第12話 vsゴブリン

 約一週間ぶり、再び暗々とした森の中を訪れ彷徨っていると、前方からゴブリンが飛び出してきた。


「あっ、ゴブリンだよ。どうアイズ、戦えそう?」

『もちろんだ! よーし、カイルしっかりと見ていてくれよ!』


 俺は地面を蹴り、一瞬で距離を詰めた後、ゴブリン目掛けて全力で右腕を振り下ろす。


「グブァ!」


 すると、俺の速さに反応出来なかったのか、ゴブリンは素直に鉤爪によって引き裂かれる。

 それで戦意を喪失したのか、ヨロヨロになりながら茂みの中へ逃げていった。


「凄い……! 一撃でゴブリンに勝っちゃった! アイズ、本当に強くなったんだね!」

『ま、まあなっ!』


 何か思った以上に呆気なかったな……。

 せっかくだし、炎を吐いているところをカイルに見せたかったのに……。


「これだけ強いんだったら、テイムの旅にも行けそうだね! っていっても、そんな時間はないんだけど……」


 あっ、カイルも旅に出たいという意思はあったのか。

 でも両親の手伝いがあるから、行きたくても行けないっていう状況なんだろう。


 あの両親なら、そのことを話せば「俺達だけで十分だから行ってこい!」って言ってくれそうなもんだけど、カイルは優しい子だし、気を遣ってとても言い出せないよな。

 うーん、どうしたものか……。


 何か良い案がないかと思考を巡らせていると、前方からガサガサと草をかき分ける音が聞こえてきた。


 直後、姿を現したのは、先ほどの個体の倍以上はある巨大なゴブリン。

 左手にはナイフの代わりに、人間の剣士が持つような立派な剣が握られている。


 その背後には普通サイズのゴブリンが六体ほど立っていて、中には先ほど俺が傷を負わせたゴブリンも混じっていた。


「――ゴ、ゴブリンがこんなに! どうしようアイズ!」


 これって、さっきのゴブリンが仲間を呼んできたってことだよな……。

 それで、あのでかいのはボスって訳だ。


 これは少しマズいぞ。

 一気に攻められたら、いくら強くなったと言え、流石に――


「グギャゴ! ギャギャッコグウゴ!」


 大ゴブリンは小ゴブリンに向かって何か喋った後、一体だけで前に踏み出してきた。

 その他のゴブリンは、後ろで手を挙げながらグギャゴギャ騒いでいるだけ。


 もしやこれは「こいつは俺がやるから、お前らは手を出すんじゃねえ!」的なやつか?

 それだったら、ありがたいけど……。


「ギャギャア!」


 大ゴブリンは声を上げながら、剣を振り下ろしてきた。

 それを俺は横に飛び退くことで難なく避ける。


 その後、小ゴブリンのほうに目をやると先ほどから一歩も動いておらず、ただ大ゴブリンを応援しているだけのようだった。


 やっぱりそうか! 一対一なら余裕だぞ!


「アイズ、大丈夫!?」

『ああ、任せろ!』


 次々に繰り出される剣撃をかわしながら、俺はカイルに自信満々に言葉を返した。


 ――よし、次はこっちから行くぞ!


 俺は大ゴブリンの攻撃を軽々と避け、懐に入ったところで腕を横に振るう。

 すると鉤爪は腹部を引き裂き、三本の傷から鮮血が噴き出した。


 しかし、大ゴブリンは一瞬怯んだものの、傷を物ともせずに剣を振り回してくる。


 流石、図体がでかいだけあってタフだな。こうなったら――


 俺は再び鉤爪で引き裂いた後、一度距離を取ってから大きく息を吸った。

 そして大ゴブリンに狙いを定め、息をボワッと吐き出す。


 それにより俺の口から炎が噴出され、直撃した大ゴブリンは瞬く間に炎上。


「グ……ギャ……」


 声を上げながらその場にバタッと倒れた。

 その瞬間、辺りにいた小ゴブリンは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 よっしゃ! 勝ったぞ!


