第2章 亜人の国 16話 エージェント vs 魔神①
イリヤに魔神の詳細を聞いたが、情報は少なかった。
俺と背丈があまり変わらない人型で、膨大な魔力を有しているということ。そして、魔神自らが数千年前から存在し、複数の国を滅ぼした経験があると語ったことくらいだ。
闘う前に余計な予備知識は持たない方が良いと考えることにした。
相手は魔神。
人外だ。
だが、二つ名の通りで考えれば、俺は亜神。
同じ神という文字が入っている。
擬物臭しかしないが、対等な立場として相対すべきだろう。
「い···いくわよ···。」
「ああ、頼む。」
ミン達が10キロ以上離れた位置に退避した後、イリヤが召還術を施す。
リーラなどは「一緒に闘う」と言い出したが、他の者が傍にいると闘いに集中ができないと言って突っぱねた。
魔神がどの程度の力を持っているのかは、対峙してみないとわからない。
もしかすると、瞬殺されてしまう恐れもあった。
しかし、自分から「俺を信じろ。」とイリヤに言ったのだ。逃げ出す気など毛頭ない。
まして、魔神が最悪の存在だとしたら、イリヤの犠牲だけで終わるわけがないのだ。
過去のように、複数の国が滅びる事態に発展する前に尽力する。
それが、自分のやるべきことなのだと、はっきりと自覚しているのだから。
「来るわ···。」
地面に描かれた魔法陣が、白くまばゆい光を放つ。
その中央から人の頭があがってくる。目、鼻、口、上半身と、徐々に姿を現す魔神。
光景だけを見ると、床から幽霊が出てきたような恐怖映画チックだ。
実際にフィクションなら良いなと現実逃避をしてみたが、やがてそれは完全に顕現してしまう。
魔法陣が消え、そこに佇んでいたのは、髪も肌も真っ白で、瞳だけがローズクォーツのイケメンさんだった。
「ああ···ついにやってしまったね。僕を呼び出すと、世界が滅びるかもしれないと···ん···あれ?···テトリ···ア···?」
ん?
召還された魔神は、イリヤから俺に視線を移して凝視していた。
感情は読めないが、舐めるような目で見てくるので居心地が悪い。
先ほどテトリアとつぶやいた気もするが、どんな関係性なのかを聞くのが怖いので、しばらく待つことにした。
「んん?容姿は全然違う···でもなぁ···オーラの波動が酷似···いや···あれからだいぶ経つし···あ、そうか、転生という可能性も···。」
何やら、1人でぶつぶつ言っている。
相手が人間なら、今のうちにぶちのめすのだが、目の前の男は魔神だ。不用意な攻撃は避けた方が無難だろう。
「魔力は···あれ?魔力が読めない···ん?んんー、なんだ、どうなっているんだ?」
まだぶつぶつと言っている。
「イリヤ、相手は取り込み中のようだ。時間がかかりそうだから、今からここを離れろ。」
俺は敢えて魔神にも聞こえるように、イリヤに逃げるように促す。
「え!?でも···。」
魔神には俺の声が届いているはずだ。今のやりとりの際に、一瞬だけ俺とイリヤを交互に見た。
それでも、何かのアクションを起こす気配はない。
魔族や魔人と接することが多いと、傾向が見えてきたりもする。基本的に、魔神も同様なのではないかと思う。
こいつらは絶対的な強さを持ち、当然プライドも高い。だが、長命種で、かつ強大な力を持っていると、逆に暇を持て余したりもする。好奇心や探求心が旺盛なのに、興味をもてるものが少ないのが要因だ。
俺の予想では、魔神の興味は今は俺にある。イリヤのことは、既にどうでも良いとさえ思える。
それに、質問もせずに自身の理論展開を始めているところを見ると、解析や分析が好きなのだろう。
地雷(プライドを傷つける)さえ踏まなければ、こちらの勝手も気にならない、鷹揚な思考を持っている気がするのだ。
「彼の興味は俺にあるようだ。俺は残るから、迅速な行動をしてくれないか?」
イリヤは何となく、理解をしたようだ。すぐに召還で四つ足の鷲···グリフォンを呼び出し、それに乗って飛び去った。
「うーん···テトリアであって、そうでないような···堕神の気配も感じられないし···。」
魔神はまだ思考を展開していた。
魔神のシンキングタイムはまだ続いている。
はっきり言って、暇だ。
とは言え、ここから立ち去ったりすると、魔神が怒りだすかもしれない。
ふむ···この状況。
俺はこの時間と状況を、有効活用することにした。
俺の一族には、古くから伝わる奥義が数多く存在した。成人を迎えるまでに、そのほとんどを修得したのだが、唯一、身につかなかったものがある。
"明鏡止水"
そう呼ばれる奥義である。
明鏡止水は、体力の回復と同時に、精神の安定、そして敵対勢力の察知をも同時に行う至高の技である。
例えば、敵地に潜伏した時などに、気配察知を長時間行い続けると、精神の安定が崩れたりする。また、体力回復のために睡眠を取るにしても、深い眠りについてしまうと敵の接近を許し、最悪の場合は抵抗することなく消されてしまう可能性がある。
こういった状況を打破してくれるのが、奥義"明鏡止水"なのである。
忍を生業とした一族にとって、正に奥義と言えるこの技は、長い一族の歴史の中でも、たった2人しか会得できなかった超高難度の技術。
俺自身も、ある程度のレベルまでは会得しかかっていたのだが、ある事情により、完全修得には至らなかった。
明鏡止水をものにするためには、気の抜けない···例えば、今のように魔神から注意をそらせない状況に身を置き、精神の安寧と気配察知をハイレベルで行う必要がある。
平常時では、まず完全修得は難しい。
1つ間違えれば死に至る状況に身を置き、そこで最大効果を発揮しなければならないのだ。
この矛盾した効果を並行作用させるのは極めて難しいのだが、俺はこの段階までは既にマスターをしていた。
しかし、この状態を維持し続けるのが、俺にとって非常に厳しい苦痛を伴う。
俺の体質はドライアイ。
明鏡止水は、端から見ると、『目を開けたまま寝ている』状態となる。
瞬きができない状況は、ドライアイにとっては非常に辛い。
目が痛い。
「く···やはり、ゴーグルがなければ無理か···。」
5分ほどがんばったが、体質改善をしなければ、裸眼のままではやはり厳しいようだ。
俺は涙目になりながら、視線を強く感じるようになった魔神を見返した。
目を丸くして、「何をやっているんだ?」という表情の魔神と目が合う。
どうやら、シンキングタイムは終了したようだ。
残念ながら、明鏡止水の完全修得は、次回に持ち越しになってしまったが···。
「君···今、寝ていたよね?」
魔神がようやく話しかけてきた。
「愚問だな。敵か味方かわからない相手を前にして、寝る奴などいないと思うぞ。」
「いや、でも先ほどの君からは、魔力も気力も気配も感じられなかった。」
魔力はないが、気力がないって···俺は仕事に疲れたサラリーマンか?
