蓮ーハスー

蓮華彩桜

第1話 追い続けた夢

雨が降る中、会社へ向かう私の足取りは重い。太陽が炎を失ってしまったかの如く、気分も沈みきっていた。

鞄の中に忍ばせた退職届と診断書。自らの手で大切な物を手放そうとしている。

人生の迷路に迷い込み、追い続けた夢は崩れ去った——。




——15年前——

5歳の年末年始、両親の長期休みにお父さんの実家に来ていた。当時、おじいちゃんは土木の現場で働く作業員だった。

「桜羅、おじいちゃんたちの仕事は大変だと思うかい?」

こたつに入り家族団らんの中、お茶を飲みながらおじいちゃんは私のほうを向いて唐突に問いかけた。

「うん。だって、夏は暑いし冬は寒いしすっごい力持ちじゃないとできないよ。」

「やっぱり、そう思うよね。でもね、それだけじゃない。ちゃんと嬉しいこともあるんだよ。」

「嬉しいこと?」

時々、工事現場で見かける作業員は、泥だらけになりながら重いものを辛そうな顔で運んでいる。汚い・辛い・危ない……。5歳の私の目にはそんな風に映っていた。それなのに、何が嬉しいんだろう?不思議そうな顔をする私におじいちゃんは得意気に話し出した。

「そう、橋や道路を造るとみんなが通る道になる。田んぼを整備するとお米がたくさん採れる。土手を造ると雨で川が溢れた時、みんなが住む家を守ることができる。そうやって汗水たらして頑張ったことが、みんなのためになるんだよ。」

「へぇ~。それが、嬉しいことなの?」

まだ小さい子供には、おじいちゃんの言っていることが理解できない。

「そうだよ。誰かのためになる仕事ってすごいと思わないかい?」

「誰かってだぁれ?お仕事って家族のためにやるんじゃないの?」

「家族のために、お仕事を頑張らないといけないって言うのは間違ってない。でもね、おじいちゃんたちは家族のためだけじゃなく街のみんなのために頑張れるんだよ。」

ポカーンとしている私に、おじいちゃんは話を続けた。

「桜羅の大好きなミルクティーはミルクが無いと作れない。それと同じで建設業は世の中にとって必要不可欠なお仕事なんだよ。安全な街だと安心して暮らせるだろ?それに災害が起きたら、街を元に戻すのは建設業者の役目だからね。」

優しく話すおじいちゃんの目は凛としていて輝いて見えた。地震や洪水で街が壊れた時、建設機械と作業員の人たちが作業している映像をテレビで見たことがある。街を守る仕事ってかっこいい……!直感的にそう感じた。

「それなら、おじいちゃんたちの仕事は地球を守るんだね!すごいよ!」

「あはは、地球か。規模が大きくなっちゃったね。」

おじいちゃんは、笑いながら話した。

「でも、世界を見ればそう言うことになるね。」

その時、私は思った。将来はおじいちゃんと同じ仕事をしよう。誰かのために頑張れる仕事、誰かを守るために頑張れる仕事、そんな仕事をしたい。

「桜羅も、将来はおじいちゃんたちみたいなお仕事する!」

「そうか。建設業は男社会だからね、女の子には厳しいかもしれないよ。桜羅、大丈夫かい?」

「うん!大丈夫だよ!だって桜羅には、おじいちゃんがついてるもん!それに、お母さんとお父さんも!おばあちゃんも!」

「おじいちゃんもみんなも、桜羅のこと応援してるからね。」

将来は建設業で働くとおじいちゃんと約束をした。そして、それが私の夢になった。




「桜羅、20歳おめでとうー!」

「ありがとう遥!」

私は今日でハタチになった。高校の同級生である丹波遥と『桜羅の生誕祭』と称してコーヒーを片手に近くの公園に来ていた。

「ねぇ桜羅、仕事どう?」

高校を卒業してから、私は事務の仕事に就いていた。建設会社を探したが、なかなか決めれず結局13年間追い続けていた夢は諦めた。

「ん~、今の会社は社員のみなさんもいい人たちばっかりで、悪いところではないんだよね。同じ事務のおばちゃんはお局さんって感じでちょっと苦手なとこはあるけどね。」

「やっぱり、苦手な人ってどこの会社にもいるんだね。でも桜羅、本当にいいの?就職しちゃってるし今更って感じもあるかもしれないけど、ずっと夢だったんでしょ?建設業で働くの。」

