55、百合の花

「ちっ」


トランの一室で、杖の先端にある水晶玉をのぞき込んでいたリューズが舌打ちした。

水晶に写っていたリリスの顔は、ボンヤリとかすみがかかり消えてゆく。

巫子が来たら、まもりは強固となりもう見えなくなるだろう。

苦々しい顔で水晶玉をなで、フンと息を吐いた。


「あと少しであったのに。

あと少しで愛し子の魂が手に入れられたというのに口惜しい。

地の神殿の巫子か、イネス……第2巫子、百合の戦士……

フフフ……なるほど、美しき魂よ。

まるで、愛し子と双子のような……これは、下僕を送り込まねば。」


のぞき込んだ時、

突然、水晶玉がまぶしいほどの輝きを放った。


「うあっ、ひっ!」


その輝きに、思わずリューズが顔を手でさえぎる。

すきを突くように、水晶玉の輝きの中から突き出すように手が1本現れ、リューズの首をつかんだ。


「なにっ!」


その手はリューズの首をギリギリと締め上げ、あらがうリューズが引きはがそうとしてもビクともしない。


「お、おのれ!くあっ!ぐうう……」


苦しさに身もだえしながら、杖を離しその手を両手でつかむ。

杖はまるで腕の一部のように、宙に浮いて苦しむあるじの姿を冷たく見ていた。


「は……な…せ!この!!」


恫喝どうかつするリューズの瞳が青く輝く。

すると首をつかむ腕が青い炎を上げ、燃え上がった。


「リューズ様!」


顔の無い部下の魔導師が1人、リューズの声に引き寄せられるように空間に姿を現す。


「この腕、断ち切れ!」


命に従い杖を振り下ろすその顔の無い魔導師は、しかしその腕に触れた瞬間光り輝き、一瞬で無数の百合の花に姿を変えた。


杖を残し、ぱさぱさと百合の花が地に落ち、床にむ。


カラン、カラン、カラカラカラ…………


空虚くうきょな音を立てて、床を杖が転がって行った。


「ぐうっ、し…まった。」


消えた部下に、リューズが苦悶くもんの顔で声を振り絞る。




『なるほど、お前の下僕は神木から作られし者か』




揺れるような声が、あたりに響いた。

腕はゆっくりと首から手を離して、水晶玉へと消えて行く。

腕が消えた瞬間、リューズの杖は地に落ち、水晶玉も元の透き通った色に戻っていった。


「ゴホッゴホッ!はあ、はあ……お、おのれ、ヴァシュラム……

我が力、それで知ったと思うな。」


消えた部下に、口惜しそうに部下の残した杖を手に取り床にたたきつける。

それは自らが生み出した、下僕のよりしろ。

王に1本の巨大な神木を切らせ、それから杖を作らせた。


「ヴァシュラムめ、おどしのつもりか?

くく……ふざけたことを、お前の神殿を襲ってやろうか?巫子どもすべて、皆殺しにしてやろう。」


よろめきながら、首をさすり立ち上がる。

息をついてふと横の鏡に目をやり、小さな悲鳴を上げた。


「ひ、ひっ!……こ、れは!し……しまった!」


慌てて服の前をはだけ、胸を見る。

そこには胸から首にかけ、まるで入れ墨のように百合の花が咲き乱れていた。






レナントの城では、崩れた城の一部の復旧も夕暮れと共に中断し、静かな夜がおとずれていた。

セフィーリアがいなくなった事も知らないリリスの部屋で、すうすう寝息を立てて眠る彼は、身体も楽になり気持ちよく夢を見ていた。


青い空の下、フェリアと手をつなぎ野原を歩く。

さわやかな風が吹き、野には可憐かれんな黄色い花が一面に咲き誇り美しい。

顔を見合わせにっこり笑い、フェリアが指さす場所に座り、持ってきたお弁当を広げる。

ところがお弁当箱は空っぽで、フェリアが怒って泣き出した。

どんなになだめても彼女は泣き止まない。

すると突然、小さな彼女とは思えない体重でのし掛かってきた。


うーん、重い

ごめんなさい、フェリア許して、何か探してくるから…

うーん……重いよ〜〜



ぼんやり、ようやく目が覚めた。

あれ?私はどうしたんだっけ?


ずしっと重い何かを見ると、突然腕が顔におおかぶさってきた。


「うっぷ、こ、これは一体……え?」


「くかーーーっ」


何とか首を回して横を見ると、そこにはよだれをたらした眠るイネスの顔が。



「え?え?ええーー??」


狭いベッドの上、何故かリリスに添い寝するイネスが寝相も悪く爆睡していた。


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