COLLAPSE

不死浪

すべてのはじまり

プロローグ、あるいは追悼の儀。

 20XX年現在、この惑星における人口は最盛期の1割未満とされる。

 海、陸、空の支配者階級は既存の系統樹を否定する超獣にシフトして久しい。今日もまた犠牲者が狩られ、食われ、その残数を減らしているのだろう。

 人類の頒布はそそりたつ壁に四方を遮られた閉鎖空間のみに限られてしまった。



 つまるところ。



 世界はとっくの昔に手遅れだった。




 ◇◆◇



 事の発端は十年前にニュースになった新種の哺乳類だそうだ。


 六足にて歩行し長大な爪を持ち、四つの目があり体長は3メートルほどという、今まで観測されたことがなかったのが不思議なほど異常な特徴を兼ね備えていたという。


 岐阜県南西部濃尾平野にて発見されたその生物は、雑食かつ凶暴で近隣住民に多大な被害を出した後、猟師組合によって射殺された。


 TV、ラジオ、SNSなど情報を扱う媒体ではひとしきり話題になった。この珍妙な生物はどこから来たのか。射殺するのではなく麻酔銃で保護できたはずだ。どこそこの国が開発した生物兵器に違いない。被害者たちのフォローを優先すべきだ。


 無責任な群衆、現地の住民、生物の専門家、為政者等が各々の声明を出し混乱の坩堝にあった旧日本国は、ある日突然崩壊を迎える。


 話題の的となっていた詳細不明の哺乳類にとしか思えない異常な生物が、大量発生し人類を襲撃したのだ。


 爪から爆裂する液体を垂れ流す狼がいた。

 奇怪な鳴き声を上げ幻覚・幻聴を引き起こす鷺がいた。

 タンカーの船底を食い破るピラニアがいた。


 既存の科学では説明のつかない超常現象を引き起こす獣、けもの、ケモノ。唐突に出現したとしか思えないほど急速に勢力を拡大していく獣の前に、人類はなす術なく数を減らしていく。


 これらの怪物を『超獣』と呼称するようになった時には、既に日本の人口は6割を切り都市機能は麻痺していた。



 超獣による侵攻はそれほど突発的で、電撃的であった。

 日本が致命的な食糧難に見舞われ生存者たちが食料を求め争いだした時期に、超獣の出現が北米、チベット平原など外国でも観測された。


 それでも人類は指を咥えて虐殺を甘受していたわけではない。超獣の侵攻にはあらゆる武装勢力が立ち向かい、一つの例外を除いて全滅した。


 たった一つの例外が、

「民間軍事請負企業SLAYERS SERVICE」である。

 超能力者であるニューが構成員の多くを占めるこの企業は、襲い来る超獣達を相手に撤退戦、焦土戦をやり遂げ、要塞都市シティを建設及び顧客達の保護を行った。

 超能力者であるニューは、古来より様々な地域に点在し潜伏していたとも、超獣の出現に呼応するように生まれたとも言われており、その真偽は定かではないがそれはここでは問題でない。


 重要なのは民間軍事請負企業SLAYERS SERVICEだけが超獣の侵攻を抑え、地上から人類が消滅することを防いだということ。

 そしてこの企業が現在における「超進化版害獣駆除組織スレイヤーズ」の前身であるということだ。


 スレイヤーズは日本の旧都市部にそれぞれ壁を築き、超獣へ徹底的に応戦した。


 多くの強大な超獣による襲撃と、多くの犠牲があった。カテゴリーⅤに指定された超獣は人知を超えた存在であった。



 震撼のヌーナ。

 山脈と見紛う巨体の亀であった。大阪シティ外縁壁崩壊及び通信途絶。撃滅は成功。


 射殺す月、アタランテ。

 衛星軌道上から砲撃する超獣であった。熊本シティ蒸発。撃滅は不可。空間散布されたチャフクラウドにて欺瞞に成功。


 巣食うバビロン。

 大量の超獣を抱えて飛ぶ要塞めいた超獣であった。札幌シティとの通信途絶。外界と内界を永久に分断する封絶術式によって、封印に成功したものと推定。


 その他撃滅に失敗した数多の名ありの超獣。


 改悛列車ヴァイシュラヴァナ。

 蠢く森。

 慈母の如きマヤ。

 月下氷人ボーダーレス。

 原初の■■■■、■■。


 全てが、未だ撃滅されることなく存在する嵐の如き害獣である。



 そしてカテゴリーⅥの大災害。人類が会敵した時点で世界が黄昏を迎えるとまで謳われた、絶滅の化身がこの惑星に22体存在する。未だ人類による接触なき者達であり、外宇宙より到来せし侵略者との推測すらされている。



 そうして人類の生存可能領域は減少し続け、ついにこの東京シティを残すのみとなった。



 数多の犠牲の末開発された対超獣結界によって作られた仮初の平穏。


 半径30キロメートルの箱庭。閉ざされた鳥籠。

 逼迫する食糧事情と格差社会。日常と化した口減らしと搾取によって成立する、限界を迎えた文明。


 それがこの東京シティに、世界に残された唯一の文化圏。人類の痕跡。


 此処こそが十年の年月を経て辿り着いた、行き止まりの世界。


 ああそうだ。


 つまるところ。





 世界はとっくの昔に手遅れで。







 袋小路の私たちは、死んだように生きている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る