第14話 ウサギ、仲間になる

「はあ‥やれやれ。ひどい目にあった…」


目の前にちょこん。と座っているウサギはまさにうんざり、といった表情で呟いた。

なんとなく、ぐりぐりと指で頭を撫でてみる。…思った通りふわふわだ。


「ふふ、かーわいい!それで、どうしたの?一体。人型のあなたはどこ行っちゃったのよ」

「今はまだ…魔力が回復しないと、戻るに戻れない…あそこから君を出すのに相当力を使ってしまったから」


やっぱり、あの状況は全くのイレギュラーの状況…ラヴィですら予測できなかった出来事なんだろう。

確かにずっとあのままだったら…と考えると、ゾッとした。


「あれって‥どうしてああなったの?バグとか、ウィルスとか、そういうやつ?」

「いや…多分、あれは僕と同じ種類の力…つまりはシステム側からの力の干渉だと思う」

「システム側の干渉?…つまりは」

「大いなる意志、というものだね」


また来た。このシステムというのはどういうものなんだろう?PCで言う、インテルとか人工知能とか、そういうもの?


「…ねえ、気になっていたんだけど、もしかして正ヒロインの影響を強く受けてる‥つまりヴィヴィアンと好感度の高い連中って、私のことを激しく嫌うような影響も受けたりするの?」


以前のバルクや赤髪王子のように、公衆の面前で人のことを激しく罵ったりなんて、まともな人間がするものだろうか。


「わからない、けど。十分あり得ると思う。強制的な影響のような、ヒロイン以外から受けた外部の影響を無理やり元に戻そうとする働き…みたいなものだと思う。」

「強制力って…自分の意志とは関係ないってことよね。なんか、それ…呪いみたいで怖いね」

「そうかな?」


意外なラヴィの言葉に、思わずきょとんとしてしまう。


「だって…自分の意志と関係なく、人を好きになったり嫌いになったり。嫌じゃない?」

「…でも、そこに本人の同意があれば…問題はないんじゃ?だって、それはつまり、決められたこと、だろう?人間は、その方が楽ではないの?」

「楽って…」


(何だろう。このかみ合わない感じ)


私は何と答えればいいのか、わからない。

確かに、決められたルールで生きるのは、元の世界では当然だと言われていたし、集団である以上必要なことだと思う。それでも…って


「?どうしたの、カサンドラ」

「…ううん、ちょっと、ゴメン、うまく説明できない…」

「??」

「は、話を戻そう。ええと、じゃあ、やっぱり大いなる意志=システムってことでいいのよね。…今回のあれは、そのシステム側の干渉だと」

「うん…あれの持ち主は、恐らくバックアップ専用システム、マッドハッターによるものだと思う」


(まっど…なんとかってどこかで聞いたような)


バックアップ…つまりはセーブデータを管理するシステムのこと?

ラヴィもだけど彼らの存在っていったい何なんだろう‥?システム擬人化のようなものだろうか。


「それがどうして…」

「わからない。‥もうこの世界は、完璧なシステムの世界と形を変えてしまっているから…用心するに越したことはないよ」


(完璧なシステム‥。なんか、考えれば考えれる程壮大な話しになってきたわ)


もしそういう力の働きがあるようなら、あの赤髪王子の行き過ぎた公開裁判も納得できる。そういえば、ノエルもあの場にいたのよね。

これって、偶然?


「それにしても…僕は眠い。詳しい話はまた今度でもいいかい?」


そう言うと、ウサギはこてん、と横になってしまった。

ああ。スマホがあればこの様子を記念に撮っておくのに…!


「ちょっと待って。ラヴィ!寝床にこれなんてどお?」

「籠??‥なんだか本当に愛玩動物みたいだなあ…」


昼間、このウサギを見るなりアリーが準備してくれたのが、籐の籠にふかふかのクッションを敷き詰めたラヴィ専用の部屋《寝床》である。大きさはラヴィの三倍ほど。ゆったりとした造りである。


「なんだか嬉しいなー。いつかペットとか飼ってみたかったんだー!ラヴィもこれでさみしくないでしょ?」


すると、ラヴィの長い片耳がピコンと立った。


「…さみしい?僕が?」

「うん。だってあんなところでずうっと一人でいるなんて、嫌じゃない。私だって、ほんの一瞬だったけど、あの狭い謎空間にずっと一人でいるなんて頭がおかしくなりそうだもん」

「そんなこと、考えたことがなかった」

「そう?ウサギってさみしくて死んじゃうとかいうけど…まあ、ラヴィは本物のウサギじゃないものね…ふわあ。私も眠たくなってきた。難しいことは明日にしよう」


もう駄目だ。最近じゃすっかり朝早く起きるのが日常になってしまったので、夜遅くまで起きていられない‥私は速攻で眠ってしまったのだ。


・・・


「…さみしくない、か」


ラヴィは、籠から顔を出してそっとカサンドラの方を見つめていた。

今まで何もなかったあの場所に、カサンドラが来てくれて嬉しかった。それからというもの、ずっとあの場所で一人でいると、なんだか妙にそわそわしたような、落ち着かない気持ちになるようになった。


(あれがさみしい、というやつなのか?)


