ドラゴンに転生したら少年にテイムされました 〜心優しいマスターの夢を叶えるため、仲間と共に戦います〜
白水廉
第1話 新たな命
「
「そう……ですか。分かりました……」
先生と母さんの話す声が聞こえてくる。
その直後、左手に細く華奢な手とゴツゴツとした大きな手の感触を覚えた。
これは間違いなく、母さんと父さんの手だ。
「翔……。お母さんの元に生まれてきてくれて本当にありがとう。向こうに行ったら
「お前みたいな立派な息子を持てて、俺は世界一の幸せ者だ。母さんのことは俺に任せて、安心して眠ってくれ。……愛してるぞ」
ありがとう母さん、父さん。俺も二人の子供に生まれることが出来て本当に幸せだったよ。出来ることなら直接顔を見ながら伝えたいけど、もう目も口も開かないや。
段々と頭の中もぼんやりしてきたし、先生の言う通りそろそろ限界かな。
二十八年という短い人生だったけど、本当に充実した人生だった。良い友達を持ったし、一流企業に入れて同僚にも恵まれたし、人並みに恋愛も楽しんだし、悔いはない。
兄ちゃんは約束通り、勇斗の分まで精一杯人生を楽しんだぞ。待ってろよ、今からそっちへ行くからな。
それじゃあ母さん、父さん、さよなら。二人とも元気で――
バサバサバサバサッ!
――な、何だ!?
音に驚いて飛び起きると、頭上で鳥が飛んでいた。
はぁ、ただの鳥か。って、あれ? ここは……どこだ?
周囲を見渡すと、幾本もの巨大な木が目に映る。
えっと、ここは森の中か……?
俺は確か病院のベッドで寝ていた……いや、死んだはずだ。意識は朦朧としていたけど、母さんと父さんからの最期の言葉はハッキリと覚えている。ということは夢じゃない……。
――分かったぞ、ここは天国だな! 生前にイメージしていた天国とは全く違うけど、実際はそんなもんなんだろう。
正直、死後の世界なんてものは全く信じていなかったけど、こうして自分の身に降りかかってるんだ。認めるしかない。
そうと分かれば、とりあえず歩くか。そのうち天使とか神様とかに会えて、これからどうすればいいか教えてくれるだろ。
よっこらしょっと。……ん?
立ち上がろうと地面に手を付いた瞬間、手のひらに違和感を覚える。そのまま視線を自分の手に向けると、そこには黒く染まった小さな手があった。
何気なく手を動かしてみると、その黒い手はまるで俺の手であるかのように思うままに動く。
……は?
もう一度手を動かしてみるものの、やはり自由に動かせる。
間違いない、これは俺の手だ。なんで真っ黒になってるんだ? っていうか、指も三本しかないんだけど……。
嫌な予感がした俺は、恐る恐る下半身に目を向けた。
まず黒いお腹が目に入る。
そのまま足のほうへ視線をやると、手と同じく黒く染まった指が三本だけ生えていた。
明らかに人間の身体ではない。その事実に気付いた時、心臓の鼓動が急に早くなる。
――いや、待てよ。ここは天国なんだし、そういうことがあっても別におかしくはないんじゃないか? そうだよ、何を焦っていたんだ俺は。
一瞬焦ったものの、すぐに冷静さを取り戻し、俺はほっと胸を撫で下ろした。
よし。そうと分かればせっかくだし、今どんな姿になっているのか確認してみるか。
おっ、あんなところに水溜りがあるぞ! どれどれ……。
水面を覗き込むと真っ黒で小柄な身体に紅い瞳、それに細い尻尾と小さな翼のようなものが見て取れた。
……これは翼だよなきっと。もしかして飛べたりするのかな。
そう思って翼の付け根である肩甲骨の辺りに力を入れてみるも、ピクリとも動かない。
そんな上手くはいかないか。
それにしてもこの姿はなんだろう。トカゲっぽいけど二足歩行だし、石と木の大きさから比較して多分六十センチくらいはあるし、そんな大きなトカゲは居ないよな……。
再び水面に目をやって自分の姿をまじまじと確認していると、ふと小学生の頃に遊んでいたテレビゲームを思い出した。
それに登場していた生まれたてのドラゴンに似ている。
ってことは、俺はドラゴンの赤ちゃんの姿になってしまったのか……。いやはや、天国というのは不思議なもんだ。
まあいいや! ここにいても仕方がないし、とにかく歩こう。
☆
「グルァ……」
えっ、何!?
休もうと座り込んであくびをした瞬間、おぞましい声が聞こえてきた。
その正体を確かめようと恐る恐る辺りを見渡してみるも、何も見つからない。
もしかして……。
疑問に思った俺は、言葉を発してみた。
「ギャァァァァルッッ!」
やっぱり……。
おーーーい! って言ったはずなのに、聞こえてきたのはおぞましい声。
これは俺の声だ。思えば目を覚ましてから、一度も声を出していなかった。
よく考えればドラゴンの姿になっているんだから、声も変わって当然だよな。ビビッて損した。
にしても、もう一時間以上は歩いてるはずなんだけど、全く景色が変わらないな。天使や神様にも会わないし。
もしかして何かの手違いとかで、天国の端っこのほうに来てしまったとか?
