第66話 お盆
8月も中旬。お盆休みに入った倉橋島では、外を出歩くと知らない人を見かける事が多くなった。
恐らく里帰りでこの島に戻って来ている人がいっぱい居るのだろう。
人が疎らだった海水浴場には、見知らぬ子供の姿が増え、穏やかだった島の雰囲気が、少しばかり賑やかになっている様に感じた。
「……暑っつ……」
そして、今私は海岸沿いの島のバス停で、炎天下の中バスを待っている。今日は由美ちゃんと呉の市街地まで買い物をしに行く予定なのだが、まだ10時にもなっていないと言うのに、焼けそうなほどの直射日光が私を顰めっ面にさせていた。
「おはよー。お待たせー、京香ちゃん」
すると、遠くの方から由美ちゃんが手を振ってやって来た。
「おはよー、暑いねー。由美ちゃん」
「ホンマよー。バス停に来るだけでも汗かくわ」
由美ちゃんは私の隣に来ると、手でパタパタと顔を仰ぐ。
一番暑いとも言っていいこのお盆の時期の倉橋島は、青い海と空を見ても気が紛れるものでは無かった。
正直、早くバスの車内冷房で涼みたいと言うのが本音だ。
「あーあ、こう言う時は車って便利そうじゃなーって思うわ」
由美ちゃんはバス停の目の前を悠々と通り過ぎて行く車達に向かって、恨めしそうにそう言う。
確かに、マイカーの人達はこんな苦労もせずに、バスよりも早く目的地に着けるのかと思うと、文句の一つも言いたくなると言うものだ。
「あと一年我慢だねー」
「18になったら速攻で免許取ったる……!!」
私達はまだ高校生。車を運転出来る様になるには、最低でも一年待たなければならないのだ。
_____ブーーーン_______
すると、一台の原チャリが、私たちの横を通り過ぎて行った。
「お?、あれって………」
それに反応したのは由美ちゃんだった。なんの変哲もない、黄色のカラーリングが施された原動付自転車。反応を見せると言うことは、知り合いだろうか?
「知ってる人?」
「うーん、見間違いじゃなければ、多分」
私と由美ちゃんは、離れて行く原チャリを見ながら、そんな会話をする。
すると、その原チャリは突然Uターンをして、もう一度私達の所へと戻って来た。
そして、ゆっくりと減速して行き、私たちの前で止まる。
原チャリの運転手は、服装を見る限り女性なのだが、フルフェイスのヘルメットを被っていたので、全体像が見えない。
「……やっぱそうじゃ、由美ちゃんじゃろ?」
すると、フルフェイスのヘルメットの中から女性の声が聞こえて来た。不審者では無い様だが、由美ちゃんの名前を知っているところを見ると、友達か何かだろうか?
「……
由美ちゃんが確かめる様にそう聞くと、原チャリの運転手はエンジンを切り、スタンドを立ててバイクを降りた。
そして、フルフェイスのヘルメットを脱ぐと、そこには明るい髪にウェーブを掛けた、3つほど歳上の女性の顔が姿を現した。
「久しぶりー!!由美ちゃん!!」
「おおー!!やっぱ佳純姉ぇじゃ!!うわー!!久しぶりー!!!!」
二人のテンションは爆上げで、言葉通り久しぶりの再会なのか、両手を合わせながらキャッキャと喜んでいる。
「えー!!いつ帰って来たん!?蓮からそんな話聞かんかったよー!?」
「いやー!ちょうど今帰るところじゃったんよ!!それにしても2年ぶりぐらいかねー。由美ちゃんも大きく……そんなになっとらんな」
「や、やかましい!!」
二人の会話について行けず、蚊帳の外の私は苦笑いになってしまう。
やり取りを見るにどうやら旧知の仲らしいが、私はこの佳純と言う女性の名前は聞いたことが無い。
「ほいで、由美ちゃんは何しよるん?」
「これから買い物ー。京香ちゃんとねー」
「京香ちゃん?」
由美ちゃんがそう言うと、佳純さんは私の方に顔を向けて来た。
「こ、こんにちは」
私は慌てて挨拶をする。年上の雰囲気のある女性に、少しばかり緊張してしまっていた。
「こんにちは。由美ちゃんのお友達?」
「は、はい!、由美さんとは仲良くさせてもらってます!」
佳純さんは、まさに大人の女性といった感じで、少しゆとりのある白いトップスと青いピッタリのジーンズを着こなしている姿は、なんだか格好良く見えた。
