第16話 最強イベ、復活祭はじまる
「…ユリウス司祭!」
「レアルド様、ヴィヴィアン様…それに、ヘルト・グランシア。ごきげんよう」
このハルベルンにおいて、王族に次いで同等か、それ以上の権力を持つ機関が存在する。それが、女神アロンダイトに仕える女神神殿の聖職者たちである。
女神神殿の頂点に立つ大司教や司祭は、政治や国の荒事に一切をかかわりを持たない代わりに神事の一切を取り仕切る。女神の神官となる王族とはまた違う役割を持っているのだ。
また、その中でも神殿の外部と内部に絶大な力を誇るフォスターチ家は、王族ですらその力に対抗できぬほど強大だった。
無言で跪いたヘルトを見ながら、ユリウスは微笑んだ。
「レアルド様、先ほどからお三方の様子を拝見させていただいておりましたが‥今回は、明らかに殿下の方が非があるようにお見受けします。」
「なんだと…!」
「もうおやめください!レアルド様!!私も聞いてて心が痛みますわ‥!」
「ヴィヴィアン」
二人のやり取りを横目で見ながら、ヘルトは顔をしかめた。
「…誰かを驕慢な態度で見下す権利など、誰も持ち合わせてはいない‥ヘルト、あなたは間違っておりません。…ここは引くべきでは?レアルド様」
「‥フン。行こう、ヴィー」
「‥は、はい」
「‥‥‥」
走り去る二人を見ながら、ユリウスは息を吐いた。
「顔をあげてください、ヘルト・グランシア」
「…ユリウス猊下…」
「それにしても、貴公がここまで怒るとは、その妹君は幸せ者ですね。…貴方の噂は王国騎士団と関りが薄い神殿にも聞き及んでいますよ。…慧眼の騎士、と」
「勿体なきお言葉、ありがとうございます」
「いいえ。…それにしても」
「ユリウス猊下?」
ユリウスは、ヴィヴィアンが走り去った方をじっと見つめていたが、やがて
少し震える肩を抱くと、その場によろよろと崩れ落ちた。
「?!一体、どう…」
「あの方が、聖女様…ですか」
見れば、何か恐ろしい物でも見たかのように表情は硬く、青ざめていた。
「…大丈夫ですか?」
「ええ…私は 大丈夫。それにしても…レアルド様は昔から、あのように公私を混同される方だったでしょうか…?」
「え?あ、さ‥さあ。でもあの聖女様とは恋人同士という噂もあるようですが…」
「‥それは、なんと恐ろしい」
(恐ろしい?)
聞きながら、ヘルトは次期教皇とも称される人物の口から出たことの方が恐ろしかった。
「…さあ、もう責務にお戻りを」
「?はっ」
心配そうに振り返るヘルトに軽く会釈して、ユリウスはため息をつく。
(あの娘が、女神の再来といわれる巫女…?あれが?)
去り際にヴィヴィアンが見せたその、表情。
そして…ユリウスの瞳には、ヴィヴィアンという女性はまるで聖女とはかけ離れたような異様な姿で映っている。
(彼女は女神などではない、まるで…)
**
(な、何あの態度…)
巫女であるヴィヴィアンは、女神アロンダイトを迎える為に白いドレスに着替えを済まし、控えの間でレアルドを待つ。毎年行われる『復活祭』は、成人を迎えた18歳以上の王族の男子と、女神神殿により選ばれた巫女が主役となる。
本来ならば清らかな心で挑まねばならないのだが、今の結奈はそれ以上に気になることがあった。
(ヒロインなんだから、ユリウスはもっと私に優しくするべきじゃない?)
