第1章 28話 大切な居場所④
奥の事務室から、厳つい男が出てきた。
もしかして···と思っていたら、案の定だ。俺の前に座って、話し出した。
「ギルド周辺の店舗物件を探してるんだよな?この3件しかないぞ。」
そう言って、物件情報が書かれた紙を机に置いてきた。
「あんた誰だ?」
「えっ!ああ、担当を変わったんだよ。」
名前すら名乗らずに、横柄な物言いをするコイツにイラっとしたが、いちいち気にするのもどうかと思ったので、物件情報を見ることにした。
それぞれに販売価格と賃料の両方が載っている。先ほど見てきた物件だけ異常に高い。
「この物件だけ他の3倍くらいの値がついてるのはなぜかな?」
他の2件も面積はそれほど変わらない。立地がギルドから100メートル前後離れてはいるが、普通に考えたら相場というものがあるのに、それを無視した価格としか思えない。
「ああ、それはギルドのすぐ近くだから当然だろ。」
なるほど、と思った。
俺は「ギルド周辺の店舗物件情報が欲しい」とドロシーに言った。その要望に対して、一番条件が良い物件の価格設定を大幅につり上ることで、他の2件にお買い得感を演出するというあこぎな商法だ。おそらく、全部の物件が割増した価格となっているのだろう。
元の世界では、こういった商法を禁止するために宅地建物取引業法などの法律があるが、こちらではないのかもしれない。
「この3件は、すべてここの所有なのかな?」
「当然だ。地売屋なんだから。」
仲介ではなく、販売というわけだ。
仲介は専門家である不動産業者が売主と買主の間に入って値づけや販売、各種手続きを行い、所定の仲介手数料を得る。土地の仕入れが要らない分、物件情報を多く持ち、数を売って稼ぐ。対して、販売は土地を自分のところで仕入れる必要があるために元手が必要だが、売れば利益は高い。ハイリスクハイリターンというやつだ。
地売屋と言うのは、すべて後者なのだろう。この世界ではそれが常識なのかもしれないが、こういった慣習では土地を安く仕入れるために悪質な地上げが常習化する。
今度、チェンバレン大公にこの慣習を改め、適正な取引きがされるための法の制定を進言してみるか。
そんなことを考えていると、地売屋の男が驚きの言葉を告げてきた。
「ギルド近くに店を構えるってんだから武器や防具屋、それか飲食店を考えてるんだろう?この一番高い物件はオススメだぞ。何せ、新しいギルマス補佐が、スレイヤーを斡旋してくれるからな。その分高くても元が取れる。」
新しいギルマス補佐···って、俺じゃねぇか。
おいおいやってくれるな、この野郎。
「ギルマス補佐が、スレイヤーを客として斡旋してくれるって?」
「だからそう言ってるだろ。その費用も入ってるから高いんだよ。あとの商売が成功したようなもんだから、先行投資というやつさ。」
勝手に俺を商売に使うなよ。
「そのギルマス補佐は、知り合いなのか?」
「ああ。昔からのな。」
さて、どうしてやろうか。
この嘘つき野郎。
「契約前に会わせてもらえるのか?」
「忙しくしてるから無理だ。契約後なら頼んでやっても良いがな。」
「···ちなみに、ギルマス補佐にはいくら支払うんだ?」
男は眉間にシワを寄せて、小さな声で答えた。
「販売価格の6割だ。」
なかなかの大金だ。
これって、バレたら職権濫用と収賄罪になるだろう。もちろん冤罪だが。
「そのギルマス補佐ってのは、そんなに力があるのか?」
「なんだよ、知らねえのか?魔族を素手で倒した上に、国一番のスレイヤーであるギルマスを模擬戦で負かしたらしいぜ。言うことを聞かねえ奴なんかいねぇさ。スレイヤーの中じゃ、化物って言われてるらしいしな。」
なんだろう。
なぜかすごく悲しくなってきた。
俺は恐怖の対象なのか?
