第17話 作品


 「ふぅん、なるほど……」


 東條さんは僕の絵を見ながらそう呟く。顎に手を当てて、何か考えている様なポーズをしている。

 中々感想をくれないので、僕は何だか緊張してしまう。

 これなら由美のように3秒ほど見て適当に『上手い上手い』と言ってくれた方がまだマシだ。


 しかし、それだけ真剣に見てくれていると思うと、反面嬉しくもあった。


 「ど、どうかのう?」


 痺れを切らした僕は、感想を彼女に求める。


 「うーん、言葉で言うの難しいなぁ……」


 ……それは褒めているのだろうか貶しているのだろうか?

 難しい顔をしていると言う事は、僕の絵はそんなに上手くないと言う事なのだろうか?


 「正直に言ってくれてええよ?自分でもあんま上手うもう無いと思うとるし」

 

 「いや、絵は上手いよ?ちゃんとひとつひとつ、何を描いてるのかはっきり分かるし。うーん、……ねえ大野くん、他にも描いた絵ってある?」


 東條さんは一通り僕の絵を見終えたのか、ずっとキャンバスの方を見ていた視線を、こっちに回してそう聞いて来た。


 「え?う、うん。美術室に置いちょるけど……」


 僕がそう返すと、東條さんは笑顔になる。


 「じゃあ、他の絵も見て良いかな?他に大野くんがどんな絵を描いてるのか、興味が出て来ちゃった」



 ______


 

 「ちいと埃っぽいけど、大丈夫?」


 「うん、これくらいなら」


 あの後、屋上の画材を片付け、他の絵を見せる為に僕達は今、美術室に来ている。

 美術室と言っても、使ってない教室を先生に頼み込んで自分の美術室として使っているものだ。

 教室内は鉛筆と絵の具が混ざった様な独特な香りが漂い、作業机の上には埃の被った石膏像がある。練習用にと先生から貰ったものだが、僕は専ら風景画しか描かないので、宝の持ち腐れとなっていた。

 机には石膏像の他に絵の具をを溢した跡が幾つかあり、色とりどりに汚れている。

 教室の壁には埃が被らないようにシーツを掛けたキャンバスが何枚かあり、それもまた、雰囲気を出していた。


 「へえー、美術部って感じだね。他に部員さんは居ないの?」


 東條さんの問いかけに、僕は首を振る。


 「宮浦には美術部がないんじゃ。部員も俺一人だけで正式な部活じゃないんよ」


 何とか部員を集めて、正式な部活にしたいものだが、一年生の時からそんな努力は全くして来なかった結果がこれだ。 

 しかし、これはこれで自分だけの空間が出来たような気がして、僕は好きだった。


 「そっか、それで、あのキャンバス達にシーツを掛けてるのが、大野くんの?」

 

 「ほうね。一年生の頃からコツコツ描いたもんよ」

 

 細かな枚数は定かでは無いが、30枚は軽く越している。油絵なんかにも挑戦したが、その殆どが水彩画だ。

 僕はそのキャンバスに掛かっているシーツに手を掛け、作品が傷付かない様に、ゆっくりと剥がす。

 

 「……わー、凄い……」


 東條さんが感嘆の声を漏らす。少しむず痒い。


 「そ、そんな大層なもんでも無いで?」


 「ううん、そんな事ない」


 僕の作品を、真剣な顔つきで東條さんはじっくりと見ている。


 「これはどこの景色?」


 すると、一つの絵を指差して東條さんはそう聞いて来た。


 「これは屋上から見た造船所じゃな、ドッグの錆びついた感じが描くのに苦労するんよ」


 東條さんの疑問に、僕は補足する様に説明を付け加える。


 「へえー、あ、この景色は知ってる!」

 

 「こりゃあ音戸大橋じゃな。東條さんは登下校でバスの中からいっつも見よるじゃろ」


 そんな会話を、二人きりの美術室で続ける。

 自分だけの世界だったこの美術室に、好きな人が居て、会話をする。その事実だけで、僕ははち切れそうなほど嬉しくなっていた。


 「……あ、これ……」


 すると、東條さんの目に、一つの絵がとまった。


 「あ!!こ、こりゃダメじゃ!!恥ずかしくて見せられん!!」


 僕はキャンバスを咄嗟に裏返して見えない様にする。

 その作品は、僕が初めて描いた絵だった。水彩画であるが、筆に水を多く含ませ過ぎてしまった為に、全体がボンヤリと滲んでしまっていている。

 要するに、僕の中では失敗作なのだ。


 「……見せてくれる?笑ったりしないから」


 対して東條さんは諭す様に、柔らかく微笑んでそう言う。そんな表情をされたら、ノーとは言えなかった。


 「わ、分かったよ……」


 堪忍して再度、キャンバスを見せる。東條さんはまじまじとその作品を見て、何か考え込んでいる様な仕草をする。

 その沈黙の時間は、僕にとっては何時間も経っている様に感じた。

 一通り見終わったのか、東條さんは柔らかく微笑んで、その表情をこちらに移す。

 

 「私、この絵が一番好きかも知れない」


 その絵は、僕が初めて描いた、渡し船の絵だった。

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