第四章『星月の選択』
Act.01:変化①
「お兄~朝だよ。いくら仕事が無いからって寝過ぎだよ!」
微睡みの中、真白の声が聞こえてくる。俺はその声に、目を覚まし起き上がる。
「お兄……って、その姿どうしたの!?」
「ん?」
まだ眠い目を軽くこするが、そこで違和感を感じた。
こすった手を目の前に広げてみると、俺の手ではなく白い肌の小さい手になっていた。まだ寝ぼけてるのか? と思いつつ、もう一度目をこすってから見るが変化はない。
「何これ……」
「お兄、だよね?」
「ん。そのはず」
俺は慌てて起き上がり、洗面所へ向かい鏡と対面する。するとそこには一人の少女が映っていたのだ。俺ではない……いや、俺でもあると言えば良いのか。
そう鏡に映っている少女は、何と完全に見覚えのあるリュネール・エトワールそのものだった。ただ服はダブダブな俺が寝る時着ている服のままだ。
「……何これ」
「ねえ、お兄。その姿って魔法少女の時の姿だよね? ハーフモードじゃなくて完全に」
「ん」
ハーフモードとは違う、これは完全に変身したリュネール・エトワールの容姿そのものだ。銀髪に金の瞳、背中まで伸びる長い髪。
ただ変身時と違うのは魔法少女の衣装を着ていないところと、髪に青いグラデーションがかかってないということ。
「一体何が……無意識の内に変身してた?」
「お兄、変身時に使うデバイスは?」
「ん。部屋にあるはず。ちょっと解除してみる」
何が起きたのかさっぱりわからないが、俺はまた部屋に戻り変身デバイスを探す。いつも通り机の上に置いてあるのを発見し、手にとって見る。
「ステッキ、じゃない?」
そこにあるのはステッキではなく、変身前と同じスマホ型のデバイスであった。いや、まだ形がスマホに変わっているだけっていう可能性もある。
「取り敢えず……リリース」
デバイスを手に取り、変身解除のキーワードを唱える。しかし、何の反応もない。
「あれ?」
何故反応がないんだ?
何度か試してみるが、結果は変わらず何も変化が起きない。デバイスが故障した? いやそれならラビがなにか気付くはずだ。
「……ラビ」
「ええ、聞こえてるわよ」
近くに置かれているラビに俺は声をかける。真白は今は下にいるので、聞こえてないはず。まあ、聞こえたとしても魔法少女ってのはバレてるんだし、些細な問題か。
「デバイスが反応しない。故障?」
「いえ、ちゃんと動いているわ。試しに変身してみなさい」
「変身? もう変身してない?」
「良いから」
「ん」
ラビが強くそう言ってくるので俺はデバイスをまた手に取り、いつもの変身キーワードを紡ぐ。
「――ラ・リュヌ・エ・レトワル!」
『SYSTEM CALL "CHANGE" KEYWORD,OK――LA LUNE ET L'ETOILE――』
ふわっと、浮遊感に襲われ一瞬にして姿が変わる。いや、正確には衣装がリュネール・エトワールの物となり、髪にも蒼いグラデーションがかかる。そしてデバイスは見慣れたステッキへと変化する。
『SYSTEM CALL "CHANGE" SUCCESS!!――GO!』
「え……」
どういう事だ?
変身ができた……? 変身できたという事はさっきのあの姿は変身前の……?
「何が……ラビ」
「ごめんなさい。私にも分からないわ。あなたが寝ている間に光ったっていうのは見たんだけど」
「寝てる間に……」
「ええ」
一体何が起きたんだ? 変身している姿ではなかった……つまりそれは、あの鏡に映っていたリュネール・エトワールそっくりな銀髪少女は俺自身だって事か?