「何だよ、黙りこくって。こんなに良い物件は他にないぜ。」
「···そのギルマス補佐って、どんな外観をしているんだ?」
「···············。」
「髪は何色だ?」
「·····疑ってるのか?」
男の声には、怒気が含まれていた。都合が悪くなるとコワモテで通すつもりか。
コイツは俺のことを見たこともないんだろう。この辺りでは黒髪は珍しい。知っていれば、俺の外観を見て気づいたはずだ。
「疑ってなんかいないさ。」
「だったら、金が足りないのか?」
表情がさらに険しくなった。
そろそろ潮時だろう。
「ギルマス補佐には何も支払わなくていい。その分を引いた額で買う。」
男は一瞬フリーズし、その後すぐに復活して怒鳴りだす。
「はあ!?てめえ、何をほざいてやがる!!」
店内にいた女性達は、男の剣幕よりも平然としている俺に興味津々といった感じだ。この厳つい男がこういった態度に出るのには、慣れているのだろう。
「本人がそれで良いと言っている。そもそも、俺はお前なんか知らないがな。」
「は?」
俺は身分証とスレイヤー認定証を、目に見える位置にかざした。
水戸黄門の気分だ。
「···なっ···ギルマス補佐···それにランク···S··嘘···。」
男の顔から表情が抜け落ちた。
口と鼻から何かが出てきている。
汚い。
「さてと、人を勝手に利用した奴はどうなると思う?」
俺は拳を鳴らし、口角を吊り上げて笑ってやった。
「ひ···ひいぃぃぃぃー···ほ、本物っ!」
地売屋が青い顔···それに、よだれと鼻水を撒き散らしながら、超高速の後退りをしだした。当然、狭い店内ではそうそう逃げ場はない。
「こ···殺される···。」
あげくは、失禁までする始末···他の女性店員達は、一ヶ所に固まってこちらの様子をうかがっているが、怖がっているというよりも、どちらかと言えば嬉しそうな目線をしている。
「あれが、ギルマス補佐様···。」
「はぁ~、思ったよりも細マッチョ系···良いわぁ···。」
何この人たち···。
とりあえず無視しておこう。
俺は男に話しかけた。
「殺しはしない。だが、簡単には許さないぞ。お前は悪質な営業をした上に、ギルドと俺の名誉を著しく傷つけようとした。死ぬよりも辛い目に合わせてやらないとな。」
「··············。」
震えて涙目になる男。
そんな顔をしても、かわいくはないぞ。むしろ、そんなに怯えるなら最初から人の名前を使うなよな。
男は地売屋の経営者だった。
とりあえず、漏らすものを漏らしたので臭いし汚い。
俺は決裁権を含む全ての権利に関する譲渡書と、ギルドと俺の名前を騙った詐欺行為についての告白文を男に書かせた。
次いで、女性店員4名を呼び、譲受人欄に署名と拇印を押してもらう。これでここにいる全員が、証人及び直接的な関与人となるから、後で文句は言えないだろう。
こちらの世界でも、司法裁判は存在する。
多少脅しを入れた感はあるが、告白文が直筆で、自署のサインもあるので証拠的効力は大きい···と、図書館の本にも書いてあった。
科学的な捜査がない分、旧態依然とした証拠が有効なのだろう。
あとはこの地売屋が所有する全不動産の取得経緯及び取得額をリスト化させた。もともとの帳簿があったので、時間はそれほどかからずに完成する。
こういった手法は、エージェントとして粛清対象の企業を乗っ取ったり、個人を社会的に破滅させる時によく使った。こちらの法については元の世界と似通ったものが多いが、書類関連が簡素なのでそれほどの労力はかからない。
図書館の本にある知識は本当に素晴らしい。
経営者の男は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていたが、完全に諦めたようで躊躇いもせずに書類を作成していった。
完成したリストを見ると、不正とも言える悪質な手段で手に入れたものが5件もあった。
