第15話 親友たちの恋路

 昼食を終え、支払いを済ませてから四人は店を出る。

 午後は陽菜の提案で商店街を回って買い物をしていく事になった。ここでも相変わらず二人の世界を作る翔と陽菜。一応の目的として祐介と香に二人の時間を作る事があったのだが、後になるほどそれを忘れ、純粋に楽しむようになっていた。


 恋人たちが一時間ほどかけて一つのペアネックレスを選んだ時だった。


「あれ、グラヴィスさんじゃね?」


 香が二人のネックレスを羨ましそうに見ている傍らで、祐介が遠くを見ながら言った。


「え?」


 流石の翔たち二人も気が付いて驚き、そちらを向く。声を漏らしたのは翔だ。

 ――あ、ほんとだ。一緒にいるのは、奥さんとお子さんかな?


 城では厳めしい顔をしていることの多いグラヴィスだが、今翔たちの視線の先にいる彼は穏やかな笑みを家族へ向けていた。彼の妻も影のない笑みを返し、子どもたちは楽し気に笑っている。手を繋いで歩く様は地球の貴族観からすれば違和感のあるものかもしれないが、四人にとっての一つの理想がそこにあった。彼らは無意識のうちにそれぞれの思い人へと寄り添う。

 グラヴィスの一家団欒に見入っていた翔の袖を誰かが引っ張った。


「翔、チャンス!」


 声を落とし、陽菜が言う。

 一瞬何のことか分からなかった翔だが、すぐにハッとなって頷いた。

 ぼうっとあちらを見る祐介たちに気付かれないよう、気配を殺し、静かに距離をとる二人。前日に話し合っていた、計画の最終段階だった。


 二人が十分に離れ、姿を隠したころ、祐介が気が付いた。慌てて周囲を見渡すが、当然見つからない。遅れて気が付いた香も共に探して回る。しかし翔たちは意図的に隠れているのだから徒労にしかならない。

 ここまで来ると祐介も香も薄らと翔たちの思惑を察する。ターゲット二人は横目でお互いをちらと見て、徐々に顔を紅く染めていく。それから何かを話し合うような素振りを見せた後、翔たちに背を向けて歩き出した。


「ここまでは上手くいったね」

「うん。でも、祐介だからなぁ」


 普段は積極的で頼りになるくせして自分の事になると途端に控え目になる祐介。三人兄弟の長男だからなのか、彼は自分のことを後回しにする節があった。翔に彼を頼る事を戸惑わせる悪癖だ。それを思い、遠くを見るような目をする翔。

 陽菜もそのすぐ隣で、確かに、と呟いていた。彼女の内に香への懸念もあったのは言うまでもない。


「兄ちゃんたち、あっちの兄ちゃんと嬢ちゃんをくっつけたいのか?」


 物陰から顔だけを出す形で祐介たちの様子を見守っていた二人に、後ろからそんな声がかけられる。え、と驚いて二人が振り返ると、金属のヘラを持った五十前後の男が鋭い視線を向けてきていた。

 ――あ、ここ、屋台だ……。


「ご、ごめんなさい!」

「ごめんなさい!」

「いいから。で、どうなんだ?」


 慌てて謝る翔と陽菜に、屋台の店主は改めて問う。


「えっと、はい」

「そうかそうか。よし。お前ら! 聞いたな!」

「おう!」

「腕が鳴るわね!」


 店主の掛け声に反応し声を上げたのは周囲の屋台を切り盛りしていた人々だ。


「あんた! 他の人らにも伝えてきな!」

「任せとけ!」


 突然の事に困惑する二人を差し置いて事態は動いていく。


「兄ちゃんたち、ワシらも協力するぜ!」


 指示を出し終えてからようやく、店主は翔たちにそう告げた。ニカッと笑う彼に、翔たちは礼をいう事しかできなかった。


 二人切りになった祐介と香は、宛てもなく商店街をぶらついていた。時折商店に立ち寄っては店員にデートかと問われ、ペアグッズや相手への贈り物を勧められる。そしてその度に、夕方街の東にある高台で夕日を見るといいと言われるのだ。

 翔と陽菜はその様子を屋台の内にかくまわれながら見ていた。


「な、なんか思った以上に凄いことになっちゃったね」

「でも、これなら流石の祐介たちでも進展があるんじゃないかな? ……たぶん」


 覗き見る先では祐介が香へのプレゼントを勧められ、悩んだ挙句断っていた。そんな光景を見せられては、翔も言い切ることは出来ない。それでも件の高台には向かおうとしていると商店街の人に聞いて、二人は俄かに期待を高めた。

 そして、夕日を見に高台へ行くならばそろそろ移動を開始しなければいけないという頃。二人のじっと見つめる中、祐介がこっそりと何かを買って、〈ストレージ〉にしまっていた。


「陽菜、今の見た?」

「勿論!」


 祐介たちがその店を出たのを確認すると、二人は急いで祐介の買ったものを確認しに行く。店員の女性も協力者である為、翔たちを見てすぐにその目的を察した。


「彼なら、妖精銀ミスリル製のペアネックレスを買っていきましたよ。八分音符をかたどった、合わせられるようになったやつ」


 翔の脳裏に浮かんだのは、音楽の授業で習った連桁れんこう付き八分音符だった。

 ――ああ、音成さんが吹奏楽部だからかな?


