回答【彼女の友達に会う? 会わない?】ハーフ&ハーフ
🍻
目の前の3人は、硬い表情で座っている。
僕の正面には、長い前髪で顔が半分隠れた華奢な女性。その隣に、既に何人か殺っていそうなコワモテの大男。彼女の正面に、キリリと髪を纏めたキツそうな美女。
重苦しい空気の中、給仕係が一通り料理を並べ終え、一礼して個室を出て行った。
「じゃ、まず乾杯しますか」
桃子がひとり明るい声で、グラスを上げた。3人と僕も、それぞれにグラスを掲げる。
「かんぱーい!」の声も終わらぬうちに、3人は一気にビールを飲み干した。
「ッカーーーー!! たっまんなぁい!」真ん中の大男が太い腕でグラスをテーブルに叩き付ける。よく割れなかったな。
「ごめんねえ、関川クン。アタシ、お店の人がいると緊張しちゃってぇ」
外見と口調のギャップに、降ろしかけたグラスが空中で止まる。分厚い胸板に手を当て心臓を宥めている様子の大男は、どう見ても相手に緊張を強いるタイプだ。しかも、命の危険を感じるレベルで。
隣の美女が、キッチリと纏めていた髪を解き放った。艶やかな黒髪がこぼれ落ち、豊かに波打って肩を覆う。同時に胸元のボタンを外すと、こちらも豊かに波打ってこぼれ落ちた。
「はぁーーー、窮屈だったぁ。マジやってらんない」そうぼやきながら、手酌で次のビールを注ぐ。
「あ、僕が」というのを手で制し、「いいのいいの、あたし気ぃ遣われるの苦手なんだ。関川もさ、好きにやってよ」
速い。距離を詰める速度が超速だ。これは相当の手練と見た。何の手練かは不明だが。
僕の正面に座る女性は俯いたまま、まだ一言も発していない。が、よく見ると口元が微かに動いている……
「こいつかセキカワよくもあたしのモモコをこのおとこどうしてやろうかにてやいてあげてからみんちにしてぶたのえさに」
僕は唇を読むのを止めた。知らない方が良さそうだ。
「仲良し四人組だったの。みんな、すごくいい人なんだよ」と紹介された彼らは、いい人かどうかはともかく、すごく個性的ではあった………
🍻
デザートが来る前に、桃子は眠ってしまっていた。元々酒には強くないが、早々に眠ってしまうとは珍しい。きっと気心の知れた仲間に囲まれて、安らいでいるのだろう。僕はジャケットを脱いで、傍らの彼女にそっと被せた。
「でさぁ、アタシ、いきなり後ろから手ぇ繋いじゃったの。ヤバくない? いくら友達になりたかったからってさぁ、
「でもね、桃子は違った。そりゃビックリはしてたけど、普通に友達として接してくれたの。しかもアタシそれまで転校続きだったって話したら、『プリンセス・シシィみたいだね』って! このアタシを、プリンセスって……!」
彼は感極まった様で、顔を覆ってさめざめと泣き出してしまった。「シシィ」とは、かつてのオーストリア皇后のあだ名で、彼女は世界各地を転々と旅行して過ごしたのだという。
「こいつ、いつもここで泣くのよ。気にしないで」
ハンカチを差し出した僕に、ダイナマイトボディの
「あんただって似たようなもんじゃない。ハグレもののヤサグレ女だったくせに」
「まーね。校内であたしと普通に話してくれたのはモモコだけだった。高校んとき、あたしかなり荒れてたからさ」
後半は僕に向けられた言葉だったので、僕は黙って頷いた。
「変に優しくするんじゃなくてさぁ、ほんとに普通に接してくれたんだよね。それがなんか嬉しかった」
言葉を詰まらせ、申畑さんが涙ぐんだ。それを見逃す木島さんではない。
「アンタこそ泣くんじゃないわよ? 鬼盛りメイクが落ちたら目も当てられないじゃないの。ブス! ブス!」
「黙れ筋肉ダルマ」
「ンまぁ〜あっ! 聞いた? ねえ聞いたぁ? 信じらんないこのオンナぁ。あ、ちょっと、アタシのハンカチ返しなさいよ!」
「……セキカワどの」
僕のハンカチを奪い合って騒ぐふたりを他所に、それまで黙っていた
「無礼を許して欲しい。貴殿のことはよく視させてもらった。少々頼りない気もするが、桃子が言っていたとおり善い男だ。木島を嗤うこともなく、申畑の容姿に惑わされなかった」
正直、ひやりとした。申畑さんには何度か視線を奪われそうにはなったが、その度に意志の力でもぎ離したのだ。
「それに、私の唇を読んでも怯まなかったな。それは誉めてやろう。ただし……」
狛田さんが顔を上げる。顔を覆っていた厚い前髪が割れ、その下の目が覗く。驚くほど色素の薄いその瞳は魂の向こう側まで見透かしてきそうで、思わずドキッとしてしまう。
「もしも、桃子を悲しませたら只じゃおかない。全身全霊、全力でお前を潰す」
「コマは古くからの神社の跡取りだからね。バックには八百万の神。法で裁けない方法でヤれっから。それに、あたしをカリスマと崇める仲間だって全国にごまんといる。ひと声かければ軽く100人は動くのを忘れんなよ」
いつの間にかハンカチ争奪戦を終えた申畑さんがこちらを睨んでいる。エステティシャンってそんなに恐い職業でしたっけ……
「モモコ泣かせたら……」木島さんが拳を固めて凄んでくる。パン職人にそんな眼光は必要ですか?
