三十二話 Real Events『引き出し屋からギルド仲間を救い出せ』上

 リアルでの戦闘イベントなんて馬鹿げた催しに参加するギルメンは予想通り少なかった。

 でも、皆無じゃなかったことにこそ驚愕すべきだろう。彼らはゲーマーであって、暴走族のようなチンピラとは対極の人種なのだ。

 俺に救助を願ったヒビキすら参加せずに後味が悪く解散なんて最悪のパターンさえ覚悟していたんだ。現状はベストに近い。


「姫様とお会い出来るならヤクザなんか怖くないですよ。このまま放置されて社畜生活を続ける方が恐ろしかったぐらいです」

「土谷、お前そんなに仕事が嫌なら辞めればいいだろ」

「やめろよ! マジで辞めそうになるだろうがっ!」


 参加メンバーの一人はロリ娘から赤毛の青年に変身した浩介と言い合っているエインヘリヤルの弘文。

 まあ、ここは納得だな。既に死んでるから怪我しても休めば治るし。

 俺と同じく普通の人生ってものに嫌気が差してるタイプだ。浩介のことをすげぇ羨んでいたっけ。


「それにしてもクリス君は本当に高校生だったんだね。夜中に出歩いていいの?」

「団長、これから犯罪まがいのことをしようって時に何を言ってるんですか。心配するなら、そもそも誘わないで下さい」

「そ、そっか。確かにね」

「あと女性ばかりに危険を押しつけられないでしょう。アリス姫もギルマスも本当に事前情報通りでしたし、迂闊過ぎますよ。もうちょっと危機感というものをですね……」

「色々とごめんね」


 車を運転してるタラコ唇さんと話しているのは眼鏡を掛けた男子高校生だ。如何にも生真面目そうな顔をしている。

 仏頂面でゲームでの中性的なクリスとは印象が違うが、話しているのを聞くと確かにクリスだと分かる。面白い。

 ちなみに俺はエナジードレインで例のごとく大人になっている。流石に中学生の容姿だとマズいからね。


「それにしても昔馴染みのギルメンはともかく、新人が参加するたぁ思わなかったな。大して思い入れもないだろうに、よく参加したもんだ」

「いやいや、参加メンバーの半分近くが女性だってことの方が驚きですって。相手はヤクザみたいなもんっすよ?」

「こっちは元ヤンだ。ヤクザ程度にビビるかよ」


 目付きの悪い黒髪と茶髪のマダラ髪で耳にピアスを開けた女性と、チャラい印象の茶髪の青年が会話をしている。

 前者はなんと掲示板で騒いでいた誉れ高き聖騎士だ。元ヤンらしいが、これでも一児の母親だという。

 子育ての傍ら暇な時間をゲームして潰していたっていうんだが、それで姫ギルドに入る?

 世の中は意外と不思議なことで満ちている。

 後者の青年はノリで突撃してきた新人ギルド員でチート能力すら持ってない一般人だ。

 チートすら所持してないのに抗争擬きに参加するとか最高にイカレタ馬鹿だな。嫌いじゃない。

 名前はミカエルとポン太。ネトゲの名前って普通に格好いい感じにするかネタに走るかの二極だよね。

 ちなみに浩介の男バージョンの名はレッド。分かりやすくて良い。


「これはアタシが参加する必要はなかったみたいですね」

「思ったよりも集まったな」

「バイト代はちゃんと払って下さいね?」

「はいはい。覚えてるよ」

「やった。20万は臨時収入としては中々良い稼ぎなんですよっ」

「借金はまだ返済できてないのか?」

「この前の件でもう返済は終わりました。おかげでやっと好きに散財できます!」


 参加メンバーが集まらなかった時に備えてバイトとしてサキュバスのミサキを雇った。

 サキュバスでも数少ない俺の事情に精通した人員でユカリとの連絡役を担ったりしている。

 最初は騙していたことでぶぅぶぅ文句を言ってきたが、口止め料を含めた特別報酬をユカリから受け取ったらしくコロッと上機嫌になった。

 金で動いてくれるからメッチャ扱いやすい。ユカリが便利使いするのも分かる。チョロくて好き。


「あの、お金は私が出した方がいいのではないでしょうか。救出を願ったのは私なのですし……」

「俺が勝手に金を出して加えたメンバーだ。気にするな」

「ですが……」

「それより何でお前はそんなにボロボロなんだ? 顔が腫れてるぞ」


 最後のメンバーが今回の救出劇の切っ掛けのヒビキ。普通のおっさんだな。


「実はもう一人で引き出し屋に行ったんですが、何回も行く内に鬱陶しがられて」

「殴られたと。警察には行ったか?」

「行きました……。ですが親御さんが施設の入居に同意してる以上、動くことは出来ないと。引き出し屋を規制する法律はないらしくって。親御さんの方にも説得に行ったんですがモロホシさんはまだ18歳でして。37歳の私が娘と関係を持ってることに不審をもたれて逆に警察を呼ばれそうになりまして」

