四十七話 Vtuberとはキャラなのか人なのか
「嫌だ。みさきちゃんは風俗嬢なんかじゃないんだァ!」
「いやいや、本人がそうだって言ってんすから」
「我儘も大概にしろよ」
ワンダーランド一期生結成記念のパーティが終わった後、ミサキのVtuberデビュー前。
Vtuberみさきの2Dモデルを完成させる過程でちょっとした騒ぎが起こった。問題になったのはみさきのモデルの大元になるイラスト制作の部分だ。
泣きながら喚(わめ)いているのは漫画家のギフトを賦与した大介(だいすけ)だな。眉をひそめて注意している二人の内、女性がデザイナーのギフトを持つ華代(はなよ)。男がイラストレーターのギフトを持つ孝太郎(こうたろう)だ。
太っちょの大介とソバカスがチャーミングの可愛い系の華代にノッポの孝太郎。この三人組の絵描きがアリス姫の配信前のオープニングアニメを制作してくれたりしている。華代はVtuberグッズのデザインなんかも担当してるな。TシャツとかVと話し合って作ってる。
「そりゃお前らはいいよ。華代はピグマリオン、孝太郎は諸星セナのママなんだからな」
「一緒に色々と書き込んだじゃないっすか」
「背景とか小道具とかはな。でも違うだろ。そうじゃないだろ。一から考案した自分のキャラが動いて喋るっていうのは次元が違うだろ」
「まあ、言いたいことはなんとなく分かるが……」
なるほど。大介はVtuberのことをキャラクターとして捉えてるな。Vtuber演者のことは声優として認識して本人そのものだとは思ってない。
キャラクター設定があるならVtuber演者は設定通りに振る舞うべきで自己を出すべきではない。そういう思考回路か。
まあ、そういうスタイルで活動するVtuberもいるし、特に初期のVtuber達が好きなリスナーにはそう主張する人間も多い。他にも生身の人間、YouTuberやニコニコ動画の生放送主が嫌いなアンチがそういう主張をすることが多いような気がするな。
Vtuberが動画配信からライブ配信に、3Dから2Dに時代と共に変遷した過渡期に変わったと離れたオタクも沢山(たくさん)いる。確かにVtuber演者の活動スタイルによって客層は大きく変わるのは間違いない。ある程度は納得できる主張だ。
でも、一つだけ大きな勘違いをしていると俺は思う。
「よう大介。葛藤(かっとう)しているようだが、どうした?」
「ひ、姫様」
「すみません、すぐ黙らせますんで」
「いいって。話を聞いてみたい」
絵描きの作業部屋となってる一室に入って大介と机を挟んで正面へ。安物のパイプ椅子ではリラックスして仕事が出来ないと地味に奮発した高めの椅子を引いて腰掛ける。良い座り心地だ。
ああ、そうそう。防音でないにしろ外にいたのに声をハッキリと聞き取れたのはエナジードレインの肉体能力強化による恩恵だな。五感も鋭くなっているのだ。
だから下手をしたらミサキにも聞こえちゃったかもな。
「ぱ、パーティで例の話を聞く前にみさきちゃんのキャラデザインを描いて提出したから、もう2Dモデルを作ってる最中なんですよね……」
「おう。そうだな」
「姫様とミサキさんの話を聞くに、風俗嬢の過去を隠さずにVtuber活動をやるんですよね……」
「その予定だぞ」
「でも、でも俺はっ。納得できないんです!」
大介は涙を目に留めて机を叩く。彼の中でミサキとみさきは完全に別物なのだ。
だからこれは別にミサキが風俗嬢であったことへの苛立ちではない。言うなれば。
「付き合ってる彼女がAVに出演してしまうみたいな心境?」
「そう、それです!」
「ええ……?」
「なるほど」
華代が疑問符を付けて首を傾げるのとは対象的に孝太郎は納得したように大きく頷いた。うん、男じゃないと分からん感覚かもな。
俺にはちょっと理解できてしまった。
「だけどVtuberみさきは、あくまでミサキという人間なんだ。そこを変えるつもりは俺にはない。お前だって2DモデルのVtuber演者を交代しても、声優変更と似たようなもんだって言われたら嫌だろ?」