「ま、脅すわけじゃないけどさ」
いや申畑さん、脅しましたよね? はっきりと脅しましたよね?
「……セキカワどの。桃子をよろしく頼む。こやつはあまりに純粋で、清らかな魂の持ち主なんだ。その辺の低級霊など、近寄っただけで無意識に祓ってしまうくらいだ」
「そのかわり、無防備すぎんのよ。人を疑うことをしないから」
「そ。だからアタシ達でモモコを守らなきゃ、って……ね」
木島さんが唇を噛み締め、桃子を優しく見つめた。申畑さんも狛田さんも、桃子を見つめる目は愛おし気に和らいでいる。彼らが桃子をどれだけ大切に思っているか、桃子が彼らとどれほど強い友情で結ばれているのかを実感した。
「わかりました。僕は桃子さんを、誠心誠意愛します。必ず幸せにすると、皆さんに誓います」
僕の宣言に、狛田さんは黙って頷いた。申畑さんは「当たり前だバカやろう」と毒づき、木島さんは「モモコォ…モモコォ……よかったぁ………」と身を捩りまた泣き出した。僕のハンカチはもうヨレヨレだ。
「シシィ、顔を洗ってくるといい。そろそろ桃子を起こそう」
シシィと呼ばれた木島は急に上機嫌になって、いそいそと部屋を出て行った。トイレにでも行ったのだろう。
僕は桃子の肩をそっと揺すったが、目覚める気配がない。
「無駄だ。私が眠らせた。桃子を起こす前に、お前に憑いているモノを祓ってやろう………どうだ、腰が軽くなっただろう?」
言われてみれば、ずっと気になっていた重苦しい右腰のこわばりが消えていた。桃子にも言ったことはなかったのに。何より狛田さんは僕に触れてすらいないのだ。
「昔、当時の彼女の友達に紹介されたあと、その友達に付きまとわれただろう。それで『友達に紹介』されるのが苦手になった。違うか?」
「何故それを………」
そのとおりだった。もちろん僕は相手にしなかったのだが、その彼女との関係は拗れて破綻したのだ。誰にも言ったことはない。
「その女の生き霊が、腰にぶら下がっていた。形骸化していて力は無いから、桃子にも浄化出来なかったんだな。だがそんなモノでも、長年憑いていればそりゃ重たかろう。ご苦労だったな」
澄んだ目でうっすらと微笑まれ、僕は腰の痛みが無くなった以上に浄化された心地がした。神聖なものに触れ、心が強くなった気がする。
狛田さんが桃子に向かって、フッと息を細く吐いた。
「ん……あ、あれ? 私、寝ちゃってた? ごめん!!」
慌てて目を擦り、何度も頭を下げる。「わあ、うわあ、どうしよ。ほんとゴメン」と繰り返しながら。
「さささ、帰るわよ〜! アタシ達はお先に。あとはおふたりで、ごゆっくり♪」
木島さんが部屋に戻ってきて、早々に帰り支度を始める。洗いたての顔はピカピカ輝いている。
「支払いは済ませたから。あと、デザートは持ち帰りにしてもらったわ。あ〜ん、いいのよいいのよ。ここはアタシ達の、オ・ゴ・リ♪」
バタバタと慌ただしく店を出ていく3人の背中を見送っていると、桃子が腕を絡めてきた。
「関川くん。私ってば眠っちゃって、ごめんね」
「だいじょうぶ。おかげで仲良くなれたよ。連絡先も交換できたし」
「そうなの? ならよかった」
「桃子のアイコンが桃の画像なのは知ってたけど、彼らは犬と猿とキジなんだね」
「そうそう。桃太郎みたいだよねーって、わざわざアイコン揃えたの。ね、みんな楽しくていい人たちだったでしょ!」
嬉しそうに胸を張る桃子に、僕は本心から頷いた。
「最初は少し迷ったけど、紹介してもらって良かったよ。ありがとう」
心強い、3人の味方たち。
でもこれからは、桃子を守るのは、この僕の役目だ。
どんぶらこっこ、どんぶらこ。どんぶらこっこ、どんぶらこ。
これからは僕が、桃子を幸せな未来に運んで行くのだ。旅のお供には、もちろん……
決意も新たにスマートフォンを取り出すと、僕はラ◯ンのアイコンをきびだんごの写真に変えた。
〜 おしまい 〜
🍻
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます