第十四話 ムト、魔法の説明を受けます

 思えばだれかと一緒に寝るなんて、いつ以来だろう?

 小さなころ、お母さんにい寝してもらったらしいけど、よく覚えてない。

 慣れてないからか、隣で気持ちよさそうに眠るソリアが気になって、疲れてるはずなのに眠気がやってこない。

 人の気配が嫌なわけじゃない。

 むしろ暖かく、安心する存在だ。

 つまり、それ以上の不安を感じてしまっているんだと思う。


 異世界転移、まさか自分に起こるなんて思わなかった。

 救いは、ソリアの存在も大きいけど、言葉が通じたことだ。

 ソリアによると『思石しせき』の力だって聞いた。

 この世界で13歳になると渡される『思石しせき』は、言語や基礎知識きそちしきを教えてくれる機能がある。

 と言っても自動的にそれを使えるわけじゃなく、翻訳機ほんやくきみたいに、相手との会話の中で補足ほそくしてくれる感じらしいけど。

 わたしは日本語で話し、ソリアがコルドリア公用語で話していると聞いた時、最近、英語の理解が急に良くなった理由は、単に集中して勉強しただけじゃなかったのかと、ズルをしてた気分になった。


 そんなことより早く寝なくちゃ。

 折春おじさんがこっちに帰ってこない限り、わたしが向こうに帰れる方法がわからないので、それまで待つしかない。

 その間、何ができるわけでもないんだけど、何もできなくても、せめて寝坊はしないようにしよう。


 羊を数えながら、聖獣ってどんな動物なんだろう? と考える。

 そんなことを思っていたからか、いろんな動物が混ざった、悪魔みたいな怪獣に襲われる夢を見た。

 ただ、わたしはそこから逃げもせず、その悪魔をじっと見つめていた。

 そんな夢だった。



「それでは魔法の説明をしましょうか」


 朝食も済ませ、お茶を飲みながらソリアが嬉しそうに言う。

 ちなみに今のわたしの服装は、下着も含めソリアに借りた。

 ちょっとした作業をするときに着るらしい、スモックのような上着とズボン。

 少し大きな幼稚園児にも見えるかもしれない。

 ズボンにはポケットもあり、巾着袋を入れておく。


「えっと、ソリアは普段は何をしてるの?」


 姫巫女ひめみこ様がわたしなんかに時間を使っていいのだろうか? と申し訳なく感じてそんな質問をした。


「特に、何も。国の行事の際には忙しくなりますけど、普段は気の向くままに読書などをしています。ここ最近は書庫の中に、試練に関係する資料が残されていないか調べていましたね」


「そっちは大丈夫なの?」


「恥ずかしながら、オリバーにも、今はまだ特にやることは無いと言われておりまして、わたくしなりにできることをしていますが、役立たずなんです、わたくしは」


 とほほ、といった笑顔で話しているけど、何もできないことを気にしているんだろうな、責任感強そうだし。


 それから気を取り直してソリアはわたしに、魔法に関するいろいろなことを教えてくれた。

 まず、色と属性。

 そして感情と色の対比。

 その色に関係する感情の操作がしやすいらしい。


 赤=火、憎しみと愛情。

 橙=土、不安と落ち着き。

 黄=金属、悲しみと勇気。

 緑=木、怒りと思いやり。

 青=水、恥と知恵。

 藍=気体、いらだちと達成感。

 紫=心、罪と誠実。

 白=神、恐れと願い。


 『思石しせき』は、持つ人の魔法特性を教えてくれる。

 現れる色に対応する精霊を使い、さまざまな効果を得られるらしい。

 また、うまく使える魔道具もこの属性が関係してるみたい。


「この大聖堂の中では精霊の力は行使こうしできません。精霊自体が入れないように結界が張られていますので」


 魔法の説明を聞いてみれば、それを試したくなる気持ちが浮かんだけど、先読みされそんな説明を受ける。


「具体的にはどんなことができるの?」


「わたくしですと、例えば、水の精霊を使役しえきできます」


「水を出したりできるの?」


「何もないところから水を取り出すことはできませんが、水や液体をあやつることができます。水の精霊にお願いして操作してもらうというのが正しいですね」


 なんだかわくわくしてきた。

 わたしにもできるのかな?

 とにかくその精霊というのを見てみたい!


「ここでは、できないんだっけ?」


「はい、ここでは白だけが使えますね」


「そういえば、虹色って七色だよね? 白って、神の力だっけ?」


「はい、白だけは精霊の力ではなく、ムトゥ神の神威しんいとなります」


 前に、折春おじさんが『思石しせき』を持ったときも白だった。

 わたしがこっちの世界にきたときも、白い光が輝いた。


「白は何ができるの?」


「わたくしの場合、治癒ちゆと言って怪我などの回復をうながす事ができます。それ以外には、神託しんたくを受け、皆の祈りを神に伝える。一応はそういうことになっています。だから半年前に神託しんたくさずかかったときは驚いたし、嬉しかったのよ」


 ソリアは柔らかく笑う。

 姫巫女ひめみこって立場はよくわからないけど、こんなところで一人、友達もいなくて、それでも自分の役目に一生懸命で、わたしと違ってえらいなと思う。


「ああ、でもオリバーはもっといろいろなことができるみたいですね。実際、急に居場所がわからなくなると思ったら、まさか界を渡っていたなんて」


 ソリアはクスクス笑うけど、転移とかって結構すごいことだと思うし、この世界じゃ普通なのかな?

 まあ、試練なんていう、ゲームみたいな事件? が起こる世界なんだ。普通の常識で考えちゃいけない。


「ねえ、ソリア。御使みつかいって、この世界で、試練で、何かしなくちゃいけないのかな?」


「……正直なことを言うと、わかりません。神託しんたくにあった御使みつかい様が、アヤのことを指すならば、試練を越えるのに必要な人だと言えます。でも、あなたは普通の女の子。特に武芸ぶげいひいでているということはありますか?」


「スポーツ、体を動かすのが得意ってくらいだよ。昨日の親衛隊の人たちの方がはるかに強いと思うけど……」


 同じ歳の男子だって、スポーツとかでルールに守られてなければ怖い存在だ。

 ここでの試練は、タックルの無いサッカーじゃなく、一歩間違えれば死んじゃうかもしれないんだ。


「詳しくはオリバーが戻ってから聞きましょう。それにどう考えても、こんな可愛いアヤが戦う姿は想像できません」


 そう笑顔で言われると、なんだかバカにされてる気もしてちょっと嫌だ。

 かと言って、その試練ってのに関わりたいとも思わないし、正直、早く帰りたい。


 でもその場合、この世界は、そしてソリアは危なくないのだろうか?


「ね、ソリア。試練は乗り越えられるの?」


 考えていたけど聞けなかった質問。

 聞いてしまえば、聞かなかったことにできないから。

 それでも、わたしを助けてくれてるソリアのことを考えたら、聞かずにはいられなかった。


「それも、わかりません」


 ソリアは泣きそうな笑い顔で小さくつぶやくように答えた。


「もし、聖獣を倒せなかったら?」


 ソリアはすぐに答えない。

 じっとわたしの目を見た後、ゆっくり口を開く。


「そのときは、王家の準備が悪かったと、後世こうせいに……」


 残す人も、それを活用する人もいない場合を考えてしまい、わたしも何も言えなかった。


「でも、大丈夫です! オリバーが創設そうせつした「聖都防衛隊」もあります!」


 ソリアの声は空元気のように聞こえた。

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