番外編2

いちゃらぶ、所望します! 1

 私がギルバート様と結婚してから、早くも二週間の日が流れた。あれ以来、私はこのリスター家の『奥様』として頑張っている……つもりだ。


 最初の奥様業はいわばお礼状を書くこと。結婚祝いを送ってくださった貴族の方々一人一人に、お礼状を送らないといけないのだ。


 それは礼儀だとわかっているし、必要なことだともわかっている。わかっているのだけれど……何となく、気分が乗らなかった。


 今まで、必要だと言われればそれ相応にこなしてきた。だけど、結婚のお祝いのお手紙などを読み返事を書いていると、どうしようもない虚しさが心を支配してしまうのだ。


 原因は、はっきりとしている。


(……旦那様と、生活リズムが、合わないのよね……)


 結婚してから、ギルバート様……旦那様との生活リズムが、これっぽっちも合わなくなってしまった。多分だけれど、婚約者や居候時代は旦那様が私の生活リズムに合わせて、時間を作ってくださっていたのだ。


 けれど、旦那様は辺境伯。とてもお忙しい方であり、いつまでも私に合わせることは出来ない。だからなのか、私たちは結婚して二週間で見事にすれ違っていた。


(どう、すれば……)


 インクをつける前のペンでこんこんと机をたたいて、私は窓の外を見つめる。窓の外ではきれいな青空が広がっている。……お茶にでも、お誘いしてみようかな。


 そう思ったけれど、旦那様はお忙しいだろう。わざわざ私のために時間を割いていただくのは、気が引ける。


 そんなことを考えていると、不意に「奥様?」と声をかけられた。そちらに視線を向ければ、私の専属侍女であるクレアがいる。クレアは私の表情が浮かないことに気が付いてか、心配そうな目で見つめてきた。


「い、いえ、何でもないわ」


 手が止まってしまっている。早く、お礼状を書き終えなくては。


 辺境伯爵家ということもあり、お祝いを送ってこられた貴族の方々は多い。付き合いのあるところや、高位の貴族からお返事を書いているけれど、まだもう少しかかりそうだ。……気が、遠くなる。


「あの、奥様?」

「……どうしたの?」


 クレアが控えめに私に声をかけてくる。なので、私がそちらに視線を向ければ、クレアは困ったような表情をしていた。……そうだ。私はここの奥様になったのだ。私の機嫌が悪ければ、使用人たちだって困ってしまう。元気がなくても同様。


 だから、普通を装わないと。そう思うのに、上手く表情が作れなくて。私はそっと視線を下げた。


「……さみ、しいの」


 その後、私の口から零れたのは本音だった。クレアが驚いたように目を見開くのがわかる。でも、口は止まってくれなかった。


「旦那様と、生活リズムが合わないの。……だから、寂しくて」


 目を伏せてそう告げたのは、きっと相手がクレアだったからだろう。割と長い付き合いになるクレアと彼女の双子の妹のマリンとは、主従以上に友人としての印象が強い。そのためか、ついつい言葉を零してしまう。


「って、ごめんなさい。こんなこと、零しても迷惑よね……」


 私は慌てて取り繕って、お礼状書きに勤しむ。クレアも、こんなことを言われても困るだけだろう。それがわかるからこそ、私は一心不乱にペンを動かそうとした。だけど、その手をクレアに掴まれる。


「……クレア?」

「承知いたしました! 私たちに、お任せください!」


 ……いや、一体何を任せるというの? そう思いきょとんとする私を他所に、クレアはにっこりと笑っていた。


「私たち使用人が、何とかしてみせます!」

「……え?」

「主夫妻の幸せに関しては、私たちにとっても重要ですので!」


 い、いや、どういう意味?


 ただひたすら混乱する私を他所に、クレアは「行ってきまーす」と言って部屋を出て行く。


(……何、だったのかしら)


 廊下から「クレア、走らない!」というマリンの声が聞こえてくるけれど、今の私にはそんなものお構いなしだ。


(何となく、よくないことが起こりそうな……)


 この家の使用人たちは優しいのだけれど、度々強引だ。そう、強引に私と旦那様をくっつけようとしたほど。つまり、前科がある。


(いや、私たちのことを思ってしてくれているから、悪気はないのだろうけれど……)


 だけど、何となくいやーな予感がしてしまうのはきっと、気のせいではない。


——

完結記念の番外編です。全部で3+1話を予定しております。

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