第39話 船頭さん


 「凄かったのう!!ウチ、ここまで綺麗な花火大会は初めてじゃ!!」


 渡し船を降りると、興奮した様に由美がそう言って来た。


 「うん、本当に綺麗だったね」


 続いて降りていった東條さんもそう言う。

 康介はすでに降りていて、後は僕だけ降りると言う状況だった。


 しかし、降りる前に感謝しなきゃいけない人がいる。


 「ありがとう、おじさん。お陰で最高の花火大会が見れたわ」


 渡し船の船頭さんだ。船から降りて桟橋の上で僕がそう言って頭を下げると、「ええよー」といつもの調子で返事をして来た。


 「今度乗るんは、夏休み明けかのう?」


 「うん、多分」


 「ほうか、ならいと寂しくなるのう」


 桟橋に掛かるロープを外しながら、船頭さんはそう言う。

 夏休みには学校に殆ど用が無いので、顔を合わす事もめっきり減るだろう。


 「夏休み明けには、あの子と一緒にこの船に乗って、登校しちょるかね?」


 すると、揶揄う様に船頭さんが続けてそう言って来た。

 普段無駄話はあまりしない人なので、僕は少し驚いた。


 「……あまり、揶揄わんで欲しいんじゃけどのう」


 この人は僕が東條さんと一緒に渡し船に乗るところを何回か見ている。

 彼女が島に住んでいる事も知っている筈だ。


 「別に、ワシとしてはお客さんが増えて万々歳じゃ、期待しちょるで?康介」


 船頭さんは、冗談めいた口調でそう言って僕の肩を叩いた。

 この人なりの激励だとは、すぐに分かった。

 船頭さんとは中学校からの付き合いだ。毎日渡し船を利用しているが故、この様に偶にプライベートの事を見透かされる時がある。


 「……そうじゃったら、ええんじゃけどのぅ……」


 僕は否定をせずにそう返した。

 つまりここではぐらかしても、あまり意味がないのだ。

 

 「おーい!!蓮!!何しよんじゃー!!」


 すると、待合所の方から康介の声が聞こえて来た。確認してみると、3人ともそこにいて、僕の事を待っている様子だった。


 「お友達が呼んどるで?早よ行っちゃれ」


 「う、うん」


 船頭さんに促されて、僕も待合所の方へと向かう。

 僕は桟橋の途中で足を止めて、再び船頭さんの方へと振り返った。


 「ありがと!!河田かわだのおじさん!!夏休み明けてからもよろしゅうね!!」


 僕は船頭さんの本名、河田さんの名前を言って再度頭を下げる。


 対して河田さんは何も言わずに、右手を挙げて返事の意思を返すのみだった。

  

 無償で船を貸し切ってくれて、尚且つ僕の恋を間接的ながらに応援してくれた。

 恐らくいつからか、僕が東條さんに恋をしている事を見抜いていたのだろう。しかし、それに言及する事は一度も無かった。


 僕が船を出す様にお願いした時も、それを察して何も言わずに引き受けてくれた。

 これが、大人の対応と言うやつなのだろうか?


 そう思うと少し、カッコいいと思った。

 


 



 

 

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