「そうか?それは器用だな。」
「···どうも、まともに話をするつもりはないようだね。」
「そのつもりなら、ここにとどまったりはしない。何か質問があるようだったから、待っていたんだ。」
「ん···まあ、いいや。君の名前を教えてくれるかな?」
「タイガだ。タイガ・シオタ。」
「タイガイナ、ショタ?」
いてまうぞ、こらっ!
「タイガで良い。そっちは?」
「僕はカリス。君たちの言うところの魔神さ。」
「カリっす?」
ここに魔王の一部が···いや、何でもない。
「カリスだ。失礼じゃないかい?」
まあ、そうだな。ショタの仕返しだがな。
「すまない。ところで、テトリアとは知り合いか?」
「···そうか。やっぱり、テトリアと縁があるんだね。どんな関係なのかな?」
オーラがどうのと言っていた。下手な誤魔化しはしない方が良いだろう。
「俺はもともと、テトリアから分離して生まれた存在らしい。」
俺はこれまでの経緯を説明した。
「ああ···なるほど。それでオーラが似ているんだね。」
「そうなんだろうな。それで、カリスとテトリアの関係は?」
「ふふ、何だと思う?」
カリスは悪戯っ子のように笑っている。
「BL?」
「BL?それは何?」
「イキすぎたお友だち?」
「なんで疑問系なのかわからないけど、彼は僕を封じ込めた張本人だよ。」
む···もしかして、地雷を踏んだのか?
「封じ込められた理由は?」
「さあ?僕の研究の邪魔をした国を滅ぼそうとしたからじゃない?」
うん、きっとそれだな。
キレイな顔をして、ヤンチャとしか言いようがない。
「君とテトリアとの関係は理解したよ。それで、君も僕を封じるつもりなのかな?」
カリスが真顔になって言う。少しヤバい目つきをしている。
「なぜそう思う?」
「うまく精霊族の女の子を逃がしたみたいだしね。戦闘に巻き込まないようにしたんじゃないの?」
「不測の事態が起きた場合の避難措置だ。気を回しすぎだな。」
「そうかな?魔力を上手く隠蔽しているみたいだし、隙をうかがっているようにも感じるけどね。」
少しずつ、カリスの魔力が高まっているようだ。
「隠蔽ね···俺には魔力がないだけなんだが。」
「···そういう冗談は嫌いだよ。」
どうやらこの世界には、本当に魔力がない人間など存在しないようだ。長い年月を生き抜いたカリスが知らないのだから、そうなのだろう。
「そう思うなら、試してみたら良い。他の人を巻き込まないように配慮をしてくれるのなら、全力で魔法を撃ち込んでもらっても良いぞ。」
「···おもしろいことを言うね。」
「本気だぞ。特に抵抗もしない。」
「何が狙い?」
「カリスと仲良くなることかな。」
「さっき言っていたBLってこと?」
いや、それは全力で否定するぞ。
「普通の友人になるというのはどうだ?」
「···良いよ。そのかわり、嘘なら死んでもらうからね。」
「嘘じゃないぞ。」
「わかった。じゃあ、君の言うことが本当なら、僕は君に従属しよう。」
まあ、普通に闘うよりは良いだろう。
「わかった。それを魂の盟約とさせてもらおう。」
「魂の盟約だって!?」
その瞬間、互いの額の辺りが白く瞬いた。
「神格化した者なら理解できるだろう?俺は本気だ。」
魂の盟約とは、その名の通り魂に刻まれる盟約である。この盟約を行った者は、互いに枷がはめられた状態となり、反古をすれば強制的にその内容が執行される。言わば、言霊のようなもの。
神格化した際に身についた神威術だ。神威術とは不思議なもので、自らが行使できる術を知覚できる。俺が使えるものは少ないが、こういった状況では最適な術だと思い、試しに使ってみることにした。
「···そうか。君は神格化しているのか。それにしても、魂の盟約なんて、腹黒い術を持ったものだね。」
「気づいたら使えるようになっていた。別に、性格が腹黒いとかじゃないぞ。」
「神威術の解放は、その者の内面が多分に影響するらしいけどね。」
ケンカ売ってるのか、このヤロウ。
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