転校先の小学校で除け者扱いされている銀髪の女がいたから嫌がらせをし続けて数年後、「大好き」だと告白された

木の芽

転校先の小学校で除け者扱いされている銀髪の女がいたから嫌がらせをし続けて数年後、「大好き」だと告白された

 うちのクラスには除け者にされている女がいる。


 銀色の髪をしていて赤い眼だから『化け物』なんて呼ばれて嫌われているあいつはいつも一人だ。


 転校してきたばかりの俺は事情を知らないので聞いてみると、クラスのボス的な奴とケンカしてから無視されるようになったらしい。


 つまり、あいつがひどい目に遭っても誰も困らないってわけだ。


「クククッ、ターゲットは決まりだな」


 俺は人の嫌がることをするのが好きだった。


 前の学校でも銀髪女とよく似た女子をいじめてやっていたのだ。


 そいつは俺の前では気丈に笑顔で振るまっていたが、内心は屈辱だっただろう。


 いま思い出しても笑ってしまうぜ。


 そして、やってきた放課後。俺は奴の席へと向かう。


「おい、お前!」


「…………」


 ほう、この俺を無視するとはいい根性じゃないか。


 ジッと下を向いたまま座っている女に近づき、もう一度声をかけてやる。


「おい、お前。呼んでいるのになんで返事しないんだ?」


「……えっ、わ、私?」


「そうだ。お前以外に誰がいる」


「ご、ごめんなさい……」


 うじうじと謝る銀髪。赤い瞳の下にはうっすらとクマがみてとれる。


 この態度を見る限り、こいつをいじめるのは簡単そうだ。


 きっと抵抗する気力さえない。


 まさに絶好のカモ。


 ニヤリと笑った俺はさっそく行動に移すことにした。


「俺の名前は細山聡一ほそやまそういち! 銀髪。名前はなんていうんだ?」


「り、凜々花りりか……です」


「そうか。おら、凜々花! 俺についてこい!」


「えっ? えっ?」


 彼女の手を引いて教室を出る。予想通り、彼女は抵抗する素振りすら見せずにされるがままだ。


「あ、あの……ど、どこいくの……?」


「俺の家だ!」


「き、君のお家……? なんで……?」


「そんなの決まっている。お前と遊ぶためだよ」


 そう言うと凜々花は目をパチパチとさせて驚いていた。


 心底信じられないという表情をしている。


 クククッ、俺は他の奴らから聞いて知ってるんだぜ、凜々花。


 お前が『ぼっち』ってことをな。


 同じ『ぼっち』の俺の兄が言っていた。『ぼっち』ってのは好んで一人を貫く気高き人間らしい。


 だから、俺はお前に一人の時間を作らせないことに決めたんだ。


 一人になりたいのに、ずっと俺に付きまとわれる。


 これはお前には辛いだろう? 今の表情がそれを物語っているぜ。


「い、いいの? 私と遊んでくれるの?」


「ああ。それも毎日だ。まさか文句はないよなぁ?」


「う、うん! あ、遊びたい!」


 ほう……多少は見どころがあるみたいだな。


 しかし、そうやって笑っていられるのも今の内だぜ。


 こんなのはまだまだ序の口。


 楽しみで仕方ないな。これからお前が苦しむ姿を見るのがよぉ……! 




    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あの日から俺はよく凜々花を連れまわすようになった。


 ギャアギャアと凜々花をいじめる俺を止めようと「そいつに関わるな!」とか正義感の強いツインテールが言ってきたが、そんなのは無視だ。


 悪の道を突き進む俺を誰も止めることはできない。逆に言い返してやったね。


「俺は俺の意思で凜々花と一緒に居る! 邪魔するなら容赦しねぇ!」ってな! 


 あの時のツインテの呆けた顔は傑作だったね。


 所詮、口だけの正義だったってわけだ。


 いちばん心配だったのは凜々花が「俺からのいじめが辛い」と暴露することだったが、そんなことはなかった。


 クククッ、どうやら日ごろの行いで俺に逆らえばどんなひどい目に遭うのか、ちゃんと理解しているみたいだな。


 こいつはちょっと前と違って、目にかかるくらい伸ばしていた前髪を切っている。


 その姿を見せられた時、思わず「(瞳が)きれいだ……」と呟いてしまったのは一生の不覚だった。


 凜々花の透き通る赤い瞳があればもっと恐れられると常々考えていたせいでポロっと漏れてしまったのだ。


 ……ちっ、俺の黒歴史はもうどうでもいいだろう。


 それに凜々花のようにハーフではなくとも、俺は自分の容姿を気に入っているのでな! 


