三十四話 Real Events『引き出し屋からギルド仲間を救い出せ』下
暴力と精神攻撃に晒されても、それでもなお引き出し屋の社長はグチグチと文句を言い続けたので、もう無視して無理矢理にニート達を連れ出した。
だけど、それで全てが丸く収まったかというと、そんなことはなかった。
むしろここからが面倒な作業の連続で精根が尽きるかと思ったわ。
まず警察に通報されて厄介事になった場合に備えて、ユカリへ連絡を取って万一の際の対処法を相談したり。
次にニートの家に一件一件、訪問して保護者を全員集めて、本人を交えて引き出し屋の実態と現状を話し合う。
希望するならユカリに探して貰った優良な本物のヒキコモリ支援事業を手掛けている業者に連絡したり、精神病院に通院して薬を処方して貰うよう勧めたり、自宅でも可能な在宅仕事を紹介したり。
鬱とか精神的外傷って意外と薬を飲んだら快方に向かうことってあるんだよな。
薬の効果もあるんだろうけど、別に自分だけが特別に劣った存在なんかじゃなくて、誰もがなり得る一種の病のようなものなんだって納得と認識が大事なんだろう。
それにこういうのはやはり専門家に任せた方が上手くいくことが多い。
引き出し屋に頼った親は騙されてはいたけど、間違っていたわけではないのかもしれないな。
ギルメンは途中で解散していいって言ったんだが、何だかんだで最後まで付き合ってくれた。
ユカリもそうだが、今回は色んな人に借りが出来た気がするな。
まあ、そうして苦労した分の成果も手に入れたわけだが。
「とりあえずマンションを丸ごと買い取ったから、お前らはそこに住め。家賃はいらん」
「ええ!? ほ、本当に良いんですかっ!?」
「いいって」
引き出し屋に依頼して家を追い出されたことで親と修復不可能なほどに関係が破綻したニートもいる。
モロホシも含めてざっと8人。
やっぱり引き出し屋は事態を悪化させるだけで何も解決してねえな。
「ねえ、お姫ちん大丈夫なの? 現金の殆どを使い込んじゃったけど」
「しばらくしたら更に配信スタジオなんかも作る予定だから全然足らんな。開き直ってユカリにパトロンになって貰うことにする」
「大丈夫なんですか」
「色んな意味で大丈夫じゃないが、リスク度外視で攻めることにした。失敗なんて考えるな。馬鹿に生きろ」
「取り返しがつかないギャンブルだよぉ。そういうのは馬鹿じゃなくって後先を考えないって言うんだよ……」
「胃が痛くなってきました」
タラコ唇さんと浩介が今更になって文句を言ってくるが、もう遅い。既にマンションは買った!
俺も胃が痛くなってきた……。
3千万程度じゃ分譲マンションを買うのが精一杯だから一棟丸ごと買えたのは超格安だからお得ではあったんだが、これってユカリが俺の居場所を常に把握する為だよな。他の住居者が大勢住めるようにしたのもいざという時に人質に取れるようにだろうし。
まあ、ギルメンの住居も突き止めているだろうから現状と大して変わらん。どうせ裏切られたら詰むなら、盛大に利用しよう。
「うっし。それじゃ、これからお前らの得意なことや趣味を聞いていくから正直に喋れよ」
「はっはい!」
「面接だからってそう緊張するな。俺だってVtuberとしてはまだペーペーだ。もう雇うことは決定してんだから楽にしろよ」
本当は俺が大成してから進める予定だったんだが、一番手に入りにくい人手が手に入ったんで予定を前倒しにした。
Vtuberグループの企業を設立する。
素人が安易に手を出して成功するのは至難だと知ってはいるが、勝算はある。
ここに他に行き場のない俺に多大な恩がある人間が8人いる。
中には20年近くも部屋に籠もって人との喋り方すら忘れたって奴も混じっているがな。
他の職場でそういう奴が戦力になることは難しいだろう。言葉の袋叩きにあって本人がダメージを負うだけでなく会社の能率も下がるかもしれない。
だが、本人の同意があれば、全ての選択を俺に委ねることを受け入れるならば、俺は俺の望むチートを好きに他者に授けることが出来る。
企業運営に役立つチート能力者が8人だ。これ以上のズルがあるか?
