第31話 シェリルとギルバートの視察(4)

 その後、私はターラさんに町を案内してもらうことになった。


「こちらが町にある唯一の診療所です」


 一番に案内してもらったのは、ノールズ唯一の診療所という場所だった。外観はきれいであり、建物自体もまだまだ新しく見える。待合室には年老いた人から若者までおり、相当頼りにされているようだ。


「見たところ、建物自体は新しそうですね」


 私がそう声をかければ、ターラさんは「えぇ、十年ほど前に建てられたばかりですので」と言って、表情を緩めていた。


「先代の領主様がお医者様を連れてきてくださって、診療所を作ってくださいました。ですが、建物の老朽化がひどかったので、今の領主様が新しくしてくださったのですよ」

「そうなのですか」

「えぇ」


 ターラさんはニコニコと笑いながらそんなことを教えてくれた。


 どうやら、ノールズの人たちはギルバート様のことを相当慕っているように見えた。先代の伯爵様のことも慕っているようだし……それだけでリスター伯爵領がどれほどいい場所なのかがよく分かる。


「ところで、シェリル様は先代の領主様にはお会いしましたか?」


 町を歩いている最中。不意にそう問いかけられる。なので、私は首をゆるゆると横に振った。


(ギルバート様のご両親とは、今まで一度もお会いしていないのよね……)


 ギルバート様曰く元気にやっているということだけれど、何故か会わせてくださらない。私としては義理とはいえ両親になるのだから仲良くしていきたいと思っているのだけれど……。


「そうですか。……まぁ、先代の領主様……特にご夫人はかなり個性的なお方ですからね」


 ころころと笑ってターラさんはそう言う。その話は、ぜひとも聞いておきたい。そう思ったけれど、はしたないかなと思って尋ねることをためらってしまう。


 だけど、ターラさんはそんな私の気持ちを汲み取ってくれたらしく、「領主様のお母様は、個性的と言いますか……強烈なのでございます」と話を始めてくれた。


「……強烈、とは?」

「そうですねぇ。まず性格はきつめです。おかげで今も領主様も頭が上がらないそうで……」


 肩をすくめながらターラさんはそういう。その足元にはソフィちゃんとティナちゃんがまとわりついていて。ターラさんは二人を軽くあしらいながら歩いていた。


「ですが、お優しい方なのですよ。私たち民のこともよく気遣ってくださるのです」

「……そうなの、ですか」

「ただ、どうしても領主様にはきつく当たってしまうようで……。最近こちらにいらっしゃったときは、早く孫の顔が見たいとおっしゃっておりました」


 そのお言葉を聞いて、何故ギルバート様が私にご両親を紹介してくださらないのかがわかったような気がした。だからこそ私が苦笑を浮かべていれば、ターラさんは「ですが、こんなにも素敵な婚約者様がいらっしゃいますので、その点は問題ないような気もしますけれどねぇ」と言ってくれる。


「さて、長話をしてしまいましたね。こちらが町の商店が立ち並ぶ通りでございます。……商店街という言葉が似合いますでしょうか」


 それから、ターラさんは一度咳払いをしたのち顔を上げる。そのため、私もゆっくりと顔を上げた。


 そこにはたくさんの商店が並んでおり、とても活気づいている。そのため、私の心がワクワクとしていく。……こういう場所、あまり来たことがないからどうしても、ね。


「どうしますか? 見学していかれますか……?」


 ターラさんがそう問いかけてくれたので、私は「ぜひ」と言ってにっこりと笑う。


 すると、不意に手を掴まれた。驚いてそちらに視線を向けると、そこにはソフィちゃんがいた。彼女は「お気に入りのお店に連れて行きます!」と言って私の手を引っ張っていく。


「ちょ、ソフィ!」


 後ろからターラさんの戸惑ったような声が聞こえたけれど、私は振り返って「大丈夫です」とターラさんに伝える。


(ソフィちゃん目をキラキラとさせているし……あんまり叱るのもよくないわ)


 それに、せっかく私のことを案内してくれようとしているのだ。その気持ちは嬉しいし、無下には出来ない。


 だけど、さすがに引っ張られるのは辛い。そんな風に思って、私は「ソフィちゃん」と後ろから声をかける。


「私はきちんとついて行くから。だから……そんなに強い力で引っ張らなくても大丈夫よ」

「……はぁい」


 どうやらソフィちゃんは物分かりが良いらしく、私のちょっとした注意を快く聞いてくれた。それが嬉しくて私が彼女の髪を撫でれば、彼女は目を細める。……可愛らしい。エリカみたい。


(……エリカ、大丈夫よね)


 ふとそう思ってしまったけれど、きっと大丈夫だと思いなおす。お屋敷にはみんないるし、エリカに何かがあることはないだろう。……ロザリア様も、いてくださるし。


「シェリル様?」


 私があまりにも神妙な面持ちをしていたためか、ソフィちゃんが怪訝そうに私の顔を覗き込んでくる。だからこそ、私は「何でもないわ。お母さんやティナちゃんを待ってから、行きましょうか」と笑って言葉をかけた。

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