「うっ、それはちょっと……」
「嫌な事件でしたね」
苦い顔で頷く絵描き達。詳しくは語らないがVtuber界隈で最も嫌われる行為の一種なのだ。
それにもう一つ。
Vtuberをキャラクターとして捉えて演者に素を出すなと批判する人達に一つ知ってもらいたい話がある。
V界隈とは比較にならない長い歴史を持つ芸能界で演じる手法の一つにメソッド演技というものがある。
これは演じる役の内面に注目して感情を追体験することでより自然な演技をするという演劇技法だ。役柄の立場や状況・心情を追求して俳優は自分の過去の体験から近いものを引っ張り出してきて感情をむき出しにして演技をする。
そのあまりにも生々しい演技に一時期はメソッド演技こそが主流となった時代があった。
だが、メソッド演技には深刻な副作用がある。
役に没頭するあまりに俳優自身のトラウマを掘り起こして精神的に不安定になって以後の人生に影響したり、怒りや悲しみの感情を引き出そうと虐待される役を演じる俳優を実際に痛めつけることでリアルな感情を引き出そうとしたりということが、実際にあったのだ。
メソッド演技をしたが為に死んでしまった俳優すらいる。
演じるということは、役に近付くということだ。場合によっては演者の精神を塗りつぶすことすらある。
嘘だと思うなら鏡に向かって毎日、お前は誰だと唱えてみるといい。
そのうち、鏡に映っているのが自分ではなく見知らぬ誰かのように思えてくる。家に誰か見知らぬ人間がいるようで落ち着かなくなる。
都市伝説の一種だとは思うが、最後には発狂してしまうらしい。
それくらい自己認識というのは曖昧なのだ。
「Vtuberはな、人間なんだよ。アニメキャラクターのようなスタイルでVtuberをやってる演者すらも1年2年と続けていく内に素がキャラクターの方に引っ張られていく。そういうものなんだ」
だからVtuberに本人以外がキャラクターになりきることを強要してはいけない。
一時的ならともかく、長期間も誰かに言われたままに演じ続けるのは苦痛だ。そこには演者本人の意志が必要だと思う。
Vtuberの主役はVtuber演者だ。これを変えてはいけない。周りは演者に歩み寄る必要がある。
アニメとはジャンルが違うのだ。アニメの声優達はそういう人生を歩もうと覚悟している人材だ。本当の自分を表現できる場であるとも言われるVtuber界隈とは真逆のジャンルだな。
「だから我慢しろってことですか……」
「そうは言ってないだろ。自分の生み出した明るくて清楚なキャラクターに風俗嬢になって欲しくないんだろ? だったら話は簡単だ。ミサキをモデルにした風俗嬢キャラクターを新しく描けよ。明るくて元気でサバサバしてて金にチョロくて可愛い。そんな娘だ。嫌いか?」
大介の目が光る。顔付きが明らかに変わった。
「大好きです!」
だろ。オタクにとっちゃ風俗嬢キャラとか属性の一つに過ぎないんだよな。
自分の彼女がAVに出るとか寝取られたみたいで発狂するだろうが、AV女優を彼女にするなら別に気にならない。そういうもんだ。
「あの、もう2D制作って進んでるんすよね。スケジュールは平気で?」
「俺が謝る……」
華代の耳打ちにガクッと項垂れる。タラコ唇さんと加藤には苦労してもらうことになるな。
でも、ここで無理に進めるのは悪手だ。後で絶対にトラブルになる。
「大介。新しく生まれる風俗嬢キャラの名前はみさきで決定してるから、前のキャラの名前は変えとけよ」
「は、はい。でも没にするんじゃないんですか?」
「勿体ないだろ」
Vtuberじゃない2Dキャラは既にタラコ唇さんがいるが、もう一人いてもいい。
「お前ら三人の絵描きスタッフの化身キャラにしようか。ワンダーランドをお前らから見た視点の同人誌も欲しかったんだ。ちょうどいい」
中の人が変わる時は装飾を変えて登場させれば混乱しないし、同人誌にも三つ子キャラで出せるだろ。
うん、面白そうだ。
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