3千万の投資なんて端金だと笑うような宝の山だよ、こいつらは。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「かっけーな、アリス姫って。あの啖呵は痺れたぜ」
「ええ。よくもまあ、あそこまで親身になれるものです」
パチパチと火花が飛び散る焚き火を囲んでバーベキュウをしている集団がある。
ここに集まっているのはネトゲ内での交友こそあったが、リアルで会うのは初めてだというメンツばかりだ。
今は中核となる女性が引き出し屋から連れ出したニートを実家に送り届けようと別行動を取っているので、待機中に祝勝パーティをしている所だ。
「皆さんはネトゲでアリスさんと知り合われたんですっけ」
「そうだよ。アリス姫親衛隊っていうギルドなの」
「むしろ姫様に金を出して雇われたアンタは何者だよ」
「えへへ」
ここにいるメンツの内、1人を除いた5人が異能を保持する能力者だ。
自然と暗黙の了解として他者の事情に深く踏み込まない空気が醸し出された。KYを除き。
「気になるな。いいじゃないっすか、教えてくださいよ」
「うーん。どうしよっかなー」
ポン太の執拗な質問に少し躊躇った後、ミサキはこう答えた。
「アリスさんとベッドを共にした仲です」
「ぶっ」
「ちょっと団長、汚いじゃないですか」
嫌そうな顔でクリスがタラコ唇から肉を死守する。曲がりなりにも美女に対する対応とは、とても思えない。
面白そうにミカエルが笑って突っ込む。アリス姫とタラコ唇が恋人同士なのは周知の事実だ。
「ギルマス浮気されてるじゃん。かわいそー」
「ミサキちゃん! 私は聞いてるからねっ。単に仕事で相手をしただけでしょ!」
「な~んだ。知ってたんだー」
「え、なに? ミサキちゃんは風俗嬢なの?」
「そうでーす。もう店には出てないから元風俗嬢だよっ」
元気よくミサキが宣言する。そこには何の躊躇いも気後れした様子もない。
不思議と清々しい爽やかな印象を受ける。
「風俗嬢時代より高いお給金を貰ってるから現状に不満はないけど、アリスさんだったら何時でも相手をしていいかな。新しい性癖を開発されちゃったよー」
「ダメ、駄目だからねっ!」
「えー。タラコ唇さんだっけ? 何が不満なの?」
「ギルマスは姫様の恋人なんだよ」
「えっそうなんだ。じゃあ、タラコ唇さんも一緒にヤる?」
「なにゃ、なにをっ」
「ミサキちゃん、つえー。サイコーだよアンタ」
ゲラゲラとミカエルが笑い、男共が気まずそうに顔を見合わせる。
この場を一番楽しめそうな会社のケンはレッドと一緒にアリス姫のお供だ。後で話を聞いてその場に居なかったことを悔しがるに違いない。
「あ、そういやヒビキ。アンタはまだモロホシに告ってないのか?」
「その話ってまだ続いてたんですか……」
「当たり前だろ。それが楽しみで頑張ったんだぞ、こっちは」
「救出の際の反応を見る限り、脈はありそうだったけどなぁ」
「えー、怪しくないですか? そんな吊り橋効果で簡単に惚れますかね?」
「不安で心細くなってると簡単に好きになっちゃうものだよ」
「それは団長がチョロすぎるだけなのでは。アリス姫に惚れたのはネトゲで優しくされたからってだけでしたよね?」
「すっごい! そんなこと、本当にあるんだっ!」
「やめて。これ以上、私を辱めないで……」
ワイワイと賑やかになっていく祝勝パーティで、ポン太だけが一人、冷めた目で嗤った。
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