「今日はお家でなにする、聡一?」


 首をこてんと倒して尋ねてくる凜々花。


 いじめられていると悟られないように下の名前で呼ぶようにさせていた。


 あくまで部外者からすれば、ただの仲良しにしか見えないという素晴らしい作戦だ。


 自分の頭脳が恐ろしいぜ。


 今日は金曜日。つまり、明日は休みだ。


 俺はついに新しい手札を切ることにした。


「いいや、今日はお前の家に帰れ」


「えっ……」


 ニコニコしていた凜々花の表情が一気に曇る。


 そんな嫌がる演技をしてもバレバレだ。


「なんだ、わからないのか?」


「わ、わからないよ? 私なにかしちゃった?」


「俺がただお前を帰すわけないだろ。凜々花、泊まる準備をしてから俺の家に来い」


「泊まる……そ、それって」


「気づいたか。そうだ。今週の土日は俺の家に泊まってもらうぜ!」


「わかった! すぐにママにお話して聡一の家に行くね!」


「お、おう……って、もう行っちまいやがった」


 えらく物分かりのいいやつだ。


 いや、違うな。凜々花は俺に表情を見られるのを恐れたんだ。


 嫌がる顔をしたらもっとひどいことをされると予想して、事前に回避したわけか。


 なかなかやるじゃねか。やはり簡単にいじめられる奴は面白くないからな。


 俺もますます腕が鳴るってもんだ。


 学校でも放課後でも自分の時間が奪われ、唯一の平穏だった休日まで俺との遊びに付き合わされる。


 これからは休日も遠慮なく誘っていく方針だ。


「さぁ、地獄の幕開けだぜ!」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 あの後、凜々花は本当にすぐに準備を終えて、俺の家までやってきた。


 ゆっくりやってくるかと予想していたから意外だったな。


 もっと驚いたのは凜々花の母親まで来たことだ。


 しまった。まさか親に告げ口するとは……! 


 今まで誰にもいじめられている事実を相談していなかったから油断していた。


 怒られることを覚悟する。


 しかし、彼女の母親はずっと笑顔で最後には「リリカをヨロシクね」と告げて帰った。


「あ、あれ……?」


「どうしたの、聡一? はやくゲームしよ?」


「お、おう、そうだな!」


 勝手知ったる他人の家で凜々花は俺の手を引き、リビングまで向かう。


 思った以上にこいつは俺を恐れているというわけか。


 この反応ならばもっと過激なことをしても、凜々花は文句を言わないんじゃないか? 


 クククッ、すでに地の利は俺にある。


 なにをしてもあいつは逃げられない! 


 定位置であるソファに座った凜々花。いつも通りなら俺は床に直接腰を下ろすのだが、今日は違う。


 握りこぶし一つ入るか入らないかの距離で凜々花の隣に座ってやった。


「ふえっ!? そそそ聡一!? ど、どうしたの、急に!?」


「おいおい、俺たちの仲だろ? まさか……嫌だってことはないよなぁ?」


「も、もちろんそんなことないよ!? むしろ嬉しいし、ずっとこのままが……」


「あん? なんか言ったか?」


「う、ううん! なんでも!」


 口ではこう言っているが動揺しているのはすぐにわかった。


 現に凜々花は俺より得意なはずのゲームさえミスを犯している。


 クククッ、俺は知ってるぜ、凜々花。


 女は男に近寄られたり、体に触れられるのが嫌なんだよなぁ? 


