴が聞こえた気がした。大丈夫だと言いたいが、今はそんな余裕もない。


 ――――何か打開策は……腕の一本は覚悟の上でヤるか。

 防御はせずに攻撃だけに意識を振る。

 その結果、どれだけの怪我を負うかはわからないが最短で決着をつけるならこの方法がベストだ。

 とにかく他の人達は防御に徹してもらって……。

 と考えたところで、ユーリの頭にぴょんと何かが乗った。


 ネコだ。直感した。ネコもやる気だ。一緒に戦おうとしている。そうわかった瞬間ユーリに余裕が生まれた。ニヤリと笑うユーリ。オークには人間の表情を読み取ることはできない。

 けれど、ユーリがまとう空気が変わったことには気づいた。

 今にも襲いかかろうとしていた亜種がたじろぐ。その隙を見逃すユーリではなかった。


「行くぞネコ!」

「みゃっ!」


 ユーリが亜種に向かって走る。亜種は迫りくる脅威に向かって対抗しようと腕を振り上げた。ユーリは跳躍し、身体を捻る。その隙を亜種は狙おうとしたのだが、ネコはユーリには手出しさせないとはかりにくわっと口を開け炎を吹き出した。


 想像もしていなかったのだろう。亜種は真正面から攻撃をくらった。もはや反撃するどころではない。亜種は咆哮を上げながら炎から逃れようともがいた。

 そして、刃が一閃した。この間、ほんの数秒。オークの焼けこげた頭がごとりと落ちた。


 皆が動きを止め、二人(一人と一匹)を見る。オーク達はボスが呆気なく討たれたのを目の当たりにして、自ずと後退した。ユーリの視線が周りにいたオーク達を射る。オークは駆け出してその場から逃げ出した。


 ユーリはそれを追いかけようとはしなかった。最優先事項は別だからだ。


「ふーっ」


 ユーリは止めていた息を吐き出し、剣を振るい鞘に戻した。ネコが労うようにユーリの肩に降り頬を舐めた。思わずユーリの頬も緩み、ネコを撫でる。

 そして、周囲をぐるりと見渡した。


「皆、無事か? 村に全員で確実に戻る為にも負傷しているものは今この場でアンネに診て貰った方がいい。アンネまだいけるか?」

「余裕よ! マナポーションも持ってきてるし」


 準備のいいアンネにユーリは流石だと頷いた。アンネが重傷度が高い者達を集めて全体回復をかけている。軽傷者には低級ポーションを配った。これでオーク達がまた襲いかかってきたとしても先程よりは対応できるだろう。


 全員の回復を待ってすると、集団の中からパードがふらふらとユーリに近づいてきた。その頬は赤く染まり、熱い視線を一点に注いでいる。パードの進む先にはユーリしかいない。


 レオンはその顔を見て思わず一歩前に出た。

 ここでいざこざが起きるのはまずい、ノイは戸惑いつつもパードを止めようと手を伸ばした。

 しかし、パードはその手を振り払う。ノイの目が驚いたように大きく開いた。


 パードはユーリに近づき、右手を左胸に当て、左手を差し出した。


「あなたの可憐で勇敢な姿に惚れました。どうか、僕の妃になってください。決して、苦労はさせません」


 頬を紅潮させて言い切ったパードにノイを含めた周囲の獣人達はざわめき、レオンとアンネは目を吊り上げた。


「悪いが彼女には先約がある。諦めてくれ」


 ユーリとパードの間に割り込むようにレオンが身体をねじ込む。

 しかし、そのレオンをユーリが押しのけた。その表情は照れている様子などひとつもなくむしろ険しい。レオンはユーリの顔を見て頭が冷えた。本人がこの調子ならば大丈夫だろうと見守ることにした。


 ユーリは鋭い視線をパードに向け言い放った。

「軟弱なやつにネコはやらん!」

 その一言にレオン、アンネ、と周りにいた人々は目を丸くする。

 鈍いにもほどがあるだろう。さすがにパードが可哀相だとレオンがツッコミをいれようとした。


「なら、僕が強くなったら……彼女を守れるくらいに強くなったら認めてくれますか!」

「私を倒したなら考えてやってもいい。ただし、ネコの気持ちが優先だ!」


 腕を組んでパードに厳しく接するユーリとそんなユーリに向かって必死に自分を売り込もうとするパード。そして、わかっているのかいないのか他人事のようにユーリの頭の上で毛つぐろいをしているネコ。

 真剣な本人達をよそに全員が脱力した。


 とりあえず今は村に帰るのが先決だと話はそこで終わった。ユーリは改めてレオン、アロイス、ノイを集めて編成を整えることにした。この場にはが集まっている。念には念をいれておきたいというユーリの言葉に全員反対はしなかった。


 代表者の判断で実力者達を先頭と最後尾に集めた。もちろん、ユーリは一番後ろだ。その前にはなぜかパートがいる。どう考えても彼は列の中央にいるべき存在なのだが、そのかわりと言ってノイがつけられているので文句もいいづらい。何よりパートはまだ少年といえる見た目で、前世の記憶にある子ヒョウがそのまま擬人化した姿をしていた。————つまり、ユーリの好みに入る可愛さを備えていたのだ。故に、ユーリはまあ自分が守ればいいか、という結論に至った。


 パートがちらちらと振り返ってユーリの頭上を見る。そこには相変わらずネコがいて、ときおり周囲に視線を向けるが、基本は伏せて目を閉じている。


 パートが意を決したように声を上げた。

「あ、あの! ネコさんとお呼びしてもよいでしょうか」

 頬を赤らめながらも聞くパート。正直それぐらいは勝手にしてくれと思ったが、ユーリは一応ネコにも確認することにした。


「ネコどうだ?」

 ユーリの声にネコの耳がピクリと動き、目を開けるとむくりと顔を上げる。そして、ちらりとパートを見て頷いた。緊張していたパートの目が途端に輝く。

 そして、次の瞬間パートはユーリにずいっと近寄った。


「あ、あの! ネコさんを僕がだっこしてもよいでしょうか?」


 答える前にパートがネコへ手を伸ばした。パートの手がネコに触れる瞬間、ネコの口から小さな炎が飛び出した。慌ててノイがパートを庇う。


「貴様! パート様に何をする!」

「それはこちらのセリフだ。同意なしで手を出そうとするとはどういうつもりだ。そんな男にネコはやれんぞ」

「ご、ごめんなさい! ネコさんも不快な思いをさせてしまってごめんなさい。……ノイ、威嚇するのやめて。今のは僕が悪かったんだから」


 ノイは納得いっていない顔をしていたが、パートから非難めいた視線を向けられて視線を逸らした。

 パートの目にはネコに嫌われたどうするんだという苛立ちが込められていた。


「ユーリ」


 名前を呼ばれて視線を向けると、レオンが手招きをしていた。どうやら村へ帰る前にオーク達が隠していたものを確認だけしておきたいらしい。迷ったが確認するだけならと頷いた。王太子としては最優先しなければいけない事項なのだろう。


 全員に声をかけてレオンと二人で見に行こうとした。

 けれど、ノイとパードに声をかけられる。結局、四人で確認していくことになった。


 気配を消してオークが出てきた道を辿る。その先には山肌にぽっかりと空いた洞窟があった。その穴から人間が出入りしているのが見える。

 四人は顔を見合わせた後、静かに道を引き返した。

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