第3章 絆 15話 「竜騎士④」

胸間を射たれたランダーは、まるで映画のワンシーンのように後方に吹っ飛ばされ、何度か頭を地面に叩きつけながら静止した。


SGー01に装填されているのは、ゴムスタン弾を模した非致死性の弾薬だ。


ゴムの代わりに樹液を固めた物を使用している。ただし、それなりに強力なので、当たると絶対に死なないとは言い切れない。


まあ、俺を倒すとか言ってやって来たわけだし、それなりに鍛えられているだろうから、大丈夫だろう。


視線を移すと、ランダーはうつ伏せに倒れてビクッビクッと痙攣をしている。


···うん、大丈夫なはず。


俺は再び竜孔流の鍛練に集中することにした。




「マ···マルガレーテ様···ランダーが瞬殺されましたが···。」


「···推測で物を言ってはいけないと、いつも言っていると思いますが?彼は生きています。魔力の波動を見ればわかるはずです。」


「あ、はい。確かに···。」


「レーテ、次はあなたが行きなさい。」


「え!?私ですか!!」


「あなたも、オヴィンニクのメンバーです。」


「あ···はい、行って···きます。」


レーテと呼ばれた魔法士は、顔を青ざめさせながらも、射るようなマルガレーテの視線を受けて素直に従った。


両手で体を抱え込むようにしたレーテを転移で送り出した後、そこから視線を外したマルガレーテは、目の前に展開した遠視の魔法ハイパロウピアの画像を注視する。


「魔道具。それに、神威術を使えると言うの?」


マルガレーテの視線の先では、座禅を組み、瞑想するようなタイガの姿があった。


「竜騎士どころの存在ではないということか?」


普段、表情を崩さないマルガレーテではあったが、その時には口角を上げて妖艶とも言える笑みを見せていた。


まるで、恋い焦がれた相手とようやく出会えたかのような表情。


そして、その笑みを目撃したオヴィンニクの他のメンバーは、背筋が凍りつくような冷気を感じていたという。




竜孔流の鍛練を再び始めたが、またもや誰かが現れた気がした。


ゆっくりと目を開けると、黒に近い紫のローブをまとった女性が正面に立っていた。


また、気配を悟らせずに現れた。


これは、近づいてきたと言うよりも、突然現れたと言っても良いかもしれない。


転移か、それに近い魔法か?


どちらにせよ、確かめるのは次に誰かが現れる時になりそうだ。


女性魔法士との距離は、50メートルほどある。そして、どうやらすでに詠唱を始めているようだ。


魔法なら、とりあえず無視して良いだろう。


俺は再び目をつむり、竜孔流を体内に循環させることにした。




「いくら魔道具を持っているからって、この距離だと先制はできないでしょう。」


マルガレーテに転移で送り出されたレーテは、既に詠唱の第3節までを終わらせていた。


無詠唱であっても同じ魔法を放つことはできるのだが、それだと威力が乏しくなる。


詠唱は長ければ長いほど、その精度は高いものとなり、魔力の集束も多くなる。


レーテは魔法士としては国内一と言われ、詠唱第5節の超級魔法まで操ることができる。


しかし、この場で最上位である魔法を行使することは、甚大な被害を及ぼすのが明白。ここは、詠唱第4節の弩弓魔法を無難にチョイスした。しかし、それについても、単体に対して使用するなど、過剰すぎると言っても過言ではない。


何せ、弩弓魔法とは、王城を半壊させるほどの威力を秘めているのだから。


「あなたに恨みはないけれど、ランダーみたいになるのも、マルガレーテ様に叱責を受けるのも嫌だから···ごめんなさい。」


第4節の詠唱が完了。


一気に魔力が刺々しいものに変換され、タイガを中心とした半径10メートルの外周を覆う黒い半球が出現した。


「コンプレション!」


レーテの魔法は、風魔法を応用して重力場を作り出し、空間を圧縮させる完全オリジナルである。


他の追随を許さない独自の論法から編み出されたこの魔法は、障壁などの防御魔法を物ともせず、すべてを飲み込む絶対無比の破壊力を誇る。


デメリットとして挙げられる詠唱の長さについては、転移前に一部を唱えておくことで備え、現場でのタイムロスを極端に減らすことに成功していた。


「これで···怒られずにすむ。」


マルガレーテを敬愛しながらも、その恐ろしさも同時に知るレーテは、魔法の成否などは気にもせずにそんなことをつぶやいた。


そもそも、コンプレションを打ち破れる存在など、マルガレーテか悪魔レベルにしかいないはずなのである。


そう、はずだった。


「···へ!?」


タイガを包み込んだ半球は、問題なく機能していたはずなのだ。


しかし、いつの間にか魔法そのものが跡形もなく消え去っており、相手の男がこちらを見ていることに気がつくのだった。


「何でぇ!?」


そう叫んだと同時に、男の口が「ごめんね」と言ったように感じた。


その直後。


ドパッ!