うん、きっとそうだろう。ちょっと休憩したらまた歩くか。
いやー、しかし自由に歩き回れるってのは、何とも気持ちがいいもんだな。末期癌って診察されてから半年以上もベッドで寝たきりだったから、こんな感覚久しぶりだ。
二十八年生きた俺がこれだけ感動しているんだから、十三歳でここに来た勇斗は大喜びしたに違いない。何たって遊び盛りの年齢だし。
早くそっちに行ってたくさん遊んでやらないとな。
よっこいしょっと――
「グルルルルルッッ!」
な、何だ!? 今度は喋ってないぞ!?
ってことは、何かがそこに……あっ!
声がしたほうに振り返ると、十メートルほど先に涎を垂らしてこちらを睨む一匹の犬がいた。
――野犬? 神様か天使の使いか何かか? いや、それにしては何だか獲物を狙うような目をしている気が……。
「ガァァァァ!」
やっぱり! やばい、こっちに向かってきた。捕まったら絶対に食われる。
に、逃げなきゃ!
俺は無我夢中で走り出した。しばらく走っていると大きな岩と岩の間に隙間を見つけたので、一か八かでそこに飛び込んだ。
犬は身体が大きく入ってこれないようでしばらく唸った後、諦めたのかどこかへ去っていった。
はぁ……、助かった。何なんだあの犬は。
マジでヤバいと思ったから、心臓もバクバクしっぱなしだ。
しかも、なんか痛いと思ったら足から血が出てるじゃないか。きっと木の枝かなんかを踏んだんだな、くそっ!
――ん? ちょっと待て。
俺、今心臓がバクバクって……。それに痛みを感じてる?
いやいやいや、俺は死んだんだ。
心臓が動いたり、痛みを感じたりする訳がない。
そう思って胸に手を当ててみると、ドクンッ、ドクンッと強い鼓動を感じた。
えっ、俺まさか生きてるのか……?
ということは、ここは天国じゃなくて現世?
いや、こんな姿になってるし、そんなはずはない。
そもそも俺は癌で確かに死んだんだから、生きているはずがないじゃないか。
でも、そう考えると辻褄が合わない。これは一体どういうことだ。
頭をフル回転させて考えていると、唐突に仲が良かった職場の後輩の顔が脳裏に浮かんだ。
そういえばあいつ、まだ元気に働いていた頃にアニメや小説の話をよくしてきていたな。
その中でも特に熱く語っていたのが異世界転生とかいうやつで、死んだ後に地球とは異なる世界で生まれ変わる話がおすすめだって……。
――待てよ。この状況、その異世界転生とやらに似てないか?
そう考えると全て辻褄が合ってしまう。
しかし、アニメや小説の話が実際に起きる訳が……。それに人間からドラゴンに生まれ変わるなんてあり得るのか?
いや、確かあいつは動物どころか無機物に転生する話もあるって言っていたような……。
頭の中で二人の俺が押し問答を続けること、数十分。
やがて一つの答えに辿り着いた。
何故かは分からないけど、ここは地球とは異なる世界で俺はドラゴンに生まれ変わったのだと。
そうとしか心臓が動いていたり、痛覚があったりする理由を説明出来ない。
まさかアニメや小説の話が実際に自分の身に起きるなんて考えてもいなかった。こんなことなら、あいつの話を聞き流さずにしっかりと聞いておけば良かったな。
それでこれからどうしよう。
せっかく新たな命を得たんだから、このまま生きていくしかないよな。
自殺でもしたら、次は地獄行きになって勇斗とも会えなくなってしまうかもしれないし、とにかく生き延びよう。
悪いな勇斗、兄ちゃんがそっちに行くにはもう少し時間が掛かりそうだ。
さて、そうと決まったらここは危険だし、まずは森を抜けるか。獣は森の中に棲むって相場が決まってるし、平原にでも出れば平和に暮らせるだろう。
俺は岩の隙間から出て、再び森の中を歩き始めた。
そうして歩き続けていると、ある時前方からガサガサ! と草をかき分けるような音が聞こえた。
さっきの野犬かと思い、木の影に隠れて正体を伺っていると、現れたのは金髪のボブヘアーに蒼い目をした少年。そして手元には弓を持って、なにやら辺りをキョロキョロしている。
人間が現れたことに驚きのあまり声を上げそうになったけど、弓を見てすぐに口を手で覆った。
今の俺はドラゴンだ。見つかったら何をされるか分からないし、気付かれていない内に逃げよう。
ボキッ!
ん?
反射的に音がした足元を見ると、枝が真っ二つになっている。
――しまった!
案の定、音に気付いた少年がこちらに走ってくる。
俺は必死に走り出したけど、歩幅が小さすぎてあっという間に追いつかれてしまった。
「ダンゴラド!! シーヨッ!」
えっ、何? 何か喋ってるけど全く分からない。まあ、異世界なんだし当たり前か。
そんなことを考えていると、少年は弓を構えて躊躇なく俺に目掛けて矢を放ってきた。
あっぶな! 何てことするんだ、このガキ!
避けなきゃ当たってたぞ……って、嘘だろ!
少年は続けざまに弓を放ってくる。
それをギリギリのところでかわしていたものの、
「グァッ!」
避けきれず一本の矢が右腕を
すると少年は「タッヤ!」と声を上げ、弓を降ろした。
ん? 諦めたのか?
そう感じた瞬間、全身から力が抜けていく。次第に意識もぼんやりしてきた。
……これは、癌で死ぬ間際に感じたのと同じ感覚だ。
もしや俺死ぬのか?
せっかく生きようと思ったのに、こんなにも早く――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます