第一膳回答【出会いとお茶漬け】

🍻


 小ぶりの茶碗に盛られたお茶漬けを前にして、お腹は相変わらずグゥグゥ鳴っている。なのに少年は遠慮しているのか、膝の上で拳を握ったまま手を出さない。


 細かく刻んだ野沢菜にしらすの旨味と胡麻の香りを和えた常備菜。このまま食べてよし、チャーハンにしたり豚肉と炒め合わせてもよし。何より緑色が綺麗なので、食卓の彩りに役立つ。これでも元料理人、一人きりの食事でも、つい見た目を気にしてしまうのだ。

 さて、その上にカリカリに焼いて小さく切った油揚げ。そこへだし醤油をちょろっとかけたら、香ばしいほうじ茶を。

 冷蔵庫のありあわせで作った油揚げ茶漬けだけど、美味しいんだぞ。是非あったかいうちに食べてほしい。


 レンゲでひと匙掬い、ふーふーして口元へと運んでやる。


「ほら。どうぞ」


 遠慮がちにひとくち食べた瞬間、少年の目がカッと見開かれ、爛々とした視線を向けてくる。うん、美味しかったのね。


 ふたくち目。今度は自分から身を乗り出してレンゲに食いついてきた。

 目を閉じて、いっぱしに何やら納得したような表情で頷きながら噛み締めている。思わず吹き出しそうになったが、堪えた。油揚げのサクサクと野沢菜のシャキシャキした音がこちらにまで聞こえてくる。味を想像して、こちらまで唾液が溢れそうだ。


 少年は早くもテーブルに両手をつき、口を大きく開けて待ち構えている。流石に「ンフッ」と笑ってしまったが、相手は気づいていないようだ。最後のひとくち。

 両手を頬に当て、鼻から「ふ~ん」と息を漏らし幸せそうにもぐもぐしている。



「……美味しかった、です」


 金色の瞳をキラキラさせながら、少年は名残惜しそうに空の茶碗を眺めている。


「それはよかった。他の味もあるよ。おかわりするかい?」

「いいの?」

 明るいブラウンの髪の下で、少年の耳がピクッと震えた。


 キッチンへ戻って新たな油揚げを香ばしく焼きあげ、おかわりを作る。今度は角切り椎茸の甘辛煮でいってみようか。生姜風味で牡蠣醤油の旨味たっぷり常備菜。刻み海苔も載せちゃおう。


 2杯目のお茶漬けを頬張った少年は、うっとりと目を瞑り幸せそうに堪能している。ふわふわの髪から飛び出したもふもふの耳がピコピコ揺れて、ハーフパンツの裾からふさふさのしっぽまで出してブンブン振っている始末だ。




 ───やっぱり、狐には油揚げだな。



 お茶漬けに夢中な狐少年を微笑ましく眺めつつ、わたしはさりげなく切り出した。


「お仕えしていた神様は? どうしたの?」


 狐少年は油揚げ茶漬けから目を離さず、でも寂しそうに答えた。


「……消えちゃったの。急に姿が見えなくなった。何も言わずにぼくを置いて、いなくなっちゃった」


「だから霊力が減って、耳や尻尾が出ちゃったんだね」

「うん。あと、お腹減ってたし……完全に狐の姿に戻っちゃうかもと思って、こわかった」


 それでふらふらと食べ物を探し歩いてたのか。そんな姿で徘徊していたら危ないじゃないか。



「でも、ご飯もらって元気出たから、もう大丈夫です。ありがとう」


 しょんぼりと垂れた耳で、狐少年はペコリと頭を下げた。



「いや、そう言わずにさ。お風呂であったまって、なんなら今日は泊まって行きなよ。一旦落ち着いてから、今後のことを考えたらいいんじゃない?」


「そんなに迷惑かけられない……」

「迷惑なんかじゃないよ。どうせ一人暮らしだし」


 捨てられた犬や猫を放っておけない性分なんだ、と言いかけて、やめた。この子は、捨てられたというわけじゃなさそうだ。



「一人でご飯食べるのにも、飽きてきたところなんだ。一緒に食べてくれたら嬉しい」

「えっ、いいの?」


 しょんぼりと垂れていたもふもふの耳が、ピンと立った。金色の瞳がイキイキと輝く。


「ぼく、油揚げ久々に食べたの。カリカリ香ばしくて、美味しかったの。野沢菜も、噛むと美味しい味がじゅわって出るしシャキシャキして美味しい。ちっちゃいお魚も可愛くて美味しい。甘くてしょっぱい茶色いのも美味しい。あのね、この食べ物、みんなすっごく美味しい」



 何回「美味しい」って言うんだよ。そんなに言われたら……嬉しいじゃないか。やっぱりわたしは、人が美味しそうに食べるのを見るのが好きなのだ。


 事情を聞くのはまた後だ。今はとりあえず……


「じゃあ、またおかわりするか」

「うん!」

「どっちの味にする?」

「両方!」

「ミックスか。やるな」



 それが、わたしと相棒との出会いだった。



🍻


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