中級鑑定士

 ジュジュは、アーヴァインの元で順調に修行を続けていった。

 鑑定の訓練。大量の蔵書を読み知識を蓄えるのがメインの修行だ。さらに、鑑定医になるには人間の身体のことも知らなくてはならない。

 解体書という、ヒトの身体や臓器のことが詳しく書かれた本を読むのが、一番きつかった。


「うぅ……内臓、グロイ」

「戦場に出れば、半日で慣れる。血と臓物の匂いがそこら中からする。医療テントなんて地獄だぞ」

「やめて! って、アーヴァインは経験あるの? 戦場」

「まぁな。鑑定医として同行した……確か、十三の時だ」

「……ほんとですか?」


 ジュジュは十六歳。

 アーヴァインは、十三のころにはすでに鑑定医の資格を持っていた。

 アーヴァインは、ジュジュの頭をポンと叩く。


「そろそろ、中級鑑定士の試験を受けてもいいかもな。ノーマン」

「はい」

「中級鑑定士試験の日取りを調べ、ジュジュの名で応募しろ」

「かしこまりました」

「ちょ、え、マジ!?」

「マジだ。合格したら褒美をやる。何がいい?」

「えー……あのさ、こういう言葉知ってる? 捕らぬ狸の皮算用」

「なんだそれは? とにかく、褒美を考えておけ」


 そう言って、アーヴァインは笑った。

 初めて会った時よりも、ずっと柔らかな笑顔で。

 ジュジュも、アーヴァインと過ごす勉強の時間が好きだった。


「ジュジュ」

「なに? アーヴァイン」

「いや、呼んだだけだ」

「もう、なによそれ」


 二人の距離は近い。

 勉強机に座るジュジュと、傍らに立つアーヴァイン。

 ジュジュは、顔を上げる。そこには、整いすぎた顔立ちのアーヴァインがいる。

 アーヴァインは、ジュジュの髪をそっと掬う。


「な、なに?」

「いや……なんとなく、触りたくなった」

「もう! 女の髪に触れていいのは……」

「触れていいのは?」

「…………っ」


 なぜか照れくさくなり、ジュジュはそっぽ向く。

 アーヴァインは、ジュジュの髪を弄りながら、クスっと笑う。


「決めた。お前が望む褒美と別に、俺からも合格祝いを出そう。ジュジュ、楽しみにしておけ」

「え……」


 ノーマンによると、中級鑑定士試験は十日後。

 ジュジュは十日間、アーヴァインと付きっきりで試験勉強をした。


 ◇◇◇◇◇◇


 鑑定士協会本部。

 中級試験は、ここで行われる。

 本部は、公爵邸よりも小さかった。ジュジュは、建物を見て緊張したりはしなかったが、それでも『試験』という重圧に胸を押しつぶされそうになる。

 ここまで送ってくれたノーマンが、ジュジュに一礼。


「お嬢様。頑張ってください」

「は、はい!」

「公爵様は合格を確信しておられます。ふふ、ちなみに今夜はご馳走ですよ?」

「ご馳走!」


 ノーマンなりに、緊張を和らげようとしてくれていた。

 どこか穏やかで砕けた口調が、ジュジュには心地よい。おかげで、緊張がややほぐれた。

 ジュジュは、貴族令嬢のように、ゆっくりと歩きだす。

 ちなみに、鑑定士は貴族だけじゃない。平民からも多く出る。

 鑑定士に限り、貴族というしがらみや立場は取り払われる。

 協会の受付を済ませ、控室で待つ。

 後は、名前を呼ばれ、試験管の前で鑑定を行う。鑑定の速さ、正確さなどを見られるのだ。

 待つこと三十分……ジュジュの名が呼ばれた。


「試験番号十一番、こちらへ」

「は、はい!」


 試験会場の小部屋へ入ると、数名の試験管が……。


「……え」

「♪」


 そして、驚いた。

 試験管の一人が、カーディウスだったのだ。

 どこか可愛らしいウィンクをすると、すぐに試験管の顔になる。


「それでは十一番。テーブルにある鑑定品を順に鑑定してください」

「……はい!」


 とりあえず、今は鑑定が先。

 たぶん、アーヴァインも知らないだろう……カーディウスはどこか子供っぽいから、きっと驚かせたかったに違いない。

 ジュジュは、愛用のモノクルを手に、試験用の鑑定品を覗き込んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


「…………終わり、です」


 全ての鑑定を終えた。

 鑑定品は宝石や高級そうな調度品がメイン。

 ずっと、宝石の知識や装飾品の勉強をしたおかげで、鑑定はスムーズにできた。

 時間的にも悪くなかったとジュジュは思う。

 すると、カーディウスが言う。


「それでは、結果発表まで控室にてお待ちください」

「は、はい……」


 ジュジュは、精神的に疲労を感じていた。

 フラフラした足取りで、カーディウスが開けたドアをくぐる。

 

「お疲れ様です。きっと合格ですよ」

「……え」


 カーディウスは、にっこり笑った。

 その後、控室でのんびり待っていると、数名の試験官が大きなボードを持って入ってきた。

 ボードが壁に掛けられ、ようやくそれが合格発表のボードだと気付く。

 参加者がボードに殺到。ジュジュも遅れてボードの前へ。

 

「あたしの番号、十一……あ。あった!! あった!! やったぁぁぁ!!」


 ジュジュは合格した。

 貴族令嬢らしからぬ興奮っぷりだった。スカートのままぴょんぴょん跳ね、拳を何度も突き上げている。

 合格者は別室に案内され、今まで使っていた銅製モノクルを返還。新しく、銀製モノクルが手渡された。

 ちなみに、ジュジュに手渡したのは、カーディウスだ。


「おめでとうございます。きっと合格すると思っていましたよ」

「えへへ……」


 そして、ジュジュに顔を近づけ、そっと耳打ち。


「ここだけの話。あなたが最優秀鑑定士でしたよ」

「え」

「ふふ。今度、祝いの品を送りますね」


 カーディウスは、優しく微笑んで一礼した。


 ◇◇◇◇◇◇


 協会の外へ出ると、ライメイレイン家の馬車が止まっていた。

 そこにいたのは、ノーマン。

 ジュジュは気付く。ノーマンは、試験が始まってから終わりまで、ずっとここにいたのだ。

 嬉しさのあまり、ジュジュは走り出す。


「お、お嬢様!?」

「ノーマンさん!! あたし、合格しましたー!!」

「わわっ!? あ、あの」


 なんと、ジュジュはノーマンに飛びついたのだ。

 鍛え抜かれた肉体を持つノーマンは、ジュジュを受け止める……だが、これはまずい。


「あたし、中級試験合格!! 中級鑑定士に!!」

「あ、あの……すみません、離れていただければ」

「えー? だって、嬉しいんだもん!!」

「だったら、その喜びは俺と共有すべきだな」


 と、ノーマンの背後からアーヴァインが現れた。

 ノーマンを見て、どこか黒い笑みを浮かべている。


「ノーマン……」

「だ、旦那様!! あの、これには訳が」

「わかってるわかってる。でも、いつまでくっついている?」

「ジュジュ様!! すぐに離れてください!!」

「えー?」


 ジュジュは喜びしか感じていないのか、しばらくノーマンにくっついたままだった。

 こうして、ジュジュは中級鑑定士となった。

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