第26話 帰宅

『アイズさんっ!』

『何とか勝てたようだな』

『ああ……。ああ! 俺達は勝ったんだ!』


 近づいてきたエリノアとフィルにそう言った瞬間、身体がフワッと浮き上がった。


「みんなっ! やった、やったよ! まさかグループを勝ち抜いちゃうなんて!」


 顔を後ろに向けると、満面の笑みを浮かべたカイルの顔が目に入る。

 その直後、カイルはそのまま強く俺を抱き締めてきた。


『――ぐあっ! ま、待て、カイル! まだ痛みが!』

「……本当にありがとう。契約の魔法を使えない僕が初日の試合を突破出来るなんて、まるで夢みたいだ。これも全部、アイズが僕にテイムされてくれたお陰だよ。アイズ、ありがとう」

『カイル……』


 抱き締められているから顔は見えないけど、鼻をすする音と背中に伝わる水滴のような感覚から、カイルが泣いているのが分かる。


 ったく、カイルは大袈裟だな。

 まだ三回戦を突破しただけだっていうのに。


「おめでとう、少年。これでベスト十六だな」


 そんなことを考えていると、対戦相手の女性が手を伸ばしながら声を掛けてきた。

 カイルは俺を地面に降ろし、袖で目元を拭った後、伸ばされた手をとる。


「ありがとうございます! 警護団の方と戦えて光栄でした!」


 そうして二人が握手を交わしている最中、猫達が声を掛けてきた。


『まさか俺達が負けるなんてな。お前ら、中々やるじゃねーか』

『ええ。思っていた以上の強さでした』

『ですねー。こんなちびっ子さんに負けちゃうだなんて、あたしもまだまだですー』


 ちびっ子って……。そっちのほうが小さいぞ……。

 まあ、それは別にいっか。


『ありがとうございます! 正直ギリギリでした』

『ああ。貴様らもかなりの強敵だった。流石は警護団の従魔だけあるな』

『そうですね。もう一回戦ったら、今度は勝てる自信がありません……』

『はっはっはっ。随分謙虚なんだなお前ら。自分で言うのも何だが、この俺達に勝ったんだ。お前らなら優勝もあり得るだろうさ。頑張んな』

『応援してますよ』

『ですですー。頑張ってくださいー』


 三匹とも……。よし、期待を裏切らないように明日も頑張るぞ! 


『はい、絶対優勝してみせます! ありがとうございました!』



「これにて第一グループの試合は終了となります! これから第二グループの試合の準備に入りますので、両選手はご退場をお願い致します。皆様、大きな拍手でお見送りくださいっ!」


