この世界にはまだ減価償却という概念はありません

「ファーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


「タドルさん、どうしました?」


「ヒヨリちゃん、ごめんね。

 一旦、気にしないで」


 とにかく、深呼吸だ。


 ・・・。


 俺は改めて、売上報告書に目を通す。


377,450G


 信じられない結果が、出てしまった。


46日目:84,050G [注文数157]

47日目:48,150G [注文数95]

48日目:57,750G [注文数110]

49日目:79,350G [注文数153]

50日目:108,150G [注文数207]


 47日目以降、売上が再び伸び。

 そして、50日目にして、ついに10万の大台を越えた。

 来るお客様、みんなが、同じ事を言いました。


『なんか、内装が面白い喫茶店があるから、ちょっと行ってこい。

 コーヒー300Gだけで見学できるぞ。

 って言われて来た』


 ここに来て、ついに。

 ついに。

 内装、家具の力が、大きく表層化したのだと感じました。


 客単価は、確かに低いです。

 しかし、客足はとどまることを知らず。

 店の外には行列ができ。


『今度は、別の席にも座ってみたい』


 とか


『俺も、こんな家具や植物が欲しい』


 とか


『なんか、落ち着く』


 とか


 そういうの


 全部が、嬉しくて


 ・・・


「タドルさん、なんで泣いてるんですか」


 ヒヨリちゃんが掛けてくれた声で、ふと気づき


「わからん」


 とか、適当に返したりして


「でも、とりあえず。

 ヒヨリちゃん、ありがとう」


 そんなふうにつぶやいたら


 ヒヨリちゃんは何も言わず、笑ったくれたのでした






 *****






 そして、次の日。

 それは、運命の、対決結果、発表の日。

 朝9:00。

 展開された2つの喫茶店の間で。

 再び。


 アリサ、黒髪分身少女、メイア。

 タドル、ミエル、ヒヨリ。


 両軍、にらみ合い。

 どちらにも、悲壮感はなく。

 己が勝ちを確信している。


 各店長の手には、それぞれ、1枚の紙。

 そこに、総売上が記載されていて。


「テレビ番組とかなら、デジタル表示で、1の桁から順にオープンするでしょうけどね」


 とか、どうでもいい話題を口走ってしまった。


「面倒くさい演出は不要よ。

 天使の合図で同時に紙を相手に見せる。

 覚悟は、よろしくって?」


 無言のまま、うなづき。


 ・・・


 みな、固唾かたずを呑み。


 ・・・


 そして、


「オープン!」






ROOTルート: 377,450G

MILK FARMミルクファーム : 347,200G







 ・・・


「勝者、タドル!」


「わぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!」


「いやぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」






*****






 ここからしばし、歓喜に湧くROOTルート陣営の映像をお楽しみください






*****






 完全無意識で、ヒヨリちゃんと手をつないでいた。

 ミエルさんにも、何度も感謝の言葉を伝える。

 もう、背後にいる3人の存在を、完全忘却するくらいに。

 勝利、というものの味を。

 じっくりと、その身に染み渡らせていく。


 敵は、本当に強かった。

 きっと、MILK FARMミルクファーム は。

 世界一のレストランだと言って遜色ないだろう。

 それが数字で表れ、突き刺さり。

 そして、信じられないことに、自分が。

 ちっぽけだった。

 過労死から始まった自分が。

 超越したのである。


「さてさて」


 と言いながら、最高にいやらしい笑みを見せたのは、天使。

 いつになく、すごく、楽しそうである。


「敗北者は、勝者の言うことをなんでも聞く、というわけだけど」


「くっ・・・」


「な・ん・で・も」 


「好きに、すれば、いい、じゃない」


 とか、そんなことを言いながら。

 白かったほほが、ほんのり赤く染まる。

 俺が目を合わせようとすると、目をそらされ。

 左手で口元をおさえる。


 というわけで。


「要望。

 最初から決めてました」


 俺は、目をそむけたままのアリサさん。

 彼女の右手を。

 両手でぐっとつかむ。


 そのアクションに驚いて、アリサさんが俺の目を見る。


 ・・・


「俺に・・・」


 ・・・


「俺に、デミグラスソースの作り方を教えてください!!!!」


「それだけかぁい!」


 天使が盛大に言葉で突っ込みを入れ。

 続いて、後頭部に張り手が直撃する。


 地面に倒れこむ俺をアリサさんがけ。

 顔面と大地が接する。


 くるりと回転。

 うつぶせから仰向あおむけに転換すると。

 5つの、美しい顔が俺を覗き込む。


「だって、喫茶店と言ったら、デミグラスソースオムライスでしょ?」


 そんな俺の問いかけに。


「いや、ちょっと意味わかんない」


 天使が素っ気無く返し。


 それがなんかおもしろくて。


 俺は、天をあおいで、笑ったのだった。

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