1-4. 就活か魔王か

「ソータ様! それでは世界を救いに行くです!」

 エステルは興奮して両手で俺の手を熱く握る。

「いやいや、世界を救うって誰から救うんだい?」

「魔王ですよ! 魔王! 悪の魔王がどんどん魔物を生み出して街に攻めてくるんです! ソータ様のお力で魔王を倒すです!」

「え――――! 俺は就活があるんだよ。内定取れなきゃ人生終わりだ。そんな事協力できないよ」

「シューカツ? 何ですかそれ?」

「説明会行って、エントリーシート出して、お祈りメールもらって……って、分からないよね、ゴメンね」

「お祈りなら教会が協力してくれるです!」

 うれしそうなエステル。

「いや、そのお祈りじゃないんだよ……」

 俺は天をあおぐ。

「でも、ソータ様が魔王倒してくれないと世界滅んじゃうんですぅ……」

 泣きそうな顔で俺をジッと見るエステル。


 稀人だか何だか知らないが、人類を救うとか以前に就活何とかしたいんですが俺は。

 転んで汚れ、破けたリクルートスーツを見ながら俺は大きくため息をついた。もう一着買わないと……。

 そもそももう面接には間に合わないじゃないか……。

 俺は腕時計を見てガックリとした。


「で、エステルはこれからどうするの?」

「もちろん、ソータ様に付いて行くです! 私はソータ様の付き人です。何なりとお申し付けください!」

 キラキラとした瞳で俺を見つめるエステルに、俺はちょっと気が遠くなる。


「まぁ、このままここに居ても仕方ない。一旦俺んちに戻るよ」

「はいっ!」

 うれしそうなエステル。


 俺は洞窟を歩き、鏡から出てきた場所へと移動した。

 そこには姿見があり、出てきた時のまま洞窟に立てかけてあった。

 鏡面はと言うと……、触ると波紋が広がり、まだ通り抜けられそうだ。

 俺はエステルの手を引きながら鏡を通り抜け、ワンルームへと戻った。


「靴は玄関へやってね」

 そう言いながら靴を脱いだ。

「ここが……、ソータ様のおうち……です?」

 エステルが不思議そうにベッドが置かれた狭いワンルームをきょろきょろと見回す。

「狭くてゴメンね。これでも月に八万円もするんだ……って、お金の話しても分からないよね」

 エステルは首をかしげる。

「ベッドしかないですよ? お部屋はどこにあるんです?」

 俺をジッと見つめるエステル。

 俺は何と答えていいか分からなくなり、

「ここは寝るための家なんだよ」

 と、目をつぶって答えた。


「あー、ちょっとおいで」

 俺はベランダにエステルを連れて行って東京の景色を見せる。

「えぇ――――っ!? なんですかこれ!?」

 目の前に広がるビルの森、通りを走るたくさんの車たち、そして遠くに見える真っ赤な東京タワー……。エステルには、全てが初めて目にする訳分からない存在だった。

「ここが俺の住む街だよ。エステルの世界とは全然違うだろ?」

 エステルは真ん丸に目を見開きながらつぶやいた。

「さすが……、ソータ様……」

 何だか誤解をしているような気がする。


 と、その時、


 グルグルグルギュ――――。

 景気のいい音が鳴り、エステルが真っ赤になってしゃがみこんだ。

「あ、お腹すいたの? カップ麺しかないけど食べる?」

「恥ずかしいです。こんなはしたない……」

 エステルは恥ずかしそうにうつむいた。

「ははは、それだけダンジョンで苦労したんだろ、一緒に食べよう」

 そう言って部屋に戻り、俺はエステルをベッドに座らせた。

「シーフードとカレーと普通のどれがいい?」

「わ、私は何でも……」

「じゃぁ、普通のにするか。俺はカレーで……」

 俺はキッチンでお湯を沸かす。


       ◇


 カップ麺を持って部屋に戻ってくると、エステルが真っ赤になってカチカチになっていた。

 何だろうと思って手元を見ると……エロ同人誌を持っていた。

「あっ……」

 棚にそのまま置いておいたのは失敗だった……。

「ソ、ソータ様は……こ、このようなご奉仕が……良いですか?」

 真っ赤になってうつむきながら、一生懸命絞り出すように聞くエステル。

「あ、いや、それは……」

 何と説明したらいいか俺も真っ赤になってしまう。

 すると、エステルは目をグルグルさせながら必死になって言う。

「わ、私……胸もこんなにはなく、経験もないですが、ゴブリンにけがされるところを助けてもらった身。ご、ご要望とあれば、それは……」

 そう言って、エロ同人誌を握り締めた。

「な、何を言ってるんだ。そういうのは好きな人とやるものだよ。自分の身体をもっと大切にしなさい。いいから食べるよ」

 俺はそう言って同人誌を取り上げると、小さなテーブルにカップ麺を並べた。

「そ、そうですよね……。ソータ様に好いてもらえるように頑張るです!」

 そう言ってエステルはこぶしを握り締めた。

 俺は彼女が何を言ってるのか良く分からなかったが、救世主だとの誤解は早めに解かねばなと思った。

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