「祐介君、割といいチョイス。香ちゃん、そういうの好きだから」

「そうなんだ」

「さっきも私たちのこれ、羨ましそうに見てたし」


 そう言って陽菜は首元のネックレスを触る。猫を象ったそれは祐介たちを尾行している間に翔に掛けてもらったものだ。翔のものと合わせると、尻尾が小さなハートになるように作られている。

 ――流石、よく見てるね。


 二人は女性にお礼を言うと、急ぎ足で二人を追った。

 林道を上って行ったそこは、中央に噴水があり、周囲にいくつかベンチが用意された石造りの広場だった。

 翔と陽菜は林道の境付近にある茂みに身を潜め、夕日を眺める二人をじっと見る。距離は多少あったが、異世界に来て強化された翔たちの聴覚ならばギリギリ何を言っているのか聞き取れた。


「――綺麗、だね。祐介君」

「お、おう。そう、だな」


 祐介は明らかに挙動不審だった。当然香も気が付いている。

 しかし両片思いにある二人だ。香は祐介のその様子にちらちらと期待の眼差しを向けつつ、何も言及しない。

 ――祐介、頑張れ!


 翔は内心で声援を送りつつ、固唾を呑んで二人を見守る。それは陽菜も同様だ。胸元でぐっと拳を握り、喉を鳴らしている。

 結果はもう知れているのだから、後は思いを告げるのみ。そうは言っても、当人からすれば上手くいくか分からない、一種の賭けだ。暫く互いの様子を探るような沈黙が続く。

 やがて緊張に耐えかねたのか、祐介が口を開いた。


「翔たちもっ! 来れば良かったのにな! どこにいるんだろうな?」


 最後の言葉は、明らかに隠れている翔たちへ向けたものだった。視線があちらこちらへ動き、盗み見ている筈の親友の姿を探す。

 そのSOSはしっかりと翔たちに伝わっていたが、彼らが姿を見せるはずがない。


「そ、そうだね! どこにいるんだろうねー!」


 香も声を少し大きくしたのだから、つい、さっさと思いを伝えてしまえばいいのに、と助けを求められた側は思ってしまう。それくらいに、今の二人は情意投合だった。


「まったく、また二人の世界を作ってるんだろうなー!」

「ねー!」


 若干棒読みになりながら二人はそうして声を張り上げる。それから暫く待っても翔たちが出てこないのを確認すると、諦めたのか、そっと視線を夕日に戻した。


「……」

「……」


 再び沈黙がその場を支配する。

 二つ目の陽がどんどんと沈んでいく。もう一時間もしないうちに完全に地平線の向こうへと消えてしまうだろう。


「ほら、早く!」


 痺れを切らし、陽菜が小さくそう漏らす。

 これが聞こえたわけでなかったが、祐介が深呼吸をして、ようやく口を開いた。


「その、香! 話が、あるんだ」

「……何?」


 香は後ろで手を組み、少し俯いて聞き返す。二人の顔は、夕日に朱く染まってよく見えない。


「俺、ずっと思ってた事があって……」


 祐介は胸にその大きな手を当て、もう一度深呼吸をする。


「俺、俺……香と!」


 喉元で詰まった言葉を絞り出す為に、大きく息を吸い込む。


「香と、一緒に、防衛戦を頑張れたらなって!」

「……え?」

「ほ、ほら、翔が安心して全力で魔王と戦えるようにさ! 俺らが頑張ってこの国を守らないとなって思ってさ!」


 早口で捲し立てるように言う祐介。香は暫くきょとん、としていたが、やがてくすくすと笑い、そうだね、と笑う。


「……陽菜、どう思う?」

「……これは、今日はもう駄目じゃないかな?」

「だよね……」


 翔と陽菜は大きくため息を吐き、立ち上がって二人のもとへ向かう。


「せめてネックレスくらい渡せばいいのにね」

「だよね」


 情けない親友に呆れつつ、彼らはふっと頬を緩める。


「せっかく商店街の人たちが協力してくれたけど、祐介たちはこのままゆっくりでいいのかもね」

「私的には、早く結ばれて欲しいけどね。堂々とダブルデートしてみたいし」


 そんなことを言って若干膨れる陽菜に、翔は微笑む。

 ――それにしても、いい人たちだったな。街のみんな。


「陽菜、俺さ」

「うん?」

「陽菜や祐介たちと日本に帰りたいって思いだけで頑張ってきてたけど、今日、ちょっと思ったんだ。この国の人たちの為にも頑張って、魔王を倒したいって」


 翔は前を見たまま、そう言う。陽菜は目をぱちくりとさせた後、その真っ直ぐな目を見て頬を緩ませた。


「いいんじゃないかな? 私も、そうしたい。頑張ろうね!」

「うん!」


 祐介たちが二人に気が付き、それぞれに泣きついたのは、その数瞬後の事だった。


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