学生の頃、夢を語る私の話を遥はずっと聞いてくれていた。たぶん、耳にタコが出来るほど聞かされていたと思う。事務に就職すると決めた時も心配してくれていた。それは今も変わらない。

「そうなんだけどね。おじいちゃんとも小さい頃に建設業で働くって約束したし。本当は、今でも時々あるんだよね。建設業で働きたいな~と思うこと。でも、女性を雇ってくれる会社もなかなか無いし、男社会でやってける自信もないし。」

5歳の頃の私とは裏腹に完全に怖気づいていた。建設業を目指して工業高校に入学したのはいいものの、全校生徒の男女比は9:1。男子生徒の多さに圧倒された3年間だった。

「高校時代を考えると男の中で女が働くってだいぶ怖いものがあるような気がする……。」

ネガティブになる私を遥は一層心配そうな目で見つめ、思い出し笑いをしながら言った。

「桜羅、男子苦手だったもんね。話してるとこなんか見たこと無いし。」

「そう~、なんか男って聞いただけで威圧的な感じしてさ。克服して建設業で働けたら、蓮の華みたいにかっこいい女になれると思うんだけどね。」

「蓮の華?」

「うん。蓮の華って泥水の中に咲く花でしょ?その中で、凛として立つ姿が綺麗でかっこいいな~って。」

「周りの男たちを泥水にたとえたってこと?たしかに、男たちには申し訳ないけどそう考えたら、すっごいかっこいいよね。」

「でしょ!泥水って言うのはちょっと失礼だけど。」

遥と顔を見合わせながら笑った。その時——

「おーい!隆太!そこの寸法、測っておけよー!」

遠くから、男性の声が聞こえた。私と遥が振り返ると工事現場が見えた。そこにはヘルメットをかぶり、同僚に指示を出す男性がいた。

「ちょっと、桜羅。あの人イケメンじゃない?身長も高いし!私めっちゃタイプなんですけど!」

遥はその男性の姿に釘付けになっていた。

「……あっ、ちょっと桜羅!」

気が付くと私は走り出し、工事現場から出てきた男性に声をかけていた。

「あの、すみません。これは何の工事をしているんですか?」

「ちょっと桜羅!危ないよ!すみません、すぐ離れますので!」

なぜ私から声をかけたのかはわからない。工事現場に興味があった、ただそれだけだった。

遥は、突然走り出した私に驚き、後を追いかけてきた。

「はは、大丈夫だよ。ここは現場の外だから。」

すぐに退散しようと、私の手を引っ張る遥に男性はヘルメットを脱ぎながら優しく笑う。突然声をかけられたことに驚きつつも私の問いかけに答えてくれた。

「この工事は、古くなった橋を補修して、みんなが安全に通れる橋を保つための工事だよ。街の安全を守るのは、建設業者の務めだからね。」

「あ……。」

そういえば、おじいちゃんも昔同じようなことを言っていた。

——『誰かのためになる仕事ってすごいと思わないかい?』『建設業は世の中にとって必要不可欠なお仕事なんだよ。』——

男性は首をかしげながら、そっと疑問を投げかけた。

「君、建設業に興味あるの?」

「……。」

男性の声は私に届いていない。

「あっ、あの!この子、建設業に就職するのが夢だったんですけど、男性がちょっと苦手みたいで……。あ、今は事務の仕事してて……ね、桜羅!」

黙り込んでしまった私の代わりに遥が焦りながらも答えてくれた。私はふと我に返り、気の抜けた返事をした。

「え?あ……、うん。」

すると男性は、腕を組み話し始めた。

「そっか。でも、もったいないね、女性は建設業に興味ある子、少ないから。でも、ちゃんと自分の夢があるなら、追い続けていったらいい。他の人がなんと言おうと、自分の人生だよ。自分のやりたいことをやったらいい。それに君、普通に話しかけてこれたじゃん、俺に。」

そう言うと男性は、私の顔を覗き込むように目線を合わせ、にこっと笑いながら言った。

「君とはまたどこかで会える気がする。次は、現場で会えることを期待してるよ。」

「はい……、頑張ります……。」

「じゃあ、また。」と言い残し立ち去る男性に会釈をして後ろ姿を見送った。

「やっぱかっこいいわ、あの人。めっちゃクールだし!」

遥は間近で男性を見れて、完全に目がハートになっている。私は、男性の言葉が頭から離れなかった。『自分のやりたいことをやったらいい。』その言葉で、心に引っかかっていた何かがスッと静かに流れていくような気がした。