でも、今はそれがなくなった。手を伸ばせすぐそこに君がいるから。

今は落ち着いているし、なんだか暖かい気持ちになる。


「じゃあ、さみしくなくなったのは…本当なのかも」


そんなことを考えているうちに、すっかり眠りの底に落ちていった。


・・・



「…ま、毎日、こんな、激しい運動、してるんですか?!」

「大丈夫?無理しない方が」

「男子たるものすぐに弱音を吐いてどうする。根性出せ、根性」


クレインはぜえぜえと肩で息をしながら、その場に立ち尽くした。

ヘルトは持っていた稽古用の木の剣をくるりと返すと、クレインの膝裏にあてる。するとへなへなとその場に崩れ落ちてしまった。


「姉さまにはこんなことしないくせに―――!」

「頑張って、クレイン!」

すっかり朝の時間を共有するようになった私とヘルトだったが、最近はクレインも参加するようになっていた。


「お前が鍛えてほしいと願い出たんだろうが。」

「えこひいきですよお、ヘルト兄さま!」

「弱音一言に尽き、素振り10回追加」

「えええーー…」


クレインはまだ基礎体力が足りないとかで、そこまで本格的な訓練ではない。

しかしうちのトレーナーは甘くはないので、弟はすっかりしごきにしごかれていた。ヘルトのあまりの熱血指導ぶりに、つい「先生!」とか呼んでみたくなってしまう。


(現実世界だったらスポーツインストラクターとか、体育教師とかに向いてそう‥)


「そういえば、今日は復活祭だが、サンドラはどうするんだ?」

「ふっかつさい…ああ!」


そう言えばそんなイベントもあったわね‥すっかり忘れてしまっていた。

復活祭は年に一度の節目の行事で、ハルベルン帝国にとっては一大イベントだと、アリーが言っていた気がする。


「あ―‥て、適当に回ろうかと」

「あ!じゃあ姉さま、僕と一緒に夜店回りましょうよ!!美味しいものも、面白いものもたっくさんあるんですよ!!」

「クレイン、お前は父上と母上とフェイリーとで視察に行くんだろ?」

「え~…ねえさまも一緒の方が絶対楽しいのに…」

「ありがと、クレイン。私のことは気にせず楽しんできて!」


クレインなりに気を遣っているのかもしれない。やっぱり、カサンドラとご両親は、あまりいい関係ではないみたいだ。

とはいえ、カサンドラにも私にも友達なんていないのよね…まさにボッチである。

いいけど別に。あ、でもそう言えばウサギがいたわね。


「むう‥ヘルト兄はどうするの?」

「俺は、警備の仕事があるから…」

「じゃあおみやげかってきますね!!よーっし素振り終りましたあ!!」


クレインはそういうと、軽やかな足取りて帰路に就こうとしている。‥元気あるじゃない。

私もその後を追った。


「ヘルト兄さま、行きましょう」

「あ、ああ。少し汗が引いてから追いかける。」

「?そうですか?じゃあ先に行きますね」


汗をぬぐいながら、二人の姿をヘルトは見送っていた。

「あいつは一人か。…俺も仕事が、あるにはあるんだが……」

ヘルトの見つめる先に誰がいるのか…今はまだ、誰も気が付いていない。


そして同じ頃。


「やっぱり。どういうこと?ヘルトに引き続き、ウィンドウ画面からノエルの名前が消えてる…!」


誰もいない、女神神殿の一室で結奈は爪を噛んだ。


(攻略対象の中で好感度がダウンしたバルクは、グランシア家に行くと言ってたけど…やっぱり、カサンドラが原因なの?)


たとえ神殿の庇護を受け、皇子の寵愛を受けているヴィヴィアン女神の巫女といえど、ハルベルンでも有数の公爵家であるグランシア家に用もなく足を踏み入れることは出来ない。


「何なのよ!!打つ手なしってこと…?!」

「あまりかじりすぎると、せっかくの美しい爪が痛みますよ。‥それとも癖なのかな?」


そう言って、何もない場所から現れたのは…黒い帽子に燕尾服のマッド・ハッター帽子屋だった。


「帽子屋…貴方何か知っているんじゃないの?私に手を貸してくれるって言ってたじゃない!」


結奈がにらみつけると、帽子屋はおどけて笑って見せた。


「あはは、手を貸すとは言いましたけどね。私にもできることとできないことがあるのです。…やはり、ヘルト・グランシアは私達システムの影響を全く受けないようですね」

「システムの影響‥じゃあ、ノエルも?」

「ええ、どうやら私が知らないところで、誰かがこの世界に介入しているようです、先日バグを取りのぞこうと試みましたが…失敗に終わりました」

「何よそれ…せっかくこの世界に入ることができたのに…!」


嘗て崎本結奈は、この「ヘブンス・ゲート」のハードユーザーだった。

だからこそ、どういう原理なのかわからないがこの世界で目覚めたとき心底嬉しかった。現代に住む結奈にとって、ゲームの世界こそ現実で、あちらの世界に未練など欠片もない。

そして、何を隠そう、最推しはこの『ノエル・シュヴァル』その人だったのだ。


(この世界って、確かにゲームなんだけど…今回の復活の儀式の呪文やら手順、礼式等々…実際覚えるのは私なのよ?割に合わないじゃない…!)


「ゲームウィンドウから消えた二人の方々は、それぞれシステムの枠を外れて好き勝手動く、つまり意志を持ったNPC。‥ある程度の介入は出来ましょうが、彼らを振り向かせるのはあなた次第です」

「それじゃ、ただ顔のいい普通のその辺の男と変わらないじゃない!私はゲームのヘルトとノエルに逢いたいのに…!」


結奈の目のまえには、ゲームのステータス画面が映っている。


「…まあ、いいわ。次のお相手は、ユリウスね」


そして、その画面の『???』の表記はユリウス・フォスターチに変わっており、好感度は10%となっている。


「さて、…今度こそ、カサンドラより先に落とさないと」



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