第24話 第三十八回リバラルティア最優秀テイマー決定戦 二回戦

 控え室で話していること数十分。


 再び運営委員と思わしき男性が二回戦の開始を告げに来た。

 俺達は控室を出て、一回戦の時と同じように通路の中で司会に呼ばれるのを待つ。


「これより第一グループの二回戦第一試合を行いますっ! 北側から登場するのは、一回戦で見事圧勝した――カイル・ルースター選手っ!」

「みんな、行くよ!」


 通路を抜け、俺達は闘技場の中央で立ち止まった。

 一回戦の時と同じく、カイルの両親から声援が届く。


「おい、カイル! この俺に勝ったんだ! こんなところで負けたら許さねーぞっ!」


 それとは別に、もう一つ大きな声援が聞こえてきた。

 その声の持ち主に目をやると、そこにいたのはついさっき戦ったクソガキだった。

 隣には、従魔である三匹の虫の姿もある。


「ボンズ……うん、絶対に勝つよっ!」


 それに対し、カイルは嬉しそうな顔をしながら大声で返す。


 あのクソガキ……、根は悪い奴じゃないのかもな。


「対するは、隣国のウィンドラから参加した美少女っ! シエナ・ソルドエット選手っ!」

「うおおおおっ! シエナちゃーんっ!」

「「「シ・エ・ナッ! シ・エ・ナッ!」」」


 司会が名前を呼んだ瞬間、観客席からドッと野太い声援が沸く。


 それを背に通路から出てきたのは、ピンク色の髪をツインテールにした小柄な女の子だった。

 年はカイルやリリと同じくらいだろうか。


 クリリと丸い大きな目とすっと通った鼻筋で構成された顔は人形のように整っている。

 まさに文句なしの美少女だ。


 そんな少女の後を追いかけるように這いずり出てきたのは、ぶよぶよとしたゼリー状の生物達。

 三体ともサッカーボール程度の大きさで、赤・緑・青とそれぞれ色が異なっている。


『……スライムが三体か。これは厄介だな』

『ですね……、どうしましょう』


 へえ、あれがゲームでお馴染みのスライムか。

 スライムって何だか弱いイメージがあるけど、フィルの口ぶりからして強いのかな。


『厄介ってことは、スライムって強いの?』

『いや、そういう訳ではないのだが――』

「それでは、第一グループの二回戦第一試合っ! 開始っ!」


 話している最中に準備が済んでいたようで、フィルの言葉を遮るように試合開始の合図が出された。


 どう厄介なのかは聞けてないけど、こうなったら仕方ない。

 何かされる前に倒してしまえばいいだけだ!


 俺は地面を力強く蹴り、近くに居た赤いスライムと一瞬で間合いを詰める。

 そして腕を高く振り上げ、振り下ろそうとした瞬間――


『待てっ!』

『攻撃しちゃダメです!』


 後ろからフィルとエリノアの叫ぶ声が届く。


『――えっ?』


 しかし、既に腕を振り下ろしている俺は軌道を逸らすことが精一杯で、スライムの身体の一部を鉤爪で引き裂いてしまった。

 同時にゼリー状の物体が辺りに飛び散る。


『……ふぅ、危なかったですね』

『全くだ。危うく敗退になるところだった』

『ど、どういうこと?』


 俺達はゆっくりと近づいてくるスライム達から逃げながら、会話を続けた。


『いいか? スライムは核を破壊しない限り、何度でも再生するのだ。見てみろ』


 言われた通り赤いスライムを見てみると、飛び散った身体の一部がそれぞれ動き出し、やがて本体にくっついた。

 それにより、スライムの身体は元通りに再生された。


『う、うん。再生するのは分かったけど、どうして攻撃しちゃダメなんだ?』


 攻撃しても意味がないと言うなら分かるんだけど……。


『身体の中央に小さい核が見えますよね? もしもあれを破壊してしまうとスライムは死んでしまうんです』

『えっ!? ってことはつまり――』

『そうだ。下手に攻撃すればスライムを殺してしまい、我らは即失格となってしまう』


 そ、そうだったのか……。止めてくれて助かった……。

 ん? 待てよ?


『それって俺達はスライムを倒せないということなんじゃ』

『そうなんです。スライムは弱いので私達が倒されることはないのですが……』


 俺達が倒されることはないけど、俺達もスライムを倒せない。

 ってことは、勝敗が付かないから自然と判定勝負になるってことになるのか。


 あれ? これ、ひょっとしてマズいんじゃ。


『なあ、このまま判定勝負になった場合……』

『当然こちらの負けだろうな。我らは今、スライムから逃げ回っているだけだ。どちらが有利かと問われれば、誰もがあちらだと判断するだろう』

『じゃ、じゃあ、核を避けて攻撃するのは!?』

『先ほどのように再生されるだけに過ぎない。そうすれば、向こうのほうが能力を上手く使用していると捉えられて終いだ』

『あっ、なら炎はどうだろう? 再生出来ないんじゃないか?』

『確かにそうですけど、そのまま核も燃え尽きて死んでしまうかと……』


 八方塞がりじゃないか……。一体どうすれば――


「三分経過っ! 残り二分ですっ!」


 ま、マズいっ! 何か、何か策を考えないと!


