第四膳回答『餃子と共同作業』

 🍻


 本当なら皮から作りたいところだけれど、今日は『一緒に作る』というのがミソ。テンが楽しめることこそが肝要なのだから、手間を省いて市販の皮を使うことにした。


「セッキー、これでいいの?」


 小麦粉で真っ白になった両手に、不格好ながらも可愛らしい餃子がちょこんと乗っかっている。

 餃子を包みはじめて間もないというのに、ほっぺたや鼻の頭まで粉まみれだ。


「おお、上手にできたね。すごく美味しそうだ」


 そう答えると、テンの顔がパアッと輝いた。大皿にそーっと自分の餃子を並べる様子は恭しくさえあり、その表情は誇らし気だ。

 見ているとなんだか胸が詰まるようで、鼻の奥がツンとする。わたしの料理をテンが美味しそうに食べてくれるのを見るのも嬉しかったけれど、それとはまた別の喜びだ。まるで我が子の成長を見守っているような……


「もっと作る! セッキーと、キクちゃんシショーのぶんも!」


 包丁で叩いて荒くミンチにした豚肉、塩揉みした刻みキャベツ、ショウガとにんにく。下味は塩こしょうに、ちょっと甘みのある牡蠣醤油。仕上げにごま油をひと垂らし。

 あらかじめ作っておいた基本の餡を、テンは慎重にスプーンで掬い取った。集中するあまり、舌先がちょろっとはみ出している。教えたとおりに皮の縁にぐるりと水を塗り、小さな指でゆっくりと襞を作る。

 わたしが自分で包む方が何倍も速いし綺麗だけれど、そこは敢えてテンに任せ、わたしは『究極の餃子』のためのアレンジ食材の数々をテーブルに並べた。


「みて、さっきより早くできたしこっちのほうがきれい!」

「ほんとだ! テン、凄いぞ。プロの餃子屋さんにだってなれるかもな」


「でもまだセッキーのお手本といっしょじゃないな……」


 見え透いたおだてには反応せず、テンはわたしが見本で作った餃子と見比べながら次の作業に取りかかる。幼いながらに、どうやら彼はわりと凝り性らしい。テンの新たな一面を発見した気がする。

 いや、今までわたしがテン自身を見てこなかっただけなのだろう。


 美味しいものを食べさせてやりたいという気持ちにもちろん嘘はなかった。

 だが正直なところ、食べ物でテンを手懐けようという魂胆もあった。「志乃」という名の、消えた少女の神様とやらについて聞き出したかったからだ。


 ここ最近、神社や祠から神が消えるという事件が起きている。もはやこの一帯は、神の空白地帯と言っても過言ではない。早々に神を呼び戻すか、新たな神を祀らねば、いずれ魔が満ちてしまう。


 料理人をやめて燻っていたわたしに、師匠がその調査を依頼してきたのが桜の盛りを過ぎた頃。その調査中に、わたしは行き倒れ寸前の狐少年「テン」と出会ったのだった。

 それまでテンは、街を抜けて山に入っては狐に戻り、昆虫や野鼠などを捕食していたらしい。食事を終えるとヒトの姿に変化して、志乃のいる例の破れ堂に帰るという生活をしていた。だが、その志乃が消えた。テンは破れ堂の中で志乃を待ち続け、空腹の限界を迎えたあの日、中途半端な変化姿で街に彷徨い出たのだ。



 🍻



 大皿いっぱいに、餃子が並べられている。基本の餡だけを包んだもの、大葉や海苔、野菜やチーズなどを一緒に包んだもの。カレー味に仕立てたもの……ひとくちに餃子と言っても、そのバリエーションは無限だ。


「じゃーん! キクさん特製、ハムチーズ餃子〜!」


 わあ、とテンが歓声を上げた。視線の先には、何やら円盤状の物体。ハムとチーズを二枚の皮で挟み、縁をフォークの先で圧着させた代物だった。


「ほら、こうすれば色んな種類をいっぺんに包めるよ。テンもやってみるか?」

「みる!」


 さすがはキクさん。餃子さえパンクだ。おそらく餃子を包むのが面倒なだけだというのは、テンには秘密にしておこう。

 今やキクさんはテンの憧れの人。キクさんが来た時には、粉まみれのエプロンをつけたまま大喜びで飛びついていたぐらいだ。きっとこの破天荒さ、考えの柔軟なところに子供は惹かれるのだろう。

 わたしならつい、味のバランスや食材の無駄に拘泥してしまうところだけれど、彼女はそんなものお構いなし。そうしていつも、常識に囚われ型に嵌まりがちなわたしの意識を開かせてくれるのだ。



 🍻



 ホットプレートの一角では、既に餃子がジリジリと音を立てている。包んだ餃子に蓋をして蒸し焼きしている脇で、キクさん考案の平べったい「挟み餃子」が香ばしく焼けていた。皮からチーズがはみ出してパリパリになっていて、これはこれで美味しそうじゃないか。