何度パラメータを見ても、好感度に変化はない。
「どうして…」
すると、遠くで甲高い鐘が音が鳴り響く。
「!もう、始まるのね…」
「ヴィー」
「レアルド様」
やって来たのは、同じく真っ白い衣装を着たレアルドだった。
王家の神官らしく、白いマントに銀糸の刺繍のタブレットを纏ったその姿は、まさにゲームの王子のヴィジュアルそのもの。
思わず結奈はうっとりと目を細めた。
(嬉しい…このイベ、大好きなのよね!体験できるなんて…)
「やあ、おはよう。ヴィヴィアン。‥今日も君は美しい」
「ふふ、レアルド様ったら。これから三日間よろしくお願いしますね!」
ヴィヴィアンも同様に、花嫁衣裳のようなドレスを纏っている。創世神話の初代皇帝と女神の婚姻を再現しているらしい。
「ああ、もちろん。僕にとっても、成人して初めての公式行事だ。‥一緒に頑張ろう。」
「はい!」
レアルドにとっては、成人後としてははじめて臨む公式行事であり、いずれ国を継ぐ皇太子としての未来が占われる大事な節目なのだった。
(そうよ…この世界の主人公はこの私。些細なことを思い悩む必要はないわ)
今、この瞬間。
ヴィヴィアンもとい、崎本結奈は間違いなく人生で一番輝いていると感じている瞬間だった。
**
「お嬢様!!ついに時が来ましたわ!!」
「…え?何?アリー」
午後を過ぎたあたりのこと。
ノックと共に現れたのは、アリーと本館に勤務する侍女全員の姿だった。
みんなそれぞれ、ドレスだったりアクセサリだったり…ありとあらゆる装飾品を手に持っている。
「なに…そのキラキラした物体の数々‥」
私がおずおずと尋ねると、アリーは満面の笑みで答えた。
「綺麗でしょう?!この暁色…まるでお嬢様の髪の色みたいです!」
パッと広げると、淡い薄赤から白のグラデーションが美しい、マーメイドラインのあまり飾り気のない質素なドレスだった。
その代わり、所々にちりばめられたビーズはドレスの裾がゆれるたびにキラキラと輝き、とても美しい。
「あ、本当、綺麗ね」
どこか他人事のような私の反応がお気に召さなかったのか、アリーはぷくっと頬を膨らませた。
「もう!お嬢様ってば、もっとびっくりすると思ったのにぃ!」
「こら、アリー」
「はぁい…アデイラさん」
アリーはすっと後ろに下がると同時にメイド長のアデイラが前に出た。
「旦那様が…今回の式典には、ぜひお嬢様もご参加されたし、と仰せです」
「…ええと、式典…って、なんだっけ」
「お嬢様?!!…ああ、なんということでしょう!!最近はすっかりパーティ系もご無沙汰でございましたし、こんな重大な日を忘れてしまうなんて…!!」
「そうですよ!お嬢様‥明日は、皇太子殿下もご参加される本礼儀式の式典パーティーじゃありませんか!!」
「‥…はぁ?って、え?!!」
訳も分からず目をぱちくりさせていると、ガシッとアリーが私の手を掴む。
「チャンスですわ‥!お嬢様の美しさを世の男共にアピールして全員を跪かせるチャンスでございますわ!!!」
何物騒なこと言ってるよこの子?!
なんだかここ最近‥マダム・ベルヴォンの一件から言動がおかしくなっているような?!
「ちょ、待ちなさいよ!私は別に招待もされてないし…」
「何をおっしゃいます。爵位を持たれるハルベルンの貴族は、招待されなくても、参加する権利がございますのよ?!」
驚愕の真実である。なんでヘルトもクレインも朝のうちに教えておいてくれないのよ?!
「いや!いやいやいや!!だって明日でしょ?!わたしはそんな…」
「勝手は許さんぞ。カサンドラ」
すると、いつの間にやってきたのか、私の部屋の前にお父様…公爵が立っていた。
「こうし…ええと、お、お父様」
(勝手って何よ…どっちが!)