「遥、私やっぱり建設業で働きたい。夢、追いかけたい。」

「桜羅……。もしかして、あの人に惚れた⁉」

遥は私のほうを見て、突然びっくりするようなことを言い出した。

「え⁉違うよ!惚れたとかじゃないよ!」

私は手を左右に振り回し、必死に弁解をした。

「ただ、あの人の言う通りだなと思った。自分のやりたいことをやったらいいって、あんなに真っ直ぐ言われたら、なんか楽になった。私、今まで逃げてただけなのかもしれない。男嫌いを理由にただ自信がなかっただけなんだ。」

遥は、安心したように溜息をついて私の肩に手を置いた。

「まぁ、桜羅の男嫌いは本当のことだけどね。時間かかってもゆっくり克服していったらいいよ。それにあの人も言ってたけど、普通に男の人に話しかけてたしね、桜羅!」

「そうだね。自分でもびっくりだよ。」

自分で自分の行動に驚いている私をみて遥は笑った。その後、私は遥と別れ帰宅した。天使が微笑みかけるようにスキップをしながら帰ってきたのだろう。


私はまた夢に向かって歩き始めた。ずっと心配してくれていた遥のためにも、自分が強くならなきゃ。みんなのため、自分のために必ず叶えてみせると心に誓って。


その日の夜、片付けを終えてリビングでくつろいでいたお母さんの隣に座った。

「お母さん、話があるの。今いい?」

「何?どうしたのよ?」

真剣な顔で話す私を心配そうな目で見つめるお母さん。

「あのね、私やっぱり土木の現場で働きたい。今の会社は辞めて、建設会社に転職したい。」

勇気を振り絞って自分の意志を伝えた。するとお母さんは、表情を一変させ眉間にシワを寄せた。「突然何を言い出すかと思えば……。」と言いながら溜息をついた。

「建設業なんて、男ばっかりの世界なのよ?危険なこともあるし、体力的にも女の桜羅には無理よ。」

お母さんは、私の意志に猛反対した。女性はやっていける世界ではないと。

「私ね、小さい時からの夢だったの。誰かのために誇りを持って働ける土木の現場。ずっと憧れてたから、工業高校にも通ったの。」

「じゃあどうして今、事務の仕事をしているのよ?なんで今の会社に就職したの?まだ2年も経たないうちから辞めたいだなんてちょっと甘すぎるわよ。」

「……。」

何も言えずに黙り込んでいる私に、お母さんは呆れたように言った。

「とにかく、よく考えてみるのね。中途半端はやめなさい。」

お母さんの言いたいことは、よく分かっていた。だって私は、一度夢を諦めたんだから。今更、会社を辞めたいと言われても中途半端にしか思えないかもしれない。夢から逃げた代償だと思った。既に就職している私にとって一度諦めた夢を追いかけるのは簡単な事じゃない。それでも、もう諦めたくなかった。逃げたくなかった。おじいちゃんと話したときに憧れをもったあの感覚を男性が思い出させてくれたから。このチャンスを逃すわけにはいかなかった。


「すみません、上原桜羅と申します。新規の登録をお願いします。」

次の日、私はハローワークに来ていた。受付で登録を済ませ、自分の順番が来るのを待った。

「上原さん、こちらの席にお願いいたします。」

「あ、はい。」

しばらくすると、ひとりの女性が私に声をかけた。緊張の面持ちで席に着くと、女性は私の向井の席に座り、顔を見るなりクスッと笑みを浮かべた。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私は上原さんの担当をさせていただく佐々木と申します。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします……。」

佐々木さんは、慣れた手つきで書類を取り出し、目を通し始めた。一通り見終えると、少し驚いた表情を見せた。

「上原さん、転職希望は建設業になってますけど、間違いありませんか?」

女性で建設会社を目指す人はなかなかいない。だから、佐々木さんも驚いたのだろう。しかし私は、堂々と答えた。

「はい、間違いありません。事務ではなく、現場のほうで。」

私の言葉を聞くと、佐々木さんは納得したように頷いた。

「だから、そんなに緊張してたんですね!普通、転職するには勇気が必要なものです。初めての経験なら尚更だと思ってたんですが、上原さんの言葉を聞いてなんとなくわかったような気がします。相当な決心でここに来ることを決めたんですね。男性社会に女性が飛び込むのは、覚悟が必要ですから。」