 両面をこんがり焼き上げたら、取り皿へ。さあ、食べてみよう。


「おーいし〜い!」

「うん、ジャンクな味でビールが進むな」


 たしかに。子供は大好きな味だし、大人もつまみとして充分イケる。パリパリとした食感も楽しめるし、黒胡椒を少し挽いてみたらさらに美味い。


 お次はテンの作った「お野菜餃子」。小さく切った野菜を色々詰め込んであり、皮がパンパンに膨らんでいる。さて、お味は……


「……あじがない」

「うん、野菜の味だけだな」


 見た目でわかってましたけど、師匠。そんなハッキリ言わなくても。ちょっとテンががっかりしてるじゃないですか。

 皮の中から、茹でたブロッコリーとアスパラの欠片、ミニトマトやコーンがポロポロとこぼれ落ちた。


「何か、ソースを作ってみようか」


 餃子の味変用に作っておいた酢味噌ダレに、マヨネーズを混ぜ合わせてソースを作成。これでよし。


「……おいしくなった!」

「野菜の味だけでも美味しかったけどな」


 師匠、それはテンへのフォローのつもりですか。そう言いながらソースべったりつけてるじゃないですか……ま、テンも嬉しそうに食べてるからいいんだけど。


 と、蒸し焼きにしている餃子の音が変わってきた。


「そろそろ焼けたみたいだね」


 蓋を取ってみると、ふわりと湯気が立ち上り香ばしい餃子の香りに包まれた。この匂いだけで美味しさを確信できる。フライ返しで上下を返してみれば、こんがり狐色の焼き目が美しい。


「「おおおお」」


 感嘆の呻きをBGMに、各種餃子をそれぞれの取り皿へ……



 🍻


「テン、もうおなかいっぱい。お口はもっと食べたいけど、おなかが食べられないの」


 口の周りをテラテラさせて、テンがゲフッとはしたない音を発した。驚くほど大量の餃子を平らげ、締めのデザート餃子も全種類食べ尽くしたのだ。


「どれが一番美味しかった?」

 そう問いかける師匠の目が優しい。

 

「野鼠とどっちが美味い?」

 前言撤回。目が優しくても質問は鬼だ。わたしにとって。


「狐の時はネズミが美味しいけど、ヒトの時はセッキーのおりょうりがおいしいの」


 テンよ。お前は天使か。そうか、天使のテンなのか。


「ギョーザはね、ぜんぶおいしかった! 作るときから楽しくて、おいしかったの。せっきーといっしょにね、たくさん包んで……じょうずに、できた………きゅーきょくの…ぎょーざやしゃん………」


 椅子の上でぐらぐらし始めたテンを、ベッドへ運ぶ。満腹感に加え、今日はいつにも増して楽しそうだったから、はしゃぎ疲れたのだろう。そっとベッドへ下ろした時には、既に安らかな寝息を立てていた。

 ティッシュで口の周りを拭いてやり、ふわふわの髪を撫でる。テンは眠ったまま幸せそうに、うふふと笑った。




 リビングへ戻ると、キクさんがお湯割りの焼酎をちびちびと舐めていた。


「志乃ちゃんのこと、あんまり聞けてないんだろう」

「……ええ。だいぶ色んなことを話してくれるようにはなったんですが、志乃ちゃんの話題になると悲しくなっちゃうみたいで。口数が減るんですよ」

「何も知らない、って自分で言うのも辛いだろうしな」


 ベッドルームの方をちらりと見遣り、キクさんは小さくため息をついた。焼酎の温度を確かめるように、耐熱グラスをゴツい両手で包む。


「知り合いの神社に、話つけてきたんだ。そこの跡取りやってる、コマって子に会ってみるといい。若いけど、強大な霊力を持ってる子だよ」

「コマ、さん……」

「あんたみたいに悪霊をブッた斬るだけじゃなく、霊視や除霊なんかもできるしさ。まったく、あんただって修行をやめなきゃかなりのとこまで行けたってのに」


「……すみません」

「『刃物が好きだから料理人になる』なんて飛び出しやがって」

「………その節は、本当に……」

「挙句にその料理人もやめちまうとか。半端な野郎だよ」



 返す言葉もなく、わたしは師匠の言葉に俯くばかりだった。


「ま、いいさ。あんた、テンを拾ってからいい顔するようになったよ。一時はどうなることかと思ったけどサ」


 「テンに礼でも言うんだね」と言い置いて、師匠は帰って行った。ビールやら焼酎やらを散々飲んだ後なのに、何故か走って。パッションオレンジのスパイクヘアがみるみる遠ざかり、闇に消えた。


 ……まいったな。相変わらず、元気な婆さんだぜ。


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