 普通なら躊躇う行為でも俺は容赦なく行える男だ。


 この後もまだまだ弾は用意している。


 ゲームを終えた俺たちは風呂に入り、母さんが作ってくれた飯を食った。


 時は流れてリビングで借りてきた映画を見ている。


 流行りのホラー映画だ。俺は自分自身がこの世で一番怖い存在だと思っているので全く恐怖心はない。


「結構面白いな」


「そ、そうだね。全然怖くなぴゃっ!? ……怖くないし」


「なんだよ。めちゃくちゃ怖がってんじゃねぇか」


「しょ、しょうがないもん! そんなに平気な聡一がおかしいの!」


「……仕方ねぇなぁ」


 そう言って俺は凜々花に手を差し出す。


「怖いなら握っててもいいぜ?」


 俺から無理やり握るのもいいが、あえて凜々花に選択肢を与える。


 自ら進んで異性である俺の手を握るなんて、絶対に屈辱的なはずだ。


 別に拒否すればそれはそれで構わない。こいつはひとりビクビクとおびえながら映画を見続けることになるだろう。


「……ありがとう」


『GYAAAAA!!』


 ちっ。凜々花が何か言ったが、映画の叫び声と被って聞き取れなかった。


 まぁ、いい。どうぜ文句でも垂れていたんだろうが、こいつは俺の手を握った。


 絶対に途中で外れないようがっちりと握りしめる。


「……聡一?」


「なんだ? 離してほしいのか?」


「……ううん。今日はこのままがいい」


「そうか。なら、勝手にしろ」


 強がりを言って生意気な奴め。


 もっと嫌そうな顔しろってんだ、面白くねぇ。


 だが、それもいつまでも続くわけないか。


 映画が終わればさっさと離れるだろ。


 しかし、凜々花は必要な時以外、手を離さず──なんなら自分からつないできた──寝るときも俺たちはつながったままだった。





 それからも俺は凜々花が嫌がるであろうことをし続けてきた。




「クククッ、凜々花! 明日からは毎朝俺を起こしに来い!」


「一緒に登校だね! わかった!」




 だが、こいつは俺の前でずっと笑顔のままで一つも嫌な顔をしない。




「凜々花。俺はこの高校へ行くぞ。もちろん付いてくるよな?」


「うん、知ってるよ。ちゃんと受験対策もばっちりだから、一緒に勉強しようねっ」


「えっ、あっ、おう……」




 それどころか中学、高校まで俺と同じ場所に通っている。





「また告白された?」


「うん。もちろん断ったけど」


「前から思っていたが、ちゃんと理由はあるのか?」


「もちろんだよ。私、好きな人いるもん」


「意外だな。まぁ、それに関しては文句は言わん。好きにしたらいい」


「……ちぇっ。ここは『ならば俺と付き合え』とか言わないんだよなぁ、聡一」


「何か言ったか?」


「ううん、なにも!」




 途中から俺の方が凜々花が泣く顔を見ようと躍起になっていた。





「おーい、聡一っ。朝だよ、起きて?」


 耳元で聞きなれた声がする。瞼をこすると昔よりもさらに髪が伸びた凜々花がいた。


「なんだ、凜々花か。……ということはもう朝か?」


「また夜更かししたんでしょ。ちゃんと寝ないとダメだよ」


「安心しろ。ちゃんと6時間は寝ている」


 それに夜更かししてもお前が毎朝起こしに来るからな。


 わざわざ朝に家まで来て世話するなんて嫌だろうと思って提案したのに、こいつは一度も約束を破ったことがない。


 なんなら嬉々として朝食まで作っている。


 両親はすでに仕事へ行き、この時間は俺と凜々花の二人きりだ。


「どうかな? 美味しい?」


 彼女が焼いたハンバーグを食べる俺にいつも感想を求める凜々花。


 初めて手料理を食べた時から俺の感想は変わらない。


「……うめぇよ」


 ここでマズイというのは簡単だろう。


 だが、それはあまりにも美しくない。


 あくまで俺が主導権を握り、彼女を泣かせなければ事実上の敗北なのだ。


「そっか。よかった」


 そう言って、彼女はいつも微笑みを浮かべる。


「……可愛い、か」


 今の笑顔でクラス中の男子連中はいっせいにそうつぶやくだろう。


 凜々花はモテる。特に中学二年あたりから告白されまくっているのは知っていた。


 小さいころからずっとそばにいる俺としては疑問符が浮かぶのだが、どうも奴らには違うらしい。


 まぁ、外見だけ見れば「可愛い」というのはうなずけるが……ん? 


