3、ザレルの娘

道を歩く人々の波をすり抜け、そして入り組んだ細い道へと入る。

そろそろ息も上がった所で、振り向くとまだ追ってくる。


「お待ちを!」


「リリス殿!」


相手も年相応に息が上がっている。

切れ切れの声を上げ、舌打ちして男が立ち止まり4人に向けて手を差し伸べた。

その手がかすかに輝きを集めるのを見て、少女が左を指した。


「リーリ!向こうへ!」


「はい!」


方向を変え、ビル間の路地へと4人が消える。


「ちぃ!」


追われる4人は路地へと入ると、リリスがささやくように口ずさみ始めた。


「風よ、風よ我が元へ集え。風よ、我らの盾となり、そして我らの翼となれ!

ルーナ・ビルド!フィード・ラス・ファラス!」


ゴオオオオオオッ!!


突然ビル風が巻き、そして追う二人の前に吹き上げた。


「うわっ!」「くうっ!」


あまりの風圧に顔を覆って後ろに下がる。

同時に4人の身体が、巻き上がる風にフワリと舞い上がった。


「ま、まさか!」


スカートのアイが懸命にスカートを押さえる。


「また空飛ぶのお?!」


「ギャアアア・・・・」


スピードを増して一気に屋上を飛び越え大空へ。

下を見るとビルがニョキニョキ建って、間をアリのように人がうじゃうじゃ歩いている。

キャアキャア悲鳴を上げ続けるアイ達をよそに、リリスは涼しい顔であたりを見下ろした。


「あちらに降りましょうか。」


「でぱあとじゃ!デパートが良いぞ!」


「ハイハイ、承知いたしました。」


やがて近くのデパートの屋上庭園へと、柵を越えて着地する。


「ふう」


「はあ、はあ、ちょ、ちょっとこんな目立つ所……」


目を丸くして、それを偶然見た子供の遊び場で遊ぶ子供達の目が点になる。

リリスがニッコリ笑い、そして少女を降ろして服を払った。


「さ、参りましょう。」


「おお!わしはパフェが食べたい!のう、のう、リーリ。」


「ハイ、参りましょう。」


アイとヨーコもどうした物か、子供達にニッコリ微笑みあとをついて行く。

4人が屋上をあとにしたのを見送って、子供は慌てて友人と話し込んでいる母親に駆け寄った。




デパートの中を4人で歩いて行く。

手をつないだ少女に引かれ、やや振り回されている感じのリリスも楽しそうだ。

やはりリリスの容姿は目立つのか、人々の視線もいつもよりやけに気になった。

それでもこの世界では、赤い髪も色違いの目もあまり気にならない。アトラーナでみ嫌われる彼も、こちらでは解放されるのかもしれない。


「でもさ、なんだか変な感じ。リリスとデパートを歩いてるなんてさ。」


「ほんと、こっちで暮らしてるの?」


「ええ、最近参りました。」


「リーリ、あっちじゃ、パフェがある!大きいのがいいぞ!」


少女が彼の手を引き、喫茶店と急ぐ。

ちょうど空いた時間で、入ると目立たない席に座った。




「うまいのう、リーリは食べないのか、そうか。わしがリーリの分まで食べてやろうぞ。」


「フェリア様、お腹を壊しますよ。」


「わしの腹はいまだ壊れたことなど無い!」


高飛車な少女に、リリスもやや手を焼いている。

しかし、こうして前に座るリリスの姿に、アイとヨーコはしばし言葉を探していた。


「……なんかさあ、リリス……また美少年レベル上がったよね。」


「ウン、ちょっと大人びた感じだからかな。髪も伸びたよね。」


「いえ、あまり変わった所はないつもりですが。

髪は母上様が長い方がいいから切るなと何度もおっしゃるものですから。」


なるほど。


「で、この子は?どうしてこっちの世界に来てるの?」


核心かくしんをヨーコがついた。

リリスが紅茶を一口飲んで、カップを静かに降ろす。

手袋を外した手は白く、以前より荒れた様子も見受けられない。綺麗な手だ。

師が母親宣言をして、待遇たいぐうが良くなったのだろう。以前は下働きのせいなのか、ひどく荒れていた。


「フェリア様は……あの……」


「わしはリーリの妹になるのじゃ。ま、一応な。でも大きゅうなったらムコにすると決めておる。」


ベロンとクリームをなめる。


「ああ、はしたのうございますよ。」


彼女の口の端に付いたクリームを、リリスがハンカチで拭き取った。


「えーと、妹っていたっけ?」


「いえ、フェリア様はお師様とザレルの間にお生まれになったお子様です。」


「ザ、ザレルの娘えーー!!」


愕然がくぜんと、アイ達がマジマジ見る。


「美女と野獣ねえ、まさに。」


驚く二人を、フェリアがにらんだ。


「お父ちゃまを野獣とは何じゃ!無礼者!」


クリームいっぱいのスプーンをビシッと二人に向け、ピョンと椅子に飛び上がる。


「お父ちゃまは騎士の中の騎士ぞ!お父ちゃまを悪く言うと……」


「フェリア様、これ以上粗相そそうなさるとリリスは怒りますよ。」


ぎくっ


リリスの一声に高飛車少女の顔が引きつり、そうっと椅子を降りてパンパンと座席を払う。

そして大人しく座りパフェをつついた。


「わしはイイ子じゃ、リーリも大好きじゃ。」


エヘッと可愛くニッコリ。

リリスが大きくため息をついた。


「でもさ、じゃあこの子一体いくつ?」


どう見ても1才未満に見えないけれど。


「何しろお師様の…精霊王のお子様ですから。」


「なるほど」


妙に納得していた。

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