 このまま逃げ回る状態が続けば確実に判定負けするから、何かしら行動を起こさなければならない。

 でも核を破壊したら即失格。


 核を避けて攻撃しても再生されるだけで、相手のほうが一枚上だと判断される……。


 うーん、核を傷付けることなく、再生を封じられるような方法があれば……。

 ――あっ! これならもしかして!

 よし、一度試してみよう。


 俺は足を止め、近づいてくる緑色のスライム目掛けて、核に当たってしまわないよう慎重に腕を振るった。

 それによってゼリー状の物体が飛び散り、身体の一部分が欠けている。


『おい、アイズ! 何をしている!』

『ちょっと試したいことがあって! 絶対に殺さないから安心して!』


 フィルに言葉を返しつつ、繰り返し鉤爪でスライムの身体を引き裂く。

 その度に本体はみるみるうちに小さくなっていき、支えを失った核は地面にコロンと転がった。


 辺りに散らばった身体の一部は、どうやらその核を目指して動いているようだ。

 それを確認した俺は、落ちている核を拾ってその場から離れた。


 すると核を取り戻そうとしているのか、飛び散った身体の一部が凄い勢いでこちらに飛んでくる。

 俺は核に身体をくっつけないようにするため、全速力で闘技場を走り回った。


『ふむ、なるほどな。中々面白いことを考えるものだ。アイズ、我に核を寄越せ!』


 俺は頭上にやってきたフィルに核を手渡した。

 そのままフィルが高く飛び上がると、流石にあそこまでは近づくことが出来ないようで、バラバラになったスライムの身体は右往左往している。


『なるほど、そういうことですね! それなら私も!』

『おう! 俺は赤いスライムの核を奪うから、エリノアは青いスライムを頼む!』

『はい、了解です!』


 俺は急いで赤いスライムの元に駆け寄り、鉤爪を振り回した。

 先ほどと同じように身体をそぎ落としていき、零れ落ちた核を確保。


『フィル! もう一個頼む!』

『私のもお願いします!』


 エリノアも無事成功したようで、口元に黒く丸い塊をくわえている。


『任せろ』


 フィルはまず俺のほうに滑空してきて、左足で核を掴んだ。

 その後、エリノアの元に飛んでいき、くちばしで核をつまむと再び空高く飛び上がった。


 それから三十秒ほど経ったところで、司会の男性が声を上げた。


「そこまでっ! 時間内に決着が付かなかったため、本試合は判定勝負となります!」


 その言葉の後、フィルは地上に降りてきて三つの核を地面に置いた。

 するとバラバラになったゼリー状の身体が核に集まっていき、すぐに元の形状に戻った。


「判定は従来通り私、私の従魔であるゴリンド、観客の皆様方の三票から多く票を獲得したほうが勝利となります! 皆様もぜひご協力ください!」


 司会・ゴリラ・観客から二票獲得したほうが勝ちなのか。

 俺達はスライムの再生を防いで自由を奪ったんだから、こちらに分があるはず。

 頼む、勝ってくれよ。


「では、まず皆様のご判断から! カイル選手が勝利したと思う方は拍手をお願いします!」


 観客席中からパチパチと手を叩く大きな音が聞こえる。

 その中でも一際大きな音を鳴らしていたのは、他でもないあのクソガキだった。


 あいつ……。もうクソガキだなんて呼べないな。


「それでは、シエナ選手が勝利したと思う方は――」


 司会が名前を口にした瞬間、マイク越しの声がかき消されるほどの音が轟いた。

 誰がどう聞いても、カイルの時より拍手の音が大きい。


「みんなーっ! ありがとーっ!」


 対戦相手の美少女は、そう言いながら観客席に向かって両手を振った。

 まるでアイドルのようだ。


「「「うおおおおおおおお! シエナちゃん、最高―っ!」」」


 くそっ! あのロリコンどもめ!

 試合内容じゃなくて、テイマーの見た目で決めやがったな!


 でも、でもまだ二票残ってる。

 司会なら公平に判断してくれるはずだ。


「先に一票を獲得したのはシエナ選手! では、続いてゴリンドと私の判定を同時に発表いたします! 三! 二! 一っ!」


 司会とスーツ姿のゴリラは両方とも、俺達のほうに向かって手を伸ばしてきた。


「私の判定はカイル選手の勝利! 一方のゴリンドの判定もカイル選手! 二対一により、第一グループの二回戦第一試合の勝者はカイル選手です! 皆様、両選手と従魔達に大きな拍手を!」

『よっしゃー!』

『やりましたっ!』

『フン、当然の結果だ』

「うぅぅぅ、やったぁー! みんな、二回戦も突破だよ!」


 カイルはこちらに駆け寄ってきて、笑顔で俺達をギュッと抱き締めてくれた。


 その後、控室に引き返そうとすると結果に納得いかないのか、観客席からロリコンどもの怒号が聞こえてくる。

 それを聞いてカイルが落ち込んでしまうのではないかと不安に思ったものの、嬉しさのあまり、そんな雑音は全く耳に届いていないようだ。


 良かった良かった。

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