そんな私の姿を見て、由美ちゃんは吹き出す。
「あははは!!何ね京香ちゃん!!緊張しよってからに!!佳純姉ぇはそんな人間じゃ無いで?」
「言ったなー!?このー!!」
「キャーー!!!」
由美ちゃんが小馬鹿にする様にそう言うと、佳純さんが由美ちゃんに襲い掛かり、じゃれ合いが始まった。
……うん、前言撤回。見た目は大人で頭脳は子供の様だ。
「でも、ここら辺じゃあ見ん顔よね?島の出身で由美ちゃんと近い歳の子ならアタシは全員知っとる筈なんじゃけど……」
「ああ、そりゃ京香は転校生じゃけんな。今年の6月に引っ越して来たんよ」
由美ちゃんから説明を聞くと、佳純さんは納得した様な顔になった。
「はー、なるほどー?転校生かー。ほいで、何処から来たん?」
「えっと、東京です」
私の口から東京と聞いた瞬間、佳純さんは目を見開いた。
「東京!?はー、すっごい。シティーガールじゃ!!どうりで美人さんじゃと思ったわー!!」
「そ、そんなにですか?」
佳純さんの驚き様に、私は少しタジタジとなる。
確かに由美ちゃんと蓮君にも東京出身だと言って驚かれたが、ここまで大きいリアクションを取られることは無かった。
「佳純姉ぇ、高校の頃はずっと『東京行きたい、東京行きたい』って愚痴っとったけぇなー」
「な!?言うなやそんな事!!田舎もんがバレるじゃろうが!!」
由美ちゃんのカミングアウトに、少し赤面して反論する佳純さん。
どうやら東京に多少なりの憧れがあるらしい。
……そんな良いところでも無いんだけどなぁ……
「この島に帰って来た時点で、佳純姉ぇが田舎もんなんて、もうバレちょるっちゅーに」
「うるさいー!!聞こえませんー!!」
何も聞こえないぞと言う風に、両手で耳を塞いで子供の様な反応をする佳純さん。
……本当に見た目と釣り合っていない。
「あはは、それで、お二人ってどう言う関係なんですか?」
私は姉妹の様にやり取りをする由美ちゃんと佳純さんの関係が気になってそんな事を聞く。
前に由美ちゃんに兄妹とかはいるのかと聞いたら、一人っ子だと答えていた。
恐らく佳純さんも島の出身で、蓮君とあかりちゃん達の関係の様に、小さい頃に面倒を見てもらっていたのだろうと想像は付くが、それでも少し気になった。
「あー、佳純姉ぇはなー………」
すると、由美ちゃんが説明をし始めようとしたのだが、何を思い付いたのか、途中で話を止めた。
「ど、どうしたの?由美ちゃん?」
突然会話をやめた由美ちゃんに、私は心配してそう聞く。
「いーや?、何でも?。佳純姉ぇ、ちょっとこっち来て?」
すると、由美ちゃんはニヤリと意地の悪そうな顔になって、佳純さんに向かってそう言った。
「?、何ね?」
佳純さんは指示されるがままに近づくと、由美ちゃんは私に聞こえない様、佳純さんに向かって何やら耳打ちをする。
私には話せない内容なのだろうか?
その耳打ちはかなり長く、佳純さんはそれを聞いている内に、どんどん顔がニヤついて行った。
……何だか嫌な予感がする。
「ふんふん、………へぇ、そうなの」
佳純さんは面白がる様な口調で相槌を打ちながら由美ちゃんの言葉に耳を傾けている。
……一体何を話しているのだろうか?
そして、ひとしきり話が終わったのか、由美ちゃんは佳純さんの耳から顔を離す。
二人ともニヤニヤしていて、猛暑だと言うのになんだか背筋に寒気が走った。
「話はぜーんぶ由美ちゃんに聞いたで?どうやらアタシの"弟"が随分とお世話になっとるみたいじゃねー?」
「な、なんの話ですか?」
意地悪そうな笑顔を浮かべる佳純さんと反比例する様に、私は顔が強張ってしまう。
弟?、一体何の話をしているのだろうか?
「ああ、自己紹介がまだじゃったね。アタシ、"大野"佳純と申します。弟の"蓮"がいつもお世話になっちょるって由美ちゃんに聞いたで?」
「……………はい?」
突然の自己紹介に、私は一瞬にして固まる。
そう、今まで私が喋っていたこの綺麗なお姉さんは、蓮君の実の姉だったのだ。
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