中には今月中の立ち退きを強要している孤児院まである始末だ。
俺は軽蔑の眼差しで男を眺めながら確認をした。
「他にも同じような物件を隠していないよな?もしあるのがバレたら、その時点で即人生が終わると思えよ。」
「あ、ありません!死にたくはないです!!嘘なんか言いませんっ!!!」
とりあえず信じることにした。
過去に遡って、同様のケースをリカバーするのはさすがに厳しかった。
せめて、間に合うものだけでも救済をしておこう。
「購入した価格に3割を上乗せした金額で、俺がすべての物件を買う。出た利益は、そこの女性達を含めた5人で均等に分配しろ。」
「そんな···均等だなんて···。」
「退職金と迷惑料を支払うと思え。俺が購入した不正入手物件は、すべてを元の持ち主に返す。訴えたかったら好きにしていいぞ。」
訴えられるはずがなかった。
地上げ行為は、慣習として罪には問われないのかも知れない。だが、ギルドやその要職の名を無断使用して行った商売については、完全な違法行為だ。
俺は金銭と権利書を引き換えに売買契約を交わし、今後もこの街で商売を続けるつもりなら、まともな商行為を行うように誓約書を書かせた。
地売屋でのやり取りがすべて終わると、俺は土地を買い叩かれ奪われた人達を周り、権利書を返して行くことにした。
予想外だったのは、ほとんどの人達が売却した金額を手元に残しており、権利書を持って行くと、涙を流しながら俺が支払った3割増しの代金と同額を用意してくれたことだ。
事情を聞くと、弱味を握られて脅迫をされたり、嫌がらせに耐えられなくなって、泣く泣く売ることになったという人達ばかりだった。
もっときついお仕置きをした方が良かったのかもしれないな··と思いながらも、不動産を取り戻したことで感謝の言葉をかけられる度に、俺の心は癒された。
「ギルマス補佐様は、神様のような人だ。この世もまだ捨てたものじゃない。」
そうつぶやく老人の言葉を聞いた時には、自分の存在意義が高まった気がした。
なにせ、化物扱いをする奴も多いことだし···。
最後に、立ち退きを強要されている孤児院に行った。
「本当に···本当にここにいて良いの?」
孤児院を運営している人に事情を話して、無償で権利書を渡そうとしていると、孤児の何人かが近くに来てそう言った。
目に涙を浮かべながらそんなことを言う子供達の頭を撫で、
「大丈夫だ。何かあったら俺が守ってやる。だから強くなれ。みんなを守れるくらいにな。」
と、自然と口にしていた。
「本当にありがとうございます。ギルマス補佐様のご厚意は、一生忘れません。」
泣き崩れる人達の中にいるのは苦手だった。感謝の言葉を繰り返されるが、湿っぽいのは遠慮したい。
俺は子供達に手を振って、その場を後にした。
孤児院には亡くなったスレイヤーの子供達もいるという。
公的な補助金だけで運営をしており、経済的にはかなり厳しい状態と言えた。地主の好意で無償で土地を提供されていたが、その地主が老衰で亡くなり、相続人が孤児院の立ち退きの手間も含めて、安く売却をしたらしい。
孤児院の運営者は、権利書を受け取らなかった。
「これはあなたに所有しておいて欲しい。」
と言って、礼だけを述べてきたのだ。
孤児院は広い土地だ。
今後も利権のために狙う奴が出てくるかもしれない。そう考えると、渡さない方が良いとも思えた。
日はすでに暮れかかっていたが、俺はギルドに戻ることにした。
ギルドの前には、格式の高い馬車が駐まっていた。
見覚えのある紋章だったので、持ち主はすぐにわかった。
チェンバレン大公だ。
ギルドホールに行くと、リルが俺に気づいてやってくる。
「タイガ、遅かったのね。チェンバレン大公が、執務室でお待ちよ。」
「わかった。ありがとう。」
特に約束をした覚えはないが···この時間まで、わざわざ待っていてくれたのだろうか?