 俺達は拍手喝采を浴びながら闘技場を出て、一度控室へと戻った。

 そこで運営委員が連れてきたウサギに回復魔法を掛けてもらった後、会場の外に出る。


「さっ、帰ろっか!」

『えっ?』

『どうかしたのか?』

『いや、他のグループの試合を見ていかないのかなって』

『ああ、アイズは知らないのだったな。勝ち残っている間は、他の試合を観戦することは禁止されている。事前に対策を練れないようにという理由でな』

『へえ、そうだったのか』

『私も知りませんでした』

「――い。おーい、カイルっ!」


 俺達が話していると、後ろから男性の声が聞こえてきた。

 振り返ると、一回戦で戦ったボンズが走りながらこちらへ近づいてくる。


「ボンズっ! ど、どうしたの?」

「はぁはぁ……。おい、これをやる」


 ボンズは腰に付けたポーチの中から缶詰を三つ取り出し、カイルに手渡した。


「ん? これってトーナメントの参加賞じゃ?」

「そうだ。俺のところの従魔は食べられないから、お前にくれてやる」

「えっ、でも確か虫系や植物系の魔物のために蜜も用意されていたはずだけど……」

「ま、間違えたんだよ! いいから黙って受けとっておけ!」


 ははーん、なるほどな。

 間違えたんじゃなくて、カイルに渡すために敢えてその缶詰を選んだ訳だ。

 ったく、素直じゃないな。


「分かった。じゃあ、素直にもらうね。ありがとう!」


 カイルは言いながら、缶詰を持っていないほうの手を差し出した。

 それに対し、ボンズは一瞬戸惑いを見せたものの握手に応じた。


「……じゃ、じゃあ俺はもう行くわ。第二グループの試合を見たいしな」

「うん、分かった。またね」


 そう言い残して、ボンズは会場に向かって走っていく。


 かと思えば、突然立ち止まり、こちらに振り返って口を開いた。


「カイル! ……その、なんだ。明日の試合も頑張れよ!」

「ボンズ……。うん! ありがとう! 明日も絶対に勝つよ!」


 大声で伝えてきたボンズに、カイルも大声で返す。

 その言葉を聞いてボンズは笑顔を浮かべた後、会場の中へと消えていった。


 うんうん、青春だなぁ。

 これでボンズもカイルのことを認めただろうし、これからは仲良くなってくれたらいいな。





「じゃあ、僕は畑に行ってくるね。みんなは明日に備えてゆっくりしてて」


 その後、数十分掛けて帰宅してからすぐ、カイルは仕事に出掛けていった。


『カイルさんも大変ですね』

『だな。何か俺も力になってあげたいんだけど』

『何、我らがトーナメントで優勝さえすればいいのだ。そうすれば、得た賞金でカイルも両達も余裕のある暮らしを送れる。そのためにも今我らがすべきことは、しっかりと休んでおくことだ』


 ……うん、フィルの言う通りだな。

 今は変に思いを巡らすんじゃなく、とにかく休息を取らなくちゃ。


『ですね。正直もうクタクタですし』

『そうだな。流石に我も今日は疲れた』

『フィルが疲れただなんて珍しいな』

『今日は久々に本気を出したからな。いやはや、まさかリバラルティア警護団の者が出てくるとは』


 そういえば、試合前にもそんなこと言ってたよな。


『その警護団って普通はトーナメントに出ないものなのか?』

『ああ。我が知っている限りは前例がない』

『それならどうして今回は出場してきたんでしょうか』


 確かに。何か目的でもあるんだろうか。


『王から参加するようにとでも命じられたのだろう。でなければ、わざわざ警護の手を緩めてまで、こんなたかが行事には出てこない』

『えっ、王様が?』

『王はなぜ、そんな命令を……』

『あくまで予想に過ぎないが、主催国である以上、他国の参加者を優勝者にしたくないのだろう。昨年ボンベイルのテイマーが優勝した際、権力者から色々と文句を言われたと聞く』


 国の威信がどうこうってやつか。

 別に悪事を考えている訳じゃないのなら、気にする必要はないな。


『色々とあるんだなぁ。ま、別に俺らには関係なさそうだけど』

『そうとも言い切れないぞ。我の予想が正しければ、他の警護団の者も出場しているはずだ』

『ってことは、今回のトーナメントは強敵揃いってことですか?』

『そうだ。流石に団長や副団長クラスは出てこないだろうが、先ほど戦った者と同程度。もしくはそれ以上の実力者が出場していてもおかしくはない』

『それはキツイな……。フィルの予想が外れているのを願うよ』

『そうですね。出来れば簡単に優勝したいですし』

『まあ、こればかりは考えていても仕方がない。言っておいてなんだが、あまり気にするな』

『だな。あ、そういえば――』


 俺達はその後も会話を重ね、まったりとしたひと時を過ごした。


 そうして数時間が経った頃、カイルと両親が仕事から帰ってきた。

 俺達は両親に今日の試合での活躍をうんと褒めてもらった後、カイルにボンズからもらった缶詰を食べさせてもらう。

 缶詰はリリの手料理に匹敵するほどの美味しさで、あのフィルでさえ若干テンションが高くなっていた。


 その後、お腹が満たされたことで猛烈な睡魔に襲われた俺は、抗うことなく素直にそれを受け入れた。

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