〈5〉
冬華からメールが来たのは、文化祭が三日後に迫った、慌ただしい時間だった。
自分たちを最優先してくれるらしい。夏央とも話がついて、一日目の午後と後夜祭の時間帯、一緒にいてくれるということだった。
すぐに夕莉に連絡をして、返信メールを打った。夕莉のほうにもメールが行っていたらしく、二人で喜んだ。
学校から帰って家でくつろいでいた時に、急な嬉しい知らせが届いたので、佳純は夕莉と長電話をした。
「嬉しい。夏央先輩たち、忙しいのに」
夕莉は心底嬉しそうに弾んだ声で言った。佳純も「楽しくなりそうだね」と笑った。
「先輩たちと一緒なら、お兄ちゃんのクラスの出し物に寄っても、嫌な顔されないかなあ」
「大丈夫だよ。翠君ががんばっている姿見たら、いい刺激受けると思うよ」
佳純が興奮して言うと、夕莉も「だといいなあ」と可愛らしい声を出した。
「ねえ、佳純」
夕莉が改まった声色をした。
「ん?」
「どうして、お兄ちゃんは私から離れていったのかなあ」
その声には、悲しみや恨みといった負の感情は、感じられなかった。純粋な疑問を問うている声だった。
佳純はどう返したらいいのかわからず黙っていると、夕莉は訥々と語り出した。
「小学校を卒業したら一緒に死ぬっていう約束、けっこう本気で信じていたんだけどなあ。あ、今はそんなこと一ミリも思ってないよ?」
「うん」
「ただあの時は、他人はすべて敵だったからさ。味方のいない世界がすごくつらくて、それで死の世界に憧れていたんだけどね」
「うん」
「お兄ちゃんは、多分、とっくに気がついていたんだよね。戦うしか道はないって」
今日の夕莉はいろいろと話したい気分らしい。佳純は友達の昔話を真剣に聞きながら、また翠に会える日は来るのだろうかと考えていた。
「夕莉、きっとお兄さんと話せる時が来るよ」
「……そう?」
「うん。大丈夫」
「佳純って、大丈夫っていうの、好きだよね。口癖なの?」
夕莉はおかしそうに尋ねた。
「そんなに口にしてた?」
「うん。だいぶ言ってるよ」
「じゃあ、好きなのかも」
確かに『大丈夫』という言葉は素敵だ。悪夢に怯えていた頃、よく聡子たちから「大丈夫」と聞かされていた。その時の名残がまだあるのかもしれない。
「待ち合わせ場所はどこだっけ?」
「渡り廊下のところ。デイケア組の教室は閉鎖されちゃうから」
夕莉の質問に佳純は答えた。時計を見ると、寝る時間はとうに過ぎていた。
「もうこんな時間だ。またね」
電話を切ろうとすると、夕莉があわてたように「もう一つだけ訊きたいんだけど」と言った。
「何?」
「
「……ええと、誰だっけ」
佳純が記憶を探っていると、夕莉の不安そうな声がした。
「二年生って自分で言っていたから、先輩なんだろうけど。でもボランティア部じゃなさそうだし。お兄ちゃんと参考書借り合っていた仲だから、繋がりはあるんだろうけど」
「その飯塚舞衣さんがどうしたの?」
すると夕莉は押し黙ってしまった。しばらくして、
「……ごめん、やっぱり何でもない。夜遅くまでごめんね」
と返事がしたので、佳純もそれ以上は何も言わず、「おやすみ。また明日」と告げると互いに電話を切った。
アイフォンを充電器に入れて部屋の電気を消したところで、佳純ははたと気づいた。
翠が最後に妹のそばにいた日、彼女がやって来た。夕莉と翠が教室で言い合いをしていた原因。
翠は、彼女のところに行ったのか。
合点がいくと今度は目が冴えてしまい、なかなか寝付けなかった。
○
『佳純へ。
元気ですか? 俺はとりあえず元気です。新しい家は慣れましたか? 俺たちはもう独立して一人暮らしを満喫しているけど、未成年のお前たちのことが心配です。
学校に友達はいますか? 俺は就職したての頃、右も左もわからないことだらけでつらかったけど、今ではすっかり会社にも慣れて、上司のゴマをすっている毎日です。
弟たちから連絡は来ましたか? 来ていなかったらあとで厳しく言っとくから。
最近涼しくなりましたが……』
長兄からの手紙を隅々まで読んで、あの優しかった兄の面影を思い出そうとした。
長兄と次兄は母親代わりの存在だったので、今どうしているのだろうと、一番気になっていた。この二人は就職して独立し、たびたび佳純に近況報告の手紙をくれるのだった。
今年は五兄からも来た。三兄と四兄も就職したと手紙に書いてあったが、二人からの連絡は途絶えていた。
五兄は高校卒業のための単位を取るため、二年のうちからがんばっていると手紙が来た。彼は佳純と同じく一時的に施設に入れられて、そしてそのまま某大型施設に移動された。
佳純と兄たちの情報をすべて把握しているのは、長兄と次兄のみだった。
手紙をファイルにしまい込んで棚に戻し、学生鞄を下げて、初日を迎えた文化祭へ向かった。
○
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