 カランと箸が落ちる音がしたと思えば凜々花はなんとも間抜けな顔で固まっていた。


「い、いま、なんて言ったの?」


「可愛い……だが、それがどうしたか?」


「ほ、本当に? 私、可愛い?」


「嘘をついてどうする」


 内面を考慮すればもちろん可愛くないが。


「そ、そっか。えへへ……」


 次から次へと表情がコロコロ変わって忙しい奴だ。


 俺が本当に見たい顔はしないくせに。


「……うん。今なら言える」


「ごちそうさまでした。おい、凜々花。ぼさっとしてたらおいていくぞ」


「聡一!」


「うぉっ!?」


 食器を運び終えて戻ろうとしたところを凜々花に捕まる。


 腕を引っ張られ、ドンと壁と凜々花との間に挟まれた。


 俺より身長が低い凜々花が両腕を突っ張ってるせいで逃げることもできない。


「……聡一」


「なんだ? 圧が強いんだが……」


「前からずっと言いたかったことがあるの」


「聞くから解放しろ」


「いや。絶対に逃がさないから」


 そう告げる彼女の瞳は今まで見た覚えがないほど真剣味を帯びていた。


 向かい合う俺もゴクリとつばを飲み込む。


 頬を赤く染めた凜々花はゆっくりと息を吸って、口を開く。


「あの時からずっと好き。私と付き合って」


 ……は? 


 聞きまちがいだろうか。


 こいつ、いま俺のことを好きって言ったか? 


 いやいやいや、ありえない。


 俺は凜々花に好かれるようなことなんて今まで一度もしてないのだから。


 ……ははーん、なるほど。読めたぞ。


 凜々花は常々愚痴を漏らしていた。


『好きな人以外からの告白なんてもらっても辛いだけ』と。


 つまり、これは彼女なりの意趣返しなのだ。


 私から告白されるなんて嫌でしょ? と一丁前にやり返してきたわけか。


 クククッ、バカめ……! 


 俺がその考えに気づかないとでも? 


 何年間、一緒に過ごしていると思っているんだ? 


 凜々花の考えることなんて普段からすべてお見通し。


 だったら、俺の答えは一つ。


 同じ言葉をそっくりそのまま返してやるだけだ! 


「俺も凜々花が好きだ」


「……え、本当?」


「さっきも言ったが必要のない嘘をついてどうする」


「じゃ、じゃあ、私と付き合ってくれるの?」


「ああ。お前さえよければなぁ? いまさら取り消すなんてでき──」


「するわけないじゃん! やったー! 今日から恋人同士だね、聡一!」


「お、おお。そうだな」


「腕を組んで堂々と登校できるし、クラスでもイチャイチャできるね!」


「そ、それは違うんじゃ」


「それじゃあ、さっそく学校行こうー! みんなにも報告しなくちゃ!」


「あっ、おい! バカ、待て! バッグ持ってないだろうが!」


 それから事態は急展開を迎えた。





「私たち、やっと付き合うことになりましたー!」


「わぁっ! 凜々花ちゃんおめでとー!」


「そんな!? リア充爆発しろ、細山ぁぁ!!」




 教室での大胆な告白により、手荒い祝福を受け。




「「「おめでとー!!!」」」


「やったわね、凜々花ちゃん!」


「うちの息子を頼むよ……!」


「リリカ、ソウイチ……シアワセになるんだよっ!」


「聡一君なら安心して娘を任せられるよ。はっはっは!」




 家に帰ると両家族がクラッカーを鳴らし、祝いの席を設けていて。




「これからは毎日ここで一緒にいろんな遊びをしようね、聡一?」


 買い与えられ、俺たちが住むことになったマンションの一室。


 凜々花は俺の手を握りながら、出会いの時を思いださせるような言葉を口にした。




「えへへ……大好きっ」




 そのとき、俺は初めて彼女が涙を流す瞬間を目にする。


 いや、願いは叶ったけど、そんな嬉し泣きした顔は望んでないんだよ!?


 どうしてこうなったんだぁぁぁ!?


 それから俺は流れに流され、凜々花と結婚し、一姫二太郎の順に子供を授かって、幸せそうに微笑む彼女と一生を過ごしたのであった。

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