何の用だろうかと思いながら、執務室に向かう。
扉をノックすると、アッシュが開けてくれた。
「タイガ、待っていたぞ。」
室内に入ると、ソファにはチェンバレン大公とテレジアが座っていた。
「大公閣下、テレジア様、お待たせして申し訳ございません。」
「いや、急に来たのだ。忙しくしているところをこちらこそすまない。」
国のナンバー2にそんな風に言われると、逆に落ち着かない。
「何か急用でしょうか?」
「いいや。私は明朝に王都に向けて出立するのでな。挨拶がてらに寄ったのだ。」
ターナー卿は早々に王都に戻っていた。むしろ、大公がまだこの街にいることを忘れていたくらいだ。
「タイガ様、パーティーに参加をさせていただけると聞いております。ふつつかものですが、よろしくお願い致します。」
大公の隣に座っていたテレジアが立ち上がり、頭を下げてきた。
「テレジア様の実力は、リルからも聞いております。こちらこそ、お力添えいただけて助かります。」
社交辞令って大切。
「その件だが、テレジアのことを頼んだぞ。いろいろな意味を含めてな。」
いろいろな意味って何だよ、大公閣下様。
どうも、この親子は俺にとって危険な気がする。貞操とか、人生とか···俺は長い物には巻かれないぞ。
「はい。パーティーの一員として、最大限に尽力致します。」
遠回しに拒否っておいたが、親子はニコニコしたままだ。鈍感か、おい。
「ところで、魔族3体と闘って負傷したそうだが、もう体は良いのか?」
「ご心配をおかけしました。すでに傷は塞っています。無理をしなければ、数日中にはスレイヤーとして現場復帰しても問題はないかと思います。」
「ふむ。流石だな。」
大公が俺の体に遠慮のない視線を投げてきた。
やめて。
種馬を選別するような目で見るんじゃない。
「本当に流石ですわ。魔族1体でも相当な脅威なのに、3体も1人で倒されたなんて。タイガ様、体が痛むようなら、いつでもおっしゃって下さいね。私が介抱させていただきますわ。」
「ありがとう。大丈夫ですよ。」
介抱はされてみたい気がするが、そのまま伴侶にされそうで怖いんだよ。
ちょうど良い機会だと感じた。
今日を逃せば、大公に市井の状況と課題を進言するタイミングを逃すだろう。
「大公閣下。少し聞いていただきたい事がございます。」
「ん、何かな?」
俺は今日の出来事を話し、地上げによる被害や、地売屋の悪質な商売の実態を大公に伝えた。
「なるほどな。孤児院までそんなことに巻き込まれていたとはな···。」
「孤児院に関しましては、殉職したスレイヤーの子供もおります。今後の運営のために、スレイヤーギルドとしても何か経済的な支援ができないかを、アッシュに相談するつもりでした。しかし、不動産に関する問題は、私どもで何かを是正することはできません。これ以上被害に苛まれる者達が増えつづけないように、何か方法はないものでしょうか?」
真剣な表情で話を聞いていた大公は、しばらくしてこう答えた。
「確かに、今の法は古いものだ。現代の社会に見合ったものに変えていく必要があるかもしれんな。王都に戻ってから検討しよう。」
「ありがとうございます。」
大公は本当に柔軟な考えをしていて助かる。アッシュやテレジアも、このやり取りを見ていて暖かい視線を送ってきていた。
「ところで、君はどうして、そこまで他人に対して優しくあろうとするのだ?」
「おかしいでしょうか?」
「いや、素晴らしいことだと思う。私は知りたいのだ。絶対的な強さと見識を持つ君が、そこまで誠実なままでいられるのが、なぜなのかをね。」
元の世界では、ここまで他人のことを考える視野は持ち合わせてはいなかった。そんな風に変わったのは、単純なことなのだろうと思う。
「私はこの国に···この街に来て、多くの人の優しさに助けられました。単純にここが、自分にとって大切な居場所だと思っているからです。」
大公も、アッシュやテレジアも、俺の答えを聞いて満面の笑みを浮かべていた。
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