「この家の主は私だ。…今回はそのドレスを着ていきなさい」
「ドレスって…これ?」
「…アレクシアが着ていたものだが、…今のお前なら似合うだろう。」
「アレクシア‥お母様の?」
「ああ、準備はしっかり怠らないように」
そう言って去っていく公爵の後姿を見ながら、私は茫然とする。
パーティー…本当に?私が?
あの、飲んだり食べたり談笑(?)したりして、マウントとり合ったり足を引っ張りあったりするロマンス小説ではお決まりのあのイベント?!!
「う…うそ、そんなの聞いてな」
が、一人狼狽する暇もなく…両脇を、侍女二人にがっしりと掴まれてしまった。
「さあ、お嬢様」
「ご準備をせねば」
「ひ?!」
すると、びし、とアデイラが腰に手を当てにっこりとほほ笑む。
「さあ、皆さん。先日マダム・ベルヴォン様に教わった美の知識の数々…発揮する時が来ましたわ!!」
「はい!!」
「…へぁ、ひ」
情けない私の声は誰にも聞こえず…メイド達は、今まで見たことのない位のチームプレイを見せ、私はお風呂場へと連行されてしまったのだった。
一方その頃。
「フェイリーのドレスの準備は出来ているかしら?」
「髪飾りはこちらで」
「あ、クレイン様と旦那様にはこちらのタイでお揃いに‥」
ここは、グランシア別邸。
家族総出のパーティーの出席ともなり、侍女をはじめ公爵夫人たるタリアもまた、右に左に大忙しである。
その様子を暇そうに見つめながら、クレインはため息をついた。
「はあ‥退屈だなー貴族ってめんどくさい行事ばかりだよね。無駄に堅苦しいみたいなやつ」
隣では、フェイリーも同様にあくびをかみ殺している。
「ねえ、毎朝ヘルトにー様たちといっしょにお稽古しているの?」
足をぶらつかせながらフェイリーが尋ねた。その様子を横目で見ながら、クレインは得意げに答えた。
「ふふふ~…そうだよ。まあ、まだフェイリーには早いんじゃない?お子様だから」
「は、早いってなによう!クレインだって子供じゃない!」
フェイリーはそっぽを向いたまま、ぽつりと呟いた。
「楽しい?」
「…うん、もちろん。フェイリーも、ヘルト兄さまに頼んでみたら?…ほんとは、サンドラ姉さまとも仲良くなりたいんじゃないの?」
クレインは、毎朝出かけるときフェイリーがいつも窓の方をじっと見ているのを知っている。窓の先には庭園があるけれど、その向こうには本邸‥つまり、ヘルトとカサンドラがいるのだ。
「…‥でも、お母様におこられちゃう」
「うーむ。僕としては…カサンドラ姉さまとフェイリーが仲良くなってくれたら…色々と楽なんだけどなあ」
少なくとも、今よりももっと四人で仲良く過ごせる時間が確実に増える。
そうすれば、いつか父様と母様も巻き込んで、家族全員笑顔でお茶会ができるのに。クレインは今日も頭を悩ませていた。
「あ。そうだ」
突如、クレインの眼にキラキラとした輝きが宿る。近くで警護に当たっていた護衛を軽く手招きをすると、フェイリーに気が付かれないようにこっそり部屋の外へ連れ出した。
「どうかなさいましたか?ぼっちゃま」
明るいオレンジ色の頭の護衛兵が背をかがめて尋ねた。彼の名前はコラン・レーネイ、幾人かいる護衛兵の中でも今年で14歳と、クレインに一番年齢が近く、とても仲が良い。
「あのね、ちょっと思いついたことがあるんだけど…ごにょごにょ」
「…ええー…、それは、ちょっと」
「大丈夫、コランのぶじはぼくが保証するから、ね?」
クレインがにっと笑って拳を突き出すと、コランもそれに応じてコツン、とぶつけ合い微笑んだ。
「うーん…わかりました、クレイン様を信じます…」
「これで、絶対、みんな仲良くなるはず…!」
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