「お兄、どうだった? って、ぬいぐみが喋ってる!?」
ドアを開けっ放しだったため、真白が普通に中へ入ってくる。またあっさりバレたな。別に隠すつもりもなかったけどな。
「真白。……どうしよう」
「へ?」
俺は真白にラビのことと、そしてさっきの事を全て話すのだった。
□□□□□□□□□□
「なるほど……つまりお兄は元の姿に戻れなかったと」
「ん」
「ええ、そういう事になるわね」
一階のリビングに俺と真白、ラビが座り、話をしていた。変身デバイスを使って解除しようと思ったが、何の変化もなく、さらに言えばあの姿で変身ができたという事もだ。
そしてラビの事も話した。真白は『早く言ってくれれば良かったのに!』って言っていたが、仕方がない。
因みに変身した後、解除をしたんだけど男の姿ではなく、あの姿に戻った。銀髪に金色の瞳の少女にね。服も俺が着ていたぶかぶかなやつに戻ってた。
「何が起きたかわからないんだよね?」
「ええ。原因が不明よ。ただ、その姿の司は魔力を一切纏ってないっていうのは分かるわ。ハーフモードのような微力な魔力すらね」
「どうしよう……」
「お兄……大丈夫! 今は私が居るんだから!」
俺が不安そうな顔をしたからか、真白は俺を励ましてくれる。
「ラビ、魔力を一切纏ってないっていうことは今のお兄は……」
「ええ。本物の身体と言っても過言ではないわ」
「そっか……」
魔力を一切纏ってない。ハーフモードだって微弱ながら魔力を纏っているのに、それがない。認めるしか無いだろう……本物の身体の方が何かの原因でこうなってしまったっていう事を。
「ニートだからあまり困る事はないけど……」
これがもし、就職中だったりしてたらどうなっていたんだろうか? この姿では流石に行けないし、その時は休むしか無かったな。それに原因も不明と来た。
再び俺は自分の身体を見る。目で見ても分かるくらい白い肌に、男のときとは違う小さな華奢な手。そして身長もリュネール・エトワールと同じくらいになっている。
ニートだから会社とかそういうのは気にしないで済むのは幸いだったか。しかし、何が起きたんだ? 俺昨日は普通にしていたはずだし……。
自分の記憶を辿ってみるが、特にこれと言ったものはなかった。今日は12月の28日……クリスマスの日より三日が経過している。
三日間の記憶を思い返すけど、特に何もなかったよな。普通に魔物の対処をしたり、真白と話したり……見回りをしたり。うん、通常通りだな。
「お兄には心当たりとか無いの?」
「ん……一応記憶を掘り起こしてみたけど、思い当たる節はない」
「って、お兄、その喋り方なんだね」
「ん」
魔法少女にはなってないが、何故か意識が切り替わらないんだよな。まあ、それに何がどうであれこの姿で元の喋り方はおかしいからこのままで良い。
いつ戻れるかわからないし、仮に誰かに会ってしまった時とかに不審がられないようにするのが一番。
「どういう訳か意識が切り替わったって感じがしない」
起きた時からもちょっと違和感あったんだよな。寝ぼけているのだろうって勝手に思い込んでいたけど。
「私の方でも色々と探ってみるわね。しばらくはその姿で居るしか無いかも」
「だよね……」
「でもお兄、一応魔法少女にはなれるんだよね?」
「うん。一応は」
これもまた幸いと言うべきか。
変身はできるし、今まで通りに動けるのも確かだ。本当に元の姿の方が変わってしまっているようで、いくらこの状態で魔力を使って衣装を作成しようとしても、全然手応えがない。
変身した状態であれば、魔力で衣装の形状とか色々と変えられるんだけどな。
「ラビの言う通り、原因が分かるまではそのままで居るしか無いよね……お兄、大丈夫?」
「ん。身体自体は特におかしな感じはしない」
「それだけでも安心できたよ」
リュネール・エトワールで慣れてしまっている影響か、違和感らしい違和感は感じてない。これも結構おかしいことではあるけどな。
「一体何が起きたのかしら……」
「本当にね。……お兄、その姿だと魔力で衣装変えられないんだよね?」
「ん。そうみたい」
「そうなると……取り敢えず、服とかを買いに行った方が良いかな?」
「え」
「え、じゃないでしょ。その服はぶかぶかじゃない。それに、お兄の身長も変わってるんだから今までの服は当面は着れないでしょ」
「それはそうだけど……」
「行くときは、私の服が部屋にあるはずだからそれで行こうか」
「……着るしかないか」
真白の言う通り、この服では流石に出歩けない。ちょっと恥ずかしい気もするが、原因が分かるまではそうした方が良いか……。
……はあ、俺どうなっちまったんだこれ。
――その問いに答えられる者は、居ない。
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