その言葉は、私の心を見透かしているようだった。

「そうですね……。親には猛反対されているんですけど、小さい頃からの夢を諦めたくなかったので。」

「素晴らしいと思います、上原さんの決断。なかなかできることじゃないですよ、自分の夢を追い続けることは。とにかく、探してみますね!募集している会社!」

佐々木さんは、「少々お待ちくださいね。」と言って席を立った。私の緊張は解れ、ワクワクに変わっていた。まだスタートラインに立ったばかりだけど、これから出会う仲間や仕事に心が躍るようだった。しばらくすると、数枚の紙を持って佐々木さんが戻ってきた。

「上原さん、ありましたよ。何社かの求人票を持ってきたので、確認してみてください。」

「ありがとうございます。」

手渡された求人票は見たところ、10社ほどだった。

「こんなにいっぱい……。」

私は、すべて見比べて3社に絞った。

——「一応、この3社で考えてみようと思うんですが……。」

私は、選んだ3社の求人票を佐々木さんに渡した。

「そうですね。会社の規模や福利厚生などを見比べても、この3社が妥当だと思います。ちなみに、ランクは1社目と2社目がB、3社目がAですね。第一希望は3社目にいしますか?」

建設業では、会社によってA・B・Cの順でランク付けされている。Aになるほど会社の規模も大きくなり、工事の難易度や雇用条件なども変わってくる。つまり、3社目がいちばん条件のいい会社となる。

「はい、3社目でお願いします。」

「わかりました。今日はここまでにしましょう。次に来てもらうまでに、各会社に連絡しておきます。その結果を次回お知らせしますので、それを元に一緒に考えていきましょう。」

「わかりました。よろしくお願いします。」


1週間後、私は結果を聞きにハローワークに向かった。どんな返事が来ているのか、不安と緊張とともに期待を胸にしまって。

「すみません、上原桜羅です。」

「少々お待ちくださいね。佐々木さーん!上原さん、いらっしゃいましたよ。」

受付の女性が奥にあるデスクに向かって大きな声を上げると、「はーい!」と言う元気な声と共に佐々木さんがファイルを持ちながら歩いてきた。

「上原さん、こちらへどうぞ。」

佐々木さんが私をテーブルへ案内した。席に着くと、佐々木さんは少々渋い顔をして口を開いた。

「希望した3社に連絡を取ってみたんですが……。担当直入に申し上げると、残念ながら第一希望の3社目は、女性の技術者は雇う予定は無いということでした。」

「そうですか……。」

肩を落とした私の様子を見て、佐々木さんは元気付けるように話しを続けた。

「あ、でもまだ希望はありますよ!1社目も女性は事務以外は雇わないと言われてしまったけど、2社目はぜひ雇ってみたいとの事でした。」

「本当ですか⁉私でも現場に出していただけるってことですよね⁉よかった……。」

朗報を聞いて、私は希望が見えた。しかし、同時にあることを思い出す。

「よかったですね!それでは2社目で推薦状、出しておきますか?」

推薦状……。それを出してしまったら、面接の日時の連絡が来る。受かるか落ちるかは、面接を受けてみないとわからない。しかしその前に私には決着を付けなければいけない問題があった。

「すみません、推薦状は少し待っていただけますか?親にも相談してみて納得してもらわないと……。未だにかなり反対されているので……。」

再び肩を落とす私に、佐々木さんは優しく話してくれた。

「上原さん、私たちの仕事は転職を希望される方や就職先を探している方に企業を紹介することです。でもね、それだけじゃないんです。そういう方のメンタルサポートをするのも私たちの仕事です。何かあったら、相談に乗りますから。まずはご両親とお話をして、ちゃんと納得して応援してもらえるまでサポートしますので。」

そう、私はひとりじゃない。応援してくれている人はたくさんいる。当事者である私が怖気づいていてもしょうがない。

「ありがとうございます。私、諦めません。頑張ります!」


その日から、私と両親の話し合いは毎晩のように続いた。言い合いになって喧嘩になることもあった。泣きながら自分の意志を訴えることもあった。いくら話しても、お母さんは「まだそんなこと言ってるの。」の一点張り。3か月が過ぎると、お母さんとは口も利かなくなり、冷戦状態になっていた。「大丈夫、絶対わかってくれる時がくるから。」「夢、諦めないって決めたでしょ!」佐々木さんも遥も私を支え続けてくれていた。私はふたりに背中を押してもらいながら、土木施工に関する資格も取った。そして、両親との話し合いは平行線のまま、ハローワークに通い始めてから半年が過ぎた。

