回答【サヨナラの時間】ハーフ&ハーフ

🍻


「サヨナラ」

 ボクは彼女の目を見つめ、その手を握った。


 彼女は深く微笑んで手を握り返すと、そっと離した。くるりと背を向け、振り返ることなく扉の向こうへと進む。音も無くゆっくりと閉じてゆく扉が清らかな光を放ち、彼女の後ろ姿を飲み込んだ。光が消えた後には扉ごとかき消え、何も残っていなかった。


 ボクは彼女のぬくもりを確かめるように拳を握り、胸にその拳を押し付けた。これまでのことが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。出会ってからボクらは、ずっと一緒だった。手を携えて彼女の望むミッションをこなし、一緒に新人を世話し、時には揃って下界に降りて影ながら人助けをし……いろいろなことを乗り越えを積んできた。


 そうして彼女は今日、ついに生まれ変わるためのT天国ポイント集めを達成し、新たな人生を送るために出産されるのを待つ身となった。


 ちなみに、天国ポイントとはポイントとも呼ばれ、生前に積んだ善行と死後に働いた仕事量をポイント換算し、好きなことに降り当てられる天界システムのことだ。

 ある者は現世に残してきた家族の守護にポイントを使い、ある者は自分自身が生まれ変わるためにポイントを使う。天国でお洒落をするために素敵な服を買う者もいれば、下界に降りて家族の夢枕に立ったり、人にイタズラをするために使う物好きな者までいる。


 ボクは顔を上げ、彼女の消えた空間をじっと見つめた。彼女の言う通りだ。彼女には彼女の幸せがある。そして何が幸せなのかを決めるのは、彼女自身だ。


 だから同様に、僕の幸せはボク自身で決める。ボクは心を決め、その一歩を踏み出した。




 優しいガーゼの肌触り。部屋いっぱいに広がる芳しく甘い香り。柔らかな光と、清浄な空気。

 ボクは精一杯右手を伸ばした。その手に触れてくるのは……彼女だ。


「せ、関川くん………あなたなの?」

「そうだよ。君を追ってきたんだ。それが、ボクの決めたボクの幸せだから」

「関川くん……」

 彼女の目が潤む。ボクは彼女に笑いかけた。


「ボクはもう、関川という名前ではないよ。キミだって、そうだろ?」

「本当だ。いやね、私ったら……恥ずかしいわ」

「恥ずかしがることはないさ。じゃあ、改めて……初めまして」

「うふふ。こちらこそ、初めまして」

 彼女は不器用な手で涙を拭い、微笑んだ。

 ボクらはまた、こうして巡り会えたのだ。


🍻




 扉の開く音がする。外の冷たい風が入り込み、扉が閉じた。


「ああ、せっかく出会えたのに、またお別れなのね」

 彼女が悲しそうにボクを見つめている。


「また会えるさ。きっと、そう遠くない未来に」

「わたしたち、お互いがわかるかしら」

「大丈夫。ボクが必ず、キミを見つけ出す」


 伸ばした手を互いに握り、見つめあう。きっとまた会える。それを信じよう。



「あらぁ、お隣さんどうし、今日も二人は仲よちでちゅねぇ。でも、今日で退院でちゅよ。お母さんと一緒に、お家へ帰りまちょうね〜」


 新生児室の隣あったベッドから、ボクらは二人の看護師にそれぞれ抱え上げられた。ここからは別の道を行くことになる。


「ほ〜ら、寂しいけど、サヨナラの時間よ。ばいば〜い、って」

 看護師に手を取られ、ボクらは手を振りあった。


 確かに寂しいけれど、ボクらは泣いたりしない。だって、キミとのサヨナラの時間を迎えるのは、もう二度目なんだから。



 ボクは居心地の良い新生児室をぐるりと見渡した。ベッドに並べられ世話されているこいつらとも、もうお別れだ。

「みんなも、ありがとう。短い期間だったけど、楽しかったよ」


「なんだ、俺たちには挨拶もなしに行っちまうのかと思ったぜ」

「私も楽しかった。離ればなれになるのは淋しいな」

「ほんとほんと。一緒になったのは、ほんの10日やそこらのことなのにね」

「いろんな話ができて良かったよ。これからの人生の餞になった」


 同室の仲間達から次々に声がかかる。と言っても、同じ新生児どうしにしか聞こえないやりとりだ。傍目には、意味なく手足を動かしたり、口をもぐもぐしているだけに見えるだろう。


「みんな、元気で」


「お前らもな!」同室の皆が声を揃える。

 次に会った時、このことを憶えていられるかどうかなんて、誰にもわからない。それでも、再会を信じて………


「じゃあな、またどこかで会おう」

「おう。またな」「またね」



 サヨナラの時間。

 でも、「サヨナラ」は言わない。

 離れてしまっても、ボクらは同じ世界に生きてる。だからきっと、いつかまた、どこかで。




🍻


 企画が終わっても、ボクらは同じ世界カクヨムに生きてる。だからきっと、いつかまた、どこかで………


(追記)

 最後の赤ちゃん同士の会話。

 本当はご参加の皆さまのお名前やキャラクター名等を盛り込みたかったのですが、その勇気がなく、こんな感じになりましたこと、こっそり告白させていただきます……なんか、猛烈に照れちゃったんです………

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