悪役令嬢は冒険者デビューする
王都から辻馬車で約三時間かかる場所にその村はある。村の名前はチシャ村。チシャ村は比較的王都から近いにも関わらず、とある理由から人々に忌避されていた。
その理由とは、『魔王の森』がチシャ村の近くにあるからに他ならない。常に魔物が現れる森へ王都から定期的に騎士達は派遣されるものの、二十四時間駐在して対応してくれるわけではない。
故に、チシャ村の住民達は戦闘力が平均的に高い。特に村の中でも腕に自信がある者は冒険者ギルドに登録し、稼ぎがてら日々森で討伐活動を行っていた。
『魔王の森』の入口付近に一人の少女が立っていた。少女の名前はエルマ。ここ最近は森の様子がおかしく、数ヶ月前から女子供は森へと近づくなと村長から言われていた。それなのに何故エルマがこの場にいるのかというと、エルマの兄が未だ帰ってきていなかったからだった。
数日前、ギルドからの要請で村からも何人か駆り出された。そのメンバーの中にはエルマの兄、アロイスもいた。普段ならばそろそろ一度は村に帰ってくる頃合なのに彼らは戻ってこない。
エルマは嫌な予感が当たらなければいいと祈りつつ、こうして時間があれば見に来ることしかできなかった。しばらくの間、森の前で立ち尽くしていたが、後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。
アロイスを含むギルド所属の冒険者達は森の中を走り回っていた。後ろからはウルフの群れが追いかけてきている。アロイスはある程度ウルフを引き付けたところで振り返り、弓を射た。続け様、数回射る。
三匹のウルフをしとめ、一息つくと、負傷した仲間の状態を確認した。
ただのウルフの群れだと侮っていた。まさか、ボス格のウルフが風属性の魔法を使えるとは……。油断もあり、仲間の一人がまともに風魔法をもろにくらってしまった。出血が酷く、顔色も徐々に悪くなってきている。すぐさま引き返すことを決めたが、撤退したくてもその先で数匹のウルフが待っている。挟み撃ちにされるのだけは避けようと別方向へと逃げ、その先でまたウルフと出くわすという攻防を繰り返していた。
アロイスは後ろからウルフが迫って来ているのを肌で感じていた。予想通り、茂みの中からボス格のウルフが飛び出してきた。アロイスは咄嗟に仲間達に先に行くように告げ、弓を構えた。
このウルフは風魔法を操る。弓との相性は最悪だということは分かっていた。
「くそったれ! 当たれぇえ!」
アロイスが放った矢はウルフへと真っ直ぐに飛び、当たる前に風に巻き上げられ届かなかった。ウルフが唸り声を上げる。大きな風の刃がアロイスへ向かって襲いかかった。
アロイスはここまでか、と目を閉じる。瞼の裏に自分を待っているはずのエルマが思い浮かんだ。
アロイスはいつまでたってもやってこない痛みに恐る恐る目を開けた。
目の前には一人の男が背を向けて立っていた。男が振り向くのに合わせて、後ろで一つ結びにされた金色の長い髪が揺れる。一見すると女性と見間違うほどの美貌にこんな状況にも関わらず見惚れてしまった。
剣の一つも持ったことがなさそうな顔をしておきながら、その足元には先程まで自分達が苦戦していたはずのウルフが倒れている。
男はウルフに近づくとその死体に戸惑うこともなく刃を突き立て、核を取り出した。その手際の良さに、そういえば……と、アロイスはある噂を思い出した。『えらく綺麗な顔をした腕の立つルーキーが現れた』という噂を。どうせ、貴族の坊ちゃんが箔付けの為にお金を出して流した噂だろうと思っていたが、ボス格のウルフをこうも簡単に倒してしまうところを見ると噂は本当だと認めざるを得ない。
「これ、いるか?」
男は手元の核をアロイスに見せた。
「いや、いい。俺らはあんたがこなければクエスト失敗だったんだ。それは、あんたのものだ」
「そうか……ちょうどいいし、ありがたくもらっとく。森の入口まで送っていこうか?」
「いや、後の雑魚くらいなら俺でも対応出来る。……ありがとうな」
「こういう時はお互い様だろ。じゃあ、俺は先に行くが気をつけろよ」
男は存外にも気さくな口調でアロイスに声をかけ、行ってしまった。所作の端々に貴族らしい洗練された仕草がでていたが、それでも自分が知っている貴族とは違うと感じた。嫌味たらしくなく、悪い印象はなかった。
ああいうやつなら認めてやってもいいかもな。
アロイスはエルマ同様、妹のように可愛がっていた幼なじみの少女を思い浮かべた。村を出て王都の学園に行ってしまった少女のことを。
————————
ユーリは普段通りネコと裏庭で戯れていたのだが、突然現れたアンネに戸惑っていた。どう見ても、目の前のアンネは怒っている。理由が思いつかず首を傾げた。その仕草がさらにアンネの気に触ったらしい。アンネは怒りを目に宿し、ユーリに詰め寄った。
「ギルドの場所を教えろっていうから教えればいつの間にか冒険者として登録してきて!? あまつさえ、まだ駆け出しの癖に単身『魔王の森』に乗り込んで行ったですって?!」
「この国を出ることを考えるとぴったりの職業だと思うが。『魔王の森』については、手っ取り早くお金を稼ぐためで、こうして無傷だったわけだから……まぁ、落ち着け」
「あなたは『魔王の森』の恐ろしさをしらないからっ」
「話は聞いてたが、本当に魔物だらけの森だったな。魔石集めにはちょうどよかった」
ご満悦のユーリが零した言葉にアンネが眉根を寄せた。
「魔石?」
「ああ。今回討伐したやつの中に風魔法を操る魔物が数体いたんだ」
魔物には心臓部に核がある。この核を取り除かないと倒したところで暫くすると蘇ってしまう。その為、核は通常その場で壊す。ただし、魔法を扱える魔物の核は別で、魔石と呼ばれる。魔石には魔力が宿っており、加工すればマジックアイテムとして使うことが出来る貴重な素材だ。
「あの森に今までそんな強い魔物はいなかったはず……まさか、魔王復活イベントがもう?」
ブツブツ言っているアンネをよそにユーリはゴソゴソと箱を取り出した。
「アンネ」
「何? 今私は考え事の途中だから邪魔しないで……て、何それ?」
アンネはユーリが手にした箱を覗きこみ、目を瞬かせる。箱を開けると中には緑色のピアスが入っていた。よく見れば風属性の魔石から出来たものだと分かる。
「急ごしらえで悪いけど、これはスマホ替わりな。私達がこうして一緒にいるのをあまり人に見られる訳にもいかないだろう。出来るだけこれで連絡を取ろう」
「なるほど、確かにこういうのは必要かも。小さいからそんなに目立たないし。でも、私穴開けてないわよ」
「ああ、それなら大丈夫。これは魔力でつけるやつだから……こうして」
手を伸ばし、アンネの左耳に触れる。ピアスを添えて魔力を流す。きちんとついているかを確認した後、アンネから離れた。ユーリが離れていくとアンネが息を吐きだした。
「ユ、ユーリィ」
「どうした?」
「あ、う、いや、なんでもない」
アンネは赤く染まった頬を隠すように顔を背けた。「そうか」と言いながら、自分の右耳にも対のピアスをつける。上手くついたのを指で確認すると、未だにそっぽを向いたままのアンネに声をかけた。
「それで、魔王復活イベントってなんだ?」
「ちゃっかり聞いてたのね」
アンネはジト目でユーリを見つつ、長くなるからとユーリの隣に腰を降ろした。
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