第29話 第三十八回リバラルティア最優秀テイマー決定戦 四回戦(後編)

 勝敗の行方をフィルに委ねた俺は、二匹のほうへ視線を向けた。


 先ほどと状況は変わっておらず、地上から飛んでくる毒液をフィルはひらりひらりと避けている。

 時折、攻撃に転じて風の刃を放っているものの、いずれも簡単にかわされていた。


 そんな一進一退の攻防を眺めていると、聞き覚えのある冷たい声が耳に届く。


「ツーイ。何をもたついている。さっさと奴を倒せ!」


 レパルドの声だ。

 荒げた語気から焦りや怒りといった感情が伺える。


「ったく。ワンザといい、スリーグといい、全く使えん奴らだ」

『――ッ!』


 続けて吐き捨てるようにレパルドが言葉を漏らした瞬間、飛んでいるフィルがビクっと怯んだ。


「……ほう、なるほどな。そういうことか。これは面白い」


 今度は何か嬉しそうな声色でそう言い、続けざまに、


「ワンザっ! 降りてこいっ!」


 いきなり大声で叫んだ。

 すると、フィルは再び身体を震わせ、直後、レパルドに言われるがまま地面に着地した。


 フィル……? 一体どうしたんだ。


「ワンザ、そのまま動くなよ。ツーイ、やれ」


 レパルドがそう発すると、蛇は片足で佇んでいるフィル目掛けて毒液を吐いた。

 対してフィルは、毒液が迫っているのに動こうとしない。


 何してるんだ、フィルっ! 早く避けろっ!

 そう叫ぼうとするも力が入らず、口を動かせない。


 ――終わった。俺達の負けだ。




 そう諦めかけた時、


「フィルっ!」


 カイルの声が闘技場に響き渡った。


 その瞬間、フィルはハッと目を見開き、一気に飛び立った。

 それにより、毒液はフィルの真下スレスレを通過する。


「ワンザっ! 動くなっ!!」


 聞こえてきたレパルドの怒号により、俺は全てを察した。


 ワンザってのは、フィルがレパルドの元へ居た時の名前なんだろう。

 それで名前を呼ばれたことにより、条件反射で命令を聞いてしまったんだ。

 あの野郎、どこまでも汚い手を使いやがって……。


『我は――』


 そんなことを思っていると、フィルの声が耳に入る。


『我はワンザではないっ! 我は……フィルだっ!』


 フィルは風を凝縮した三日月状の刃を発現させ、蛇に向かって放った。

 しかし、身体を大きくくねらせた蛇に容易く避けられてしまう。


 その後、あろうことかフィルは蛇目掛けて急降下。

 蛇は真っ直ぐ飛んでくるフィルに対し、照準を合わせているように見えた。


 直後、フィルは急降下しながら翼を軽く動かす。

 すると、先ほど放たれた風の刃が急旋回して蛇に向かっていき、大きく広がった頸部を切断した。


 同時に蛇の口から毒液が放たれたものの、痛みのせいか、黄色い液体は明後日の方向に発射された。


 フィルは翼をはためかせ、ゆっくりと地面に降り立つ。

 時を同じくして、巨大な蛇は頭を地面に打ち付け動かなくなった。


「レパルド選手の従魔、三匹とも戦闘不能! よって、四回戦第一試合はカイル選手の勝利です! 皆様、両選手に大きな拍手を!」


 はは、やった。俺達の勝ちだ。


「なっ……!」

「アイズっ! エリノアっ!」


 巻き起こる拍手の中、レパルドとカイルの声が重なって聞こえた。


 それからすぐ、どこからともなく現れたウサギが回復魔法を掛けてくれたことにより、痛みが完全に消え去った。


『アイズ、エリノア、無事か?』

『おう! もう大丈夫だ!』


 問題ないことを伝えるため、俺はその場でぴょんぴょん跳ねながらそう答えた。


『ええ、この通りですっ!』


 エリノアも治療を受けたようですっかりピンピンしている。


『そうか、よかった』


 言い終わるとフィルは俺達から視線を外し、ジッと横を見つめている。

 釣られてそちらに目をやると、地面に膝を付いて呆然としているレパルドの姿があった。


 フィルは片足跳びでレパルドの目の前まで移動したかと思うと、試合前に自身がされたように『フン』と鼻を鳴らしてみせた。


 レパルドはそれどころじゃない様子だったけど、戻ってきたフィルの顔はどこか晴れやかだ。

 正直、見ていた俺もスカッとした。


「二匹とも大丈夫……?」


 駆け寄ってきたカイルが俺とエリノアを交互に見ながら、心配そうに聞いてくる。

 それに対し、首を縦に振りながらフィルに見せたのと同じ動きをした。

 エリノアも俺を真似て繰り返しジャンプしている。


「そっか、よかったぁ! それでみんな、僕達勝った――」


 すると、カイルは満面の笑顔で喋りだしたものの、途中で口を噤んだ。

 視界の端に見るに堪えないレパルドの姿が映ったからだろう。

 いくらレパルドが底抜けなクズと言えども、流石にここで喜びに浸るのは気が引けるもんな。


「そ、それじゃあ控室に戻ろっ!」


 俺達はカイルに連れられ、闘技場の舞台を後にした。





「――みんな、凄いよっ! まさかあの優勝候補のレパルド様に勝っちゃうなんて! 今でも信じられない!」


 控室に入るや否や、いつも通りカイルは思いっ切り喜びだした。


『えへへ、向かうところ敵なしですっ!』

『まあ、かなりギリギリだったけどな……。ん? どうしたフィル?』


 ぼうっと壁を見つめているフィルの様子が気になり、声を掛けてみた。


『……ん? ああ、いや、正直なところ、我らがレパルドに勝てるとは思ってもいなかったものでな。カイルと同じように、まだ勝利したという事実が信じられないのだ』


 確かにレパルドの従魔はかなり強かったもんな。

 ――って、


『おいおい、負けると思ってたのかよ!』

『無論、勝つつもりで臨んではいたが、想いだけでは埋まらない実力差というものがある。それが現実だ。個々の実力で言えば、何倍も奴らのほうが上回っている』

『つまり運がよかったということですか……?』

『いや、そうではない。その……あれだ。それぞれが協力し合えたことで、チームとして上回ることが出来たからだろう』


 フィルは照れくさそうに言った。

 つまり絆の力ってことだな。そういうこと口にするタイプじゃないし、照れるのも無理はない。


 一人で納得してうんうんと頷いていると、フィルが続けて口を開いた。


『……お前らには感謝している。あの時、カイルの優しさを説いてくれて。我を仲間として扱ってくれて。フィルと呼んでくれて。そのお陰で我はこの手で憎きレパルド、それと……過去の弱い自分に打ち勝つことが出来た』


 フィル……。


『さ、次は準々決勝だ。浮かれるのは辞めにして、気を引き締め直すぞ』

『はい! 私達のチームワークを見せつけましょう!』

『……ああ! 俺達は最高のテイマーと従魔で結成された、最高のチームだ。このまま優勝まで駆け上がるぞ!』

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