「18か。確か5年前からネトゲで一緒に遊んでたんだよな?」

「はい」

「13の頃から一回り以上、上の男と遊んでてオフ回で実際に会ったこともあると。俺でも警戒するぞ?」

「そうですよね……」


 今回の救助対象であるモロホシさんは中学生の頃に虐めにあって、それ以降ヒキコモリを続けている。

 18歳ならまだ更生できると親が奮起するのも分かるし、業者に頼んで施設に入居させて安心していたら不審な男が急に家に来て騙されてると騒ぎ出したと。

 駄目だな。説得できる要素がない。何より。


「お前、下心があるだろ」

「な! そんなことは!」

「ただのネトゲ仲間の為に普通はそこまで出来ねえんだよ。今回、ギルメンが集まったのだって奇跡的な出来事なんだぜ」


 それだって一回が限度だ。今回で解決できないのなら次の機会はない。


「引き出し屋から救助したってそれでモロホシがお前に惚れるわけじゃないんだぞ。もし、クリスやレッドあたりに惚れてカップルになったらお前はそれを祝福できるか?」

「そ、それは、それはっ」

「やめてくださいよ。俺らを巻き込まないでください」

「姫様、それは幾ら何でも酷でしょう」


 外野がうるさいがこれは大事な話だ。

 助けてやったんだから俺のモノになって当然だとか開き直られたら堪らない。チート持ちのストーカーとかヤクザより始末が悪い。


「好きなんだろ。モロホシのことが。だから助けたいんだろ」

「それは……はい。そうです」

「告白はしたのか?」

「してません。気持ち悪いでしょ。こんなオッサンに告白されても」

「それで別の奴に取られても平気か?」

「平気……じゃないです。でも、モロホシさんが幸せなら我慢できます。俺は彼女に幸せになって貰いたいんです。5年ですよ? 5年も見守って来たんですよ? その結末がこんなだなんて、あんまりじゃないですか」


 どんな事だろうと長く続けるほど愛着が湧く。

 ネトゲの人間関係なんて薄い繋がりだ。外野にとっちゃ何で遊びにそこまで必死になるか、まるで分からないだろう。

 ギルドホームが第二の故郷だと、イベントで敵対ギルドに取られそうになる度に悲鳴を上げるのだと言っても欠片も理解できないに違いない。

 ただのデータに何を必死になってるのかと。馬鹿じゃないのかと。

 そうさ。何時かは消える物のために無駄な努力をしてる馬鹿な集まりなんだ俺らは。

 でも。


「一緒にネトゲで遊んでるだけなのに見守るとか気持ちわりぃな」

「ちょっ」

「流石に言い過ぎっす」

「だが、面白い。ヒビキ、お前モロホシを救ったら告白しろ」

「ええっ!?」

「そんでフラれたら残念会だ。きっと楽しいぞ」

「いやー、楽しいのは外野だけじゃないですかね」


 今日ここに集まった時点でただのネット内の関係ではなくなった。

 オフ回なんてトラブルが起きるか幻滅するだけの罰ゲームだと思うだろうが、実際にネトゲで結婚までいった夫婦だって存在するのだ。

 空虚なデータのやり取りに過ぎないなんて言わせない。

 これは人間同士の真面目な恋愛なのだ。


「いくぞお前ら。オッサンの虚しい片思いを終わらせてやろうぜ」

「言い方」

「姫様、マジで毒舌なんだな」

「でも楽しそう」

「ちょっと気合いが入ってきた。私のバットが唸るぜ」

「バイクのヘルメットにバット装備ってもろ暴走族だな」

「頭に当てないようにな。死人や重傷はさすがに困る」


 法的にグレーの暴力で金儲けをするってんならさ。

 暴力で潰されても文句なんかねえよなァ?

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