第31話 別の形で
『……ん? あれ、俺は一体……』
身体を起こして辺りを見渡すと、俺が居たのは控室の中だった。
「あ、アイズ! 良かったあ、アイズが目を覚ましたよ、エリノア、フィル!」
カイルの視線の先を追うと、俯いているエリノアとフィルの姿が目に入る。
その二匹の姿を見て、俺は全てを察した。
――そうだ。
俺達は……負けたんだ。それも一瞬で……。
思い出せるのは試合が始まった直後、眩しい光に包みこまれたことだけ。
そして気が付けばここに居た。
何が起きたのかは分からないけど、俺達はヴァルムさん達に手も足も出せずに……。
……ごめん。ごめんよ、カイル。俺は――
「あれ、どうしたのアイズ? もしかしてまだ身体が痛むの?」
カイルは言いながら、俺の顔を心配そうに覗き込んできた。
そんな顔を直視出来ず、俺は視線を落としてしまう。
「……もしかして負けたことを気にしてるの?」
俺は一度だけ小さく頷いた。
「なんだ、そんなことか! 大丈夫。確かに優勝は出来なかったけど、アイズ達がこんなにも頑張ってくれたんだもん。僕は悲しくなんかないよ!」
顔を上げると、優しく微笑むカイルの顔が目に入る。
続けてカイルは口を開いた。
「それに初出場で準々決勝まで進めるなんて、夢みたいだ! あのレパルド様にも勝っちゃたしさ! それに憧れのゼイナス様に会えたし、それに、それにね――」
カイルは途中で言葉を詰まらせ、肩を震わせている。
やがて、目元から大粒の涙が零れた。
「あ、あれ? おかしいな。こんなにも幸せなのにどうして……」
カイル……。
ごめん、優勝して両親を楽にさせてあげたいという願いを叶えてあげられなかった。
俺が、俺が弱いばかりに。本当にごめん。
心の中で何度もカイルに謝っていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「ど、どうぞっ!」
カイルは目元を拭いながら明るくそう言うと、扉が開かれ、年配の女性が中に入ってきた。
……誰だ?
「お久しぶりです、カイルさん」
「い、院長先生っ! お、お久しぶりですっ! どうしてこんなところに……?」
院長先生? ああ、テイマー養成学院のか。
「今お時間よろしいですか?」
「はい! もちろん!」
「そうですか、それはよかった。まずはトーナメントお疲れ様でした。よく頑張りましたね」
「あ、ありがとうございます。院長先生も観戦してらしたんですか?」
「ええ、もちろん。巣立っていった生徒達の晴れ舞台ですからね。毎年欠かさず観に来ていますよ」
生徒思いの良い人だな。
卒業した後もしっかりと見守ってるなんて。
「そうだったんですか。あの、それで僕に何か……?」
「単刀直入に申し上げます。カイルさん、テイマー養成学院で講師として働きませんか?」
「……えっ? 今なんて……」
えっ? カイルが先生?
「ですから、カイルさんをテイマー養成学院に講師として迎えたいのです。もちろん、無理にとは言いませんが」
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして僕なんかを……? ぼ、僕は契約の魔法も使えないんですよ?」
確かに……。何でわざわざカイルに声を掛けたんだ?
優勝者や順優勝者に声を掛ければいいのに。
「ええ、だからです。あなたは契約の魔法を使えないのにも関わらず三匹の魔物をテイムし、その上で準々決勝まで勝ち進んだ。これは初めての事例です」
「そ、それがどうかしたんですか?」
「この事実は、あなたと同じように契約の魔法を使えない人に大きな勇気を与えました。契約の魔法を使えなくても、あなたのように一流のテイマーになれると。実際に四回戦が終わった時点から、入学の申し込みが殺到しています」
四回戦……。
そういえば、レパルドと戦う前に司会がカイルのことについて話してたな。
それに影響された人達が入学を申し込んでいるのか。
そんなことを考えていると、院長はさらに話を続けた。
「これからもさらに入学志望者は増えるでしょう。しかし、お恥ずかしいことに私や今居る講師達では、彼らに必要なことを教えてあげられません。何せ、契約の魔法が使えることを前提にしていますから……。ですから、カイルさんさえ良ければどうやって魔物と向き合っているのか、心を通じさせるのかを彼らに教えてあげてほしいのです」
「本当に……。本当に僕なんかで良いんですか……?」
「いえ、これはカイルさんにしか出来ないこと。あなたで良いという訳ではなく、あなたでなければ駄目なのです」
カイルはしばらく床を見つめた後、大きく頷いてから真剣な面持ちで口を開いた。
「院長先生。そのお話、ぜひ引き受けさせてください」
「あなたならそう言ってくれると思っていました。本当にありがとう。それではまた都合がいい時に学院まで来てください。そこで詳しいお話をお伝えしますね。では、お邪魔しました」
「はい、分かりました! それでは!」
院長は柔らかい笑顔を見せながら、扉を押し開けた。
かと思えば、扉を閉めてもう一度こちらに振り返る。
「あ、そうそう。大事なことを伝えるのを忘れていました。お給金についてですが――」
そう言ってカイルに耳打ちすると、カイルはぽかーんとした顔を浮かべて固まった。
「それでは、また」
カイルは院長が出ていった後も微動だにしない。
『か、カイル……?』
心配になって声を掛けると、カイルはハッとなって俺、エリノア、フィルを順に見てくる。
「アイズ、エリノア、フィル……。うううう――やったーっ!!」
何が何だか分からず、ふいにエリノアとフィルを見る。
二匹も俺と同じだったようで、驚いた様子で俺を見てきた。
そうして三匹で顔を見合わせていると、カイルが俺達をまとめて抱き締めてくる。
「みんな、やったよ。これで父さんと母さんに楽をさせてあげられる……。アイズ、エリノア、フィル、本当にありがとう」
えっ? 今、両親に楽をさせてあげられるって……。
――なるほど、そういうことか。
トーナメントに優勝して大金を掴むということは出来なかったけど、別の形で夢が叶うんだ。
『良かったな、カイル!』
『本当に……本当に良かったですね!』
『おめでとう、カイル』
エリノアとフィルも気付いたらしく、俺と同時にカイルに祝いの言葉を送った。
やがて俺達から離れたカイルの顔を見ると、目に涙を浮かべていた。
きっとこれはポジティブな涙だろう。
「あっ、そうだ。みんなにも協力してもらうことになると思うんだけど……いいかな?」
『何言ってるんだ! 当たり前のことを聞くな!』
『もちろんです! 私に出来ることなら何でもしますよ!』
『フッ。聞くまでもないだろう』
俺達は三匹揃って、頭を縦に振る。
「みんな、本当にありがとう! これからもよろしくっ!」
『おう!』
『こちらこそ!』
『ああ、もちろんだ!』
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