季節は冬——。

「桜羅、まだ建設業で働くつもりでいるの?」

夕食の準備をしながら、不安そうな声色でお母さんは私に問いかけた。ちゃんと話そう、このまま平行線にしていても前に進めない。私の決意を伝えることにした。

「お母さん、ごめんね。お母さんの言いたいことはちゃんとわかってるし、心配してくれているのもわかってる。男に比べたら、力や体力が無いことも。でもね、どれだけ反対されても私は建設業で働きたい。おじいちゃんとも小さい頃に約束したし、建設現場が好きだから。それに、自分でやりたいと思ったことを諦めたくない。ハローワークで求人募集している会社も見つけてきたの。」

お母さんは私の話を聞いて、「もう、わかったわ。」と呟いた。ひっきりなしに動いていた手を止め、私のほうに体を向けた。

「何を言っても、あなたはもう決めてるってことね。いつも周りに気を遣ってばっかりで、自分のことより他人のことを大切にするあなたが、そこまで言うんだから。お母さん、桜羅の夢を応援することにするわ。」

お母さんは優しく微笑み名がらも、覚悟を決めたような表情をしていた。『応援する』ずっと心待ちにしていたその言葉に、私の目には涙が浮かんだ。

「ありがとう……お母さん……。ありがとう……!」

涙を拭う私にそっと近づき、優しく頭を撫でた。お母さんは私の目を真っ直ぐに見つめ「その代わり、条件がひとつ。」と言いながら人差し指を立てた。

「自分で決めた道なら、もう逃げたりしちゃだめよ。夢を追うなら、最後まで頑張りなさい。必ず夢を叶えなさい。いい?」

厳しくも力強く応援してくれている言葉。心臓を震わせるような、不思議な感覚だった。

「わかった。必ず夢、叶えるよ。」

私も、お母さんの目を見て約束した。お母さんとおじいちゃんとの2つの約束。家族に支えられて、やっと第一歩を踏み出した。

「それで、見つけた会社ってどんな会社なの?」

お母さんは、夕飯の準備に戻った。またひっきりなしに手が動き出す。

「えーっとね、3社見つけてきた。でも、1社目と3社目は女性は採らないって言われた。3社目はランクもAだったから第一希望にしてたんだけどね。2社目はBだけど、女性は今建設業でも注目され始めてるから、雇ってみたいって!」

「そっか。3社目はもったいないけど、2社目で決めるしかないってことね。」

「そう。だから明日、ハローワークに2社目で決めるって言ってくるね。」

「わかったわ。」

お母さんからも背中を押してもらい、次の日ハローワークに向かった。


「すみません、上原桜羅です。」

嬉しそうに言う私を見て、受付の女性はクスッと笑った。

「少々お待ちくださいね。」

しばらくすると、佐々木さんがやってきた。私は喜びのあまり、佐々木さんの姿を見るなり走り出した。

「佐々木さん!お母さんが昨日、応援するって言ってくれたんです!やっと、納得してくれました!」

「よかったじゃない!桜羅さんの情熱がお母さんに伝わったのね。よく頑張りました。」

一緒に喜んでくれる佐々木さんをみて、私の喜びも倍増した。

「そんな桜羅さんに、もうひとつ朗報よ!3社目の萩原建設、一度会ってみたいって昨日連絡きたのよ!」

「え?萩原建設って私の第一希望の?女性は雇う予定は無いって言ってませんでしたっけ……?」

突然の言葉に私はついていけず、恐る恐る聞き返した。

「そうそう、最初連絡した時はそう言われたの。でもね、ちょうど昨日連絡来て、上原さんはもう他の会社に就職されましたか?って。まだですって答えたら、一度会ってみたいから、面接に来てほしいって!」

一度断られた第一希望の会社から逆に連絡が来るなんて、信じられなかった。私は、佐々木さんから萩原建設に連絡してもらえるようにお願いして帰宅した。お母さんに報告すると、驚きを隠せない様子で喜んでくれた。遥にも電話で報告し、「やったじゃん!桜羅~、私も嬉しいよ~!」と泣きながら喜んでくれた。


今勤めている会社の社長には事情を説明し、「残念だが。」と言いつつも「夢なら諦めないで頑張るんだぞ!みんな桜羅のこと応援してるからな!」と言ってくれた。その後、萩原建設へ面接に行き無事に合格することができた。

「それじゃあ上原さん、来月から正社員としてよろしくね。」

萩原建設の土木部長である飯岡元太と共に、社長や専務などの上層部、土木部のみなさんに挨拶を済ませ、帰路についた。


待ちに待った夢の扉が開くとき。私は心も体も高揚感に包まれていた。

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