「アイズ! 凄い、凄いよっ! まさか炎も吐けるようになってたなんて!」


 後ろで見ていたカイルが俺の元に駆け寄ってきて、抱え上げながらそう言ってくれた。


『だろ! 見てくれよ、あのゴブリンが丸焦げだ……ぜ……?』


 倒れた大ゴブリンのほうへ目を向けると、炎が草木に燃え移り、火事を起こしていた。


「どうしたのアイズ――って、えええええっ!」


 ま、ままっ、まずいっ! や、やっちまった!

 冷静に考えれば、こんなところで炎を吐いたらこうなるに決まってる!

 逃げられはするけど、放っておいたら山火事だ!


「ア、アイズ。どどど、どうすれば、い、いいかな……?」

『そそそそうだな、どうしよっかカイル……』

「おいっ、大丈夫か! これは一体何事だ!」


 背後から聞こえた声に反応して振り返ると、そこには銀色の鎧に身を包んだ大人の女性が立っていた。

 その足元には尻尾が二本生えていたり、隻眼だったり、目が六つあったりと、それぞれ特徴の異なる変わった猫が三匹座っている。


「あ、あなたはリバラルティア警護団の――」

「話は後だ! ミャオ、水の魔法で鎮火してくれ」

『はいですー。じゃあ、やるですよー』


 お姉さんがそう言うと、尻尾が二本生えている猫が前に出て、立ち上がってから両手を前に突き出した。

 すると、直径一メートルほどの大きな水の塊が空中にいくつも現れる。

 その水泡は燃え盛っている炎の上にまで浮かび上がると一斉に破裂し、液体となった水が炎に覆い被さったことで、一瞬で炎が消えた。


 これは前にピピが使っていた魔法の凄い版みたいだな。お陰で助かった……。


「火事が一瞬で……。あっ、お姉さん、本当にありがとうございました!」

『ありがとうございました!』

「礼はいい。それより、詳しく話を聞かせてもらおうか」

「は、はい。実は――」


 カイルはこうなってしまった一連の流れを説明した。


「事情は分かった。しかし、やり過ぎだ。もう少しで大惨事になるところだったんだぞ」

「はい……本当にすみません……」


『はぁ。森の中で炎を吐くなんて……』

『ったくだ。いくらちっこいとはいえ、ちょっと考えりゃ分かるだろ』

『あなたはおバカさんなのですねー。もうこんなことしちゃダメですよー』

『はい……本当にすみません……』


 カイルはお姉さんに、俺は三匹の猫にお叱りを受け、それぞれ謝った。

 っていうか、全部俺のせいだから、カイルは悪くないんだけど……。


 しかし、本当に軽率だった。

 炎を吐く時は環境もしっかり確認してからにしないと。


「まあ、悪意がないことは分かったし、ゴブリンキングを片付けてくれたんだ。今回は見過ごしてやる。二度とこのような真似はするんじゃないぞ」

「ありがとうございます! もう絶対にしません! それと一ついいですか……?」

「ん、何だ?」

「どうしてリバラルティア警護団がこんなところに?」

「ああ、最近この森にゴブリンキングが出没するようになったと噂を聞いてな。ほら、そこの丸焦げになっているでかいゴブリンのことだ。こいつは普通のゴブリンよりも遥かに強い上、好戦的でな。駆け出しテイマーの身に危険が及ぶ可能性が高いとみて、駆除しに来た訳だ」

「なるほど!」


 リバラルティア警護団って警察みたいなものか。

 それで俺が倒した大ゴブリンを倒しに来たと。

 いやー、お姉さん達が近くに居てくれて本当に良かった。


「さあ、もう日も落ちてきた。夜の森は何かと危険だ。そろそろ家へ帰れ」

「そうします。本当にご迷惑をお掛けしてすみません。それでは失礼します」

『じゃあな、気を付けて帰れよ』

『しっかりと主人を守るのですよ』

『さよならですー』

『はい、本当にありがとうございました。それではまたっ』


 俺とカイルはお姉さん一行と別れ、帰路に就いた。


「アイズがこんなにも強くなってるなんて驚いたよ! 本当に頑張ったね!」


 その道中、カイルは俺のせいで叱られたのにも関わらず、俺を褒めてくれた。


 本当に優しい子だな。

 この子のために何としてでもトーナメントに優勝してあげたいけど、俺一人で三匹と戦うのは流石にな……。


 いやはや、どうしたものか。

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