タイガのWCFTー01から射ち出された水塊によって、レーテはなすすべもなく吹っ飛ばされるのであった。




「·······················。」


「な···なあ、今、レーテの魔法が消えなかったか?」


「···消えた。」


「そんなこと、ありえるのか?」


「知らない。私に聞くな。」


「んなこと言ったって、次は俺かおまえのどちらかだろ?」


「先は譲ってやる。」


「何でだ!?おまえが先に行けよ!」


「嫌だ。おまえが先に行って、弱点を見つけてこい。骨はちゃんと拾ってやる。」


「ふざんなよ!俺はタンカーだぞ。奴が弱点をさらけ出すまで、耐えろってのか!?」


「それがタンカーの役目の一つ。」  


「くっ···。」


「何をもめているのですか?」


オヴィンニクの残りのメンバーであるタンカーのシンと剣士のイザベラが順番でもめていると、マルガレーテから声がかかった。


2人はマルガレーテに目を移すが、その見たこともない表情を目の当たりにして絶句した。


笑っているのである。


普段、微笑すら見せないマルガレーテは、両端の口角をつり上げて、満面の笑みを見せていた。


しかし、こめかみと口角がピクピクと痙攣し、目が異常なまでに強い光を放っている。


美しい造形の彼女がそんな表情を見せるなど、初めてのことかもしれない。


そして、その笑みを見た2人は、背筋を凍りつかせて絶句するしかなかった。


『こ···怖えぇ···。』


『······················。』


「ちょうど良いです。彼はランダーとレーテを魔道具で倒しました。共に離れた位置からです。あなた方には、チームで闘ってもらいましょう。」


「チ、チームでですか?でも、転移した瞬間に、魔道具でやられるのでは···。」


そう言ったシンは、マルガレーテにギロッと睨まれて口を閉じることとなった。


マルガレーテが放つ殺気が、尋常ではなかったのだ。


「あなた方を、対象のすぐ近くに送ります。彼を認識したら、同時に仕掛けなさい。」


「「···はい。」」


マルガレーテが、何をそんなに執着しているのかを理解することはできなかった。


ただ、彼らは異様な圧力に、頷くしかなかったのである。




ランダーと女性魔法士が倒れたままではあるのだが、修練場は静かである。


あの2人で終了ならそれで良いのだが、流れ的にはまだ出てきそうである。


客観的に考えれば敵対行為とも思えるが、転がっているランダーは、自分はオヴィンニクのメンバーだと言っていた。


オヴィンニクというのが何を意味するのかはわからないが、2人目の名前すら聞いていない女性魔法士も、そのメンバーである可能性が高かった。


状況を考えれば、マルガレーテ・キャロライン公爵令嬢の配下であると推察できる。そして、王城の修練場を使用していることから、私兵ではなく、国公認の者たちであるとも考えられる。


敵対ではなく、実力を試すため。


おそらくはそうなのだろうが、マルガレーテ・キャロライン公爵令嬢の狙いがイマイチわからない。


同じ土俵で戦える者として実力を見極めたいのであれば、何の説明もなくこういった行為に出ることは、下手をすると敵愾心を生む。


それに、配下が無事で済む保証はないのだ。


相手の目的を読み取る場合、効果的なのはリスクに見合ったリターンが何なのかを考えることなのだが、今ある材料では明確な答えは思い浮かばなかった。


俺は思考を一旦停止させて、ゆっくりと立ち上がった。


間を考えるなら、そろそろ第三波が来ても良い頃合いだ。


視点をどこに置くこともなく、気配を探る。


近接戦闘のランダー、遠隔攻撃の女性魔法士。


何れも、気配を察知させることなく突如として現れた。


転移術のようなもので現れたとなると、警戒すべきは超近距離での出現である。


先ほどの女性魔法士は、詠唱を途中まで唱えた状態で現れたように思う。


となると、すぐ間近に武具を構えた相手が出現する可能性は考慮すべきであった。


俺はナックルナイフを両手で抜いて備えた。


右腕右足を前に半身に構える。


利き手である右手を前に出し、左手は後頭部を守るような形である。


これは、相手に対して最速で動ける截拳道ジークンドーに通じる構えである。


喧嘩拳法とも言える実戦重視の闘法で、スピードで攻防ともに相手を翻弄することができる。


そして、俺はそこにエスクリマの技術を取り入れていた。


エスクリマとは、カリとも呼ばれるフィリピンの国技で、武器術を取り入れた武術である。アメリカ海兵隊やフィリピン特殊部隊にも取り入れられている実戦的な武術と言えよう。


截拳道は素手の武術であるため、その構えを基礎として反応速度を高め、武具を使った戦闘を想定してエスクリマの技術を応用させたのだ。


エージェント時代は刀や剣などを扱うことなど、皆無と言っても良かった。


代わりにナイフや紐、鉄パイプやボールペンなど、その場にあるものでの応戦をするために、截拳道、エスクリマ、そして忍びの末裔としての技術を融合させたのが、今の構えなのである。



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