1.目覚め(中)

 二十年前の襲来でも当然勇者召喚は行われた。呼び出されたのはだいたい男女半々の三十一人。記録を見る限りやはり全員が日本人っぽい名前や見た目。召喚された勇者の細かい言動などは機密扱いで他国の人間である俺には分からないが、一人だけが壮年で他は十代半ばだったらしいし、学校の一クラスがまとめて召喚でもされたのだろうか?


 そして、勇者を召喚したウェストランド武帝国を中心とし、世界中が一丸となって魔王との戦いは行われた。だが、二十年前の戦いで、最も活躍し、名声を高めたのは召喚された勇者ではなかった。


 今回は召喚された勇者達がいつもより弱かったのか、それとも魔王とその軍勢がいつもより強かったのか。勇者達も、確かに極めて強い特別な力を発揮し、いくつかの戦いを勝利に導き、何体かの魔王軍の幹部を倒しもした。


 しかし、魔王軍の中でも上位の、より強力な幹部の前に敗退し、殆どの勇者が死に、生き残ったのは三人だけ。そして戦いの最前線だったウェストランド武帝国は滅びた。


 そんな中、闘王アルゴス・ジャガンナートが、数人の親しい一級冒険者達と共に、強力な幹部達を打ち取り、魔王の下へとたどり着く。そして命と引き換えに、今代の魔王ブギ―フログに大きな傷を与えたのである。


 帰還し、アルゴスの偉業を伝えたアルゴスの仲間達、今では英雄と呼ばれる彼らは、続けてこう伝えたという。


 醜悪で名状しがたく恐ろしい黒く悍ましい肉塊が一つに固まった、二足歩行の巨大な蛙のような姿の魔王ブギ―フログは、アルゴスによって付けられた傷を回復することができないままこう言った。


『ええい、なんと忌々しい。我が無尽の肉体が、いくら湧き出しても塞ぐ事のできないこの傷。膨大な生命の力そのもので刻まれたこの傷を癒す為には、我が故郷たる醜悪にして尊き汚泥の混沌に一時帰るしかあるまい。だがしかし、まだ我は死んではおらん。故にまだ我にこの地を冒す権利はあるのだ。すぐに戻るぞ。この傷を癒し再びこの地に戻り、必ずや今度こそこの地を悍ましく素晴らしき暗黒に染めあげてやろう。覚えておくがよい、人間どもよ』


 そうして魔王ブギ―フログがその手を掲げ、生み出された、目にするだけで心が凍えるかのような恐ろしい暗闇の中へと、悠々と歩み去っていくのを、彼らは何もできずに、ただ見送ることしかできなかったという。


 その話が伝わった後、世界会議に於いて。アルゴスの活躍により、発言権を強めたイデアル王国は、例え一時といえど、今代の魔王を撃退したアルゴスにこそ勇者の称号は相応しいと、アルゴスに勇者の称号を与えることを求めた。


今代の勇者の敗北により、召喚された勇者という存在の価値が落ちていたこともあり、限定的ながらその求めは叶えられた。


 そもそも、勇者というのは称号であり力である。いや、勇者だけではない。この世界に於いて称号は力を持ち、その称号の持ち主の在り方を示すものなのだ。一人ただ一つしか持てないが、そもそも持っている者自体がごく僅かしか居ない。生まれた時から持つ者もいるし、偉大な業績を打ち立てて持つ様になる者も居る。生まれた時から持つ者はその称号に関わる分野に於いて将来を約束された天才と言えるだろう。ともかく、資格のあるものにしか与えられない、資格のあるものしか得られないもの、それがこの世界の称号である。それは死者に対してであっても同じことなのだ。


 称号は、称号を持つ者自身はいつでも自らの称号を見る事が出来るが、他者が称号を持っている事をそして称号の内容を確認する為には、極めて珍しいアイテムを使う必要がある。そして死者の称号も、死者の銘を記したごく一部の特別な書で見る事が出来るのだった。


 アルゴスの場合は、イデアル王国で国葬を行われ、聖人として列聖された地母神教神殿の列聖者を記した聖人の書。そして一級冒険者として、偉業を成した冒険者を英雄として称え記す英霊の書。


 その二つの書に記されたアルゴスの項に、イデアル王国がアルゴスに勇者の称号を与える事を求めると同時に、闘王から上書きされ勇者の称号が記されたのである。


 明確に示された事実として、アルゴスが勇者であると認められた以上、世界会議もまた、アルゴスを勇者とすることを拒否することはできなかった。


 ただ、世界の勇者とできるのは、別の世界の存在であり、有名無実とは言え、この世界の国の柵に囚われていないということになっている、召喚された勇者だけとして。


 イデアル王国に所属し、イデアル王国が求めた勇者であるアルゴスは、イデアル王国が選んだ勇者、イデアル王国の国選勇者として、世界会議で認める、ということにしたのである。


 だが、イデアル王国の要求はそれで終わらなかった。傷を癒したら戻ってくるという魔王ブギ―フログの再来は、今までの魔王を倒した後の別の魔王の襲来とは違い、それほど大きな間は空かないであろうと。そして、アルゴスが撃退し、アルゴスを殺した魔王ブギ―フログを討つのは、彼の直系の男子。丁度アルゴスが没したその年に生まれた孫であるカインが相応しいとし。カインを、魔王を討つ者として、世界会議に対し、カインをイデアル王国の国選勇者とする許可を求めたのである。


 これは愚かで図々しい、度の過ぎた要求として、世界会議では相手にされていなかった。しかし、これもまた、イデアル王国が使った極めて珍しい鑑定紙――対象のその時点での称号を記す使い捨てのアイテム。そのまま記録として残るが、対象の称号が変化しても、記載内容が変化することはない。称号を持たない対象に使用した場合、何も記される事無くただのゴミとなる。イデアル王国はカインに勇者の称号が在るとまでは思っていなかったが、アルゴスの直系の孫であるカインの素質に期待して使用した。――によって、赤子であるカインに勇者の称号が在る事が証明されたことで、世界会議はその要求を認めざるを得なくなったのだった。


 何よりも、その生まれや立場はともかくとして、生まれたばかりの赤子に、新たに勇者の称号を与えられたということは。少なくともその赤子が生きている間、おそらくは身体がまともに動く内には、それどころか若いと呼べる間に、魔王ブギ―フログの再来はあるのだろうと予想されたのが大きかったが。


 当然、イデアル王国の横紙破りな行動を快く思わない国は多い。生き残っている三人の召喚勇者を戦力として確保し、鍛えなおし、再来した魔王ブギ―フログにぶつけようとしている国もある。期間が短すぎて、別の国の国土であろうと、前回のウェストランド武帝国での召喚の儀式の影響を受け、地脈に大きな負担を掛けることになるが、世界会議に根回しして、魔王ブギ―フログの再来時に、勇者召喚を行おうとしている国もある。

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