第11話 下準備
唐揚げと言えばもも肉だよね。普段高くてもも肉なんて買えないけど、葛谷さんの奢りだから遠慮なくもも肉をカゴに入れた。
「どんだけ食べます?」
「知らん」
知らんって。じゃあとりあえず400gくらい買っておけば大丈夫だろうか。もう1パック買った方が良いかな。
少し迷ったけれど、初挑戦で失敗したら恥ずかしいので400gにしておく。
葛谷さんの家にある調味料の中で足りない物も放り込んだ。
「ねえ、葛谷さん、お野菜も食べますよね?」
「食べたいなら買え」
いやあ、絶対食べた方が良いよ。私は袋詰めされたキャベツの千切りもカゴに入れた。
「お味噌あります?」
「ある」
じゃあ、お豆腐の味噌汁を作りましょう。ちょうど私のカゴの中に木綿があるからこれを使おう。ネギも欲しいけど、お味噌汁だけに使うだけで束を買うのも多いよね。豆腐だけでいいか。
「ご飯はありますよね?」
「米はある」
レジで私と葛谷さんと別々に会計して店を出た。
「では参るか」と言って歩き出した。
「はい」
って、こっち? 私の家の方向じゃん。その後も彼は私の帰宅ルートをずいずいと進んでいく。
まさか、そんな事無いよね。あ! 私のマンションが見えてきた。ちょちょちょ、あり得ないでしょ。マンションまで偶然同じとか最早怖いよ。
しかし、彼は私のマンションをの前をそのまま通り過ぎた。
「あ、葛谷さん」
「なんだ?」
「私のマンション、コレなんです」と言って指を差す。
「そうか」
反応うす!
「ひょっとしてご近所ですかね?」
「アレだ」と言って数十メートル先にあるマンションを指差した。
え? 本当にご近所じゃん。
「こんなに近くやったなんて奇遇ですね」
「ああ」
この人、こういった偶然とか私に関する事とかに対しては異常に無関心だな。
葛谷さんのマンションに到着し、階段を上がった。
改めて冷静に考えると、やっぱりちょっといきなり過ぎじゃない? なんか心臓がどきどきしてきたんだけど。
別に唐揚げ作るだけなんだし、恋人でもないのに何緊張してるんだろ。落ち着け、私。
純也の部屋に入った事があるから男の人の部屋に入るのは初めてじゃないんだけど、純也の家は家族もいたし、完全に独り暮らしの男の人の部屋に入るのは初めてだからなあ。なんか恥ずかしくなってきた。今、同じマンションの住人に見られたら絶対勘違いされるよね。顔が熱い。
3階まで階段で上がり通路を少し進んだ所で立ち止まるとカギを開けて扉を開いた。
「入れ」と言って扉を開けたまま葛谷さんが言う。
「お邪魔します」とおずおず言って玄関に入った。
あ、なんだろう、この柑橘系の香り。きりっとした尖ったような香りがする。女性からは絶対に香って来ない匂いだ。
「どうした? とっとと進め。僕が入れないだろう」
「あ、ごめんなさい」
「ええ匂いしますね」
「何の匂いだ?」
「お部屋から香ってきます」
「トイレの芳香剤だろう」
ええ……でも絶対それだけじゃないと思うけど。
葛谷さんのお部屋はビシっと片付けられていた。部屋は1DKという間取りだろうか。4人掛けのテーブルが置けるほどのダイニングキッチン。ただし真ん中に置かれているのは3人掛けのソファーとサイドテーブルだけど。ひょっとしてコレに料理を並べるのかな? 少し狭い気がするけど。その奥に6畳くらいの寝室が見える。築年数も新しそう。
「いいお部屋ですね」
私のウサギ小屋と比べたら悲しくなってきた。自分のマンションを教えるんじゃなかったわ。
「じゃあ頼んだぞ」と言って寝室に入るとスーツを脱ぎだした。
うわ、着替えてる。慌てて視線を逸らす。
着替え終わった葛谷さんはソファに腰掛けリモコンを操作しテレビをつけた。
ええ? 丸投げ? まあ、ずっと見られてても緊張するから丁度よい。
私は買ってきた食材をキッチンに並べながら、頭の中で手順をシミュレーションした。
「葛谷さん、調味料はどこですか?」
「冷蔵庫の中とかキッチンの棚などにある。適当に使ってくれ」
私は必要な物を物色した。醤油と酒は冷蔵庫にあった。砂糖は台所に置いてあるスパイスホルダーにあった。よし、まずはタレを作ろう。
おろしがねを見つけてニンニクとショウガをすりおろし、ボウルに入れる。
そこに酒と醤油と砂糖を入れよく混ぜる。
余分な皮を剥いだ鶏もも肉を一口大にカットしてビニール袋に入れ、そこに先程作ったタレを流し込んでモミモミした。ビニール袋の口を縛り冷蔵庫に放り込んでとりあえず下準備は完了。
「ご飯、どんだけ食べます?」
「茶碗に3杯くらいだ」
と言う事は、私は1杯でいいから2合炊けばいいかな。
お米を洗い炊飯器にセットしボタンを押す。
キャベツの千切りをザルに開け水洗いをしてしばらく水切りをする。
ええと、次はお味噌汁だ。冷蔵庫を漁ると赤味噌を見つけた。
「あれ? 赤味噌しかないですよ?」
「それがどうした?」
ああ、そうか、葛谷さんも岐阜の人だった。
「やっぱりお味噌汁は赤だしですか?」
「当たり前だ! 君もそうだろう?」
「はい」
うん、なんか嬉しい。でも、コッチの人はやっぱり赤だしはあまり飲まないのか、スーパーの味噌コーナーでも赤味噌は端っこに追いやられ肩身が狭そうだ。種類も岐阜に比べると全然少ない。
恥ずかしい話なのだけれど、私は子供の頃、ご飯が食べきれないとお味噌汁をご飯にかけて食べていた。お母さんからは、「それを他所でやるんやないよ」と良く注意されたけれど。しかし、これを白みそのお味噌汁やあわせのお味噌汁でやると美味しくないんだよね。
そんな事を考えながら鍋に水をいれ火にかける。ええと、おダシは……
「葛谷さん、ダシ粉ないですか?」
「戸棚の中にある」
戸棚を開けると確かにあった。
ダシ粉を入れ沸騰するまでに3パック纏められている木綿豆腐の1パックを取り出しカットした。
赤味噌を溶いてとりあえずはこれでいいか。
あとはご飯が炊き終わるまで少し休憩しよう。
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