第2話 どすこい令嬢、覚醒する
女性向け恋愛ゲーム、「ヘブンス・ゲート」――
内容は、主人公・ヴィヴィアンが、数々の困難に打ち勝ち、登場人物と恋に落ちていく王道のロマンス。
炎のような赤い瞳を持つ少女は、天使の声を聴いてご神託を受けるという『悪いものを浄化する』という、特殊能力を持っていた。彼女は辺境の地にてその力が顕現し、国教である『アロンダイトの女神神殿』からやって来た使者からの要請を受け、主都・アンリに降り立つ。
女神神殿では、『神巫女』と呼ばれるいわゆる女神官がおり、女神によって選ばれし乙女がその地位に就く!のが最終目的。その経過で色々な人と出会い、イベントもあって…とかそんな内容。攻略対象が少ない変わりに一人一人の濃厚なエピソードが売りで、それぞれ『ノーマル』、『ベスト』、『真ED』と全部で3種類用意されている。
登場する攻略対象は全部で6人。公表されているのが6人で、もしかしたら隠しキャラクターもいるかもしれないとネット上で話題になっていた。
とか、そんな感じの大まかな内容だった筈だけど、肝心の詳細部分が全く思い出せなかった。
(キャラクターのにビジュアルだけで選んだけど…実物を見るもんじゃないわね?!)
しかし、と考えてみる。
もしこれがあのゲームだとしても、見た所選択肢のようなものがあるわけでもないし‥たまたま似たような設定の夢(だったらいいな)かもしれないし。
すると、先ほどまで目の前にあったウィンドウは消え失せ、あの殺しそうな勢いでにらみつけるレアルド王子と目が合ってしまった。
(えーと、えーと!どうしよう!!そうだ!!)
「ハルベルンの若き太陽、レアルド様。…どうか私に一言だけ申し上げる権利を与えてくださいませんか?」
「…なに?」
「この公開裁判は、神の名の元、公平な裁判であると誓えますか?!」
ぴくりと肩眉をあげながら不愉快そうににこちらに顔を向ける。
その表情からはとりあえずこのカサンドラのことを本当に嫌っているんだな、ということは理解できた。というか、名前あっててよかった!!
と、とりあえず今はそんなことはどうでもいい。この難局をどう乗り切るか、である。
「誇り高きハルベルンの皇太子殿下ともあろうお方が、個人的な私怨で臣下を裁くなど…そのような正義の倫理に反することが赦されるのですか?!」
確か、ハルベルン王国の紋章は「天秤」だった。ゲームロゴにも使われている辺り恐らく全体的に重要なモチーフなのだろう。
ほぼ口から出まかせだったものの、レアルドはぐっと言葉に詰まり、何も言えなくなってしまった。
(どう考えても、非公式よね?この裁判!!)
「私は公平な裁判で、然るべき裁可が下されたというのであれば、ご要望通り処罰でも何でも受けて差し上げます」
「うぐ…っ。」
「ですがこれはどう見ても公平と思えぬ状況…!!きちんと手続きを済ませ、全ての罪状の裏付けと根拠を神の前に述べた後、私をお裁きなさいませ!!」
「す、すこし驚かせただけだ‥!これに懲りたらもう二度と我々に近づくことは許さないからな!」
まるで二流の悪役の捨て台詞のようなものを吐き捨て、王子はそそくさとその場からいなくなった。
(やっぱり!赤髪王子の独断と偏見の公開裁判だったのね!助かった…!)
後を追うように茶髪赤目(多分ヒロイン)をはじめ、全員が動き出した。
ほっと息を吐き、座り込んでしまうのだが、目の前にすっと手が差し出された。
「やるじゃん、お嬢様」
「……」
こいつは…見て見ぬふりをしていた紫髪。確かこいつもあいつらのお仲間なはず。
(どうせあんたもあいつら仲間でしょ!)
私は無言でそいつをにらみつけ手を払いのけ、くるりと踵を返した。
「…え、あ。おい!!カサンドラお嬢様!」
追いすがる紫髪の声を無視して私は走り出した。
「はは、ほんと、どうすれっていうのよこれ」
ひとまず、深呼吸して落ち着いて‥!
私は何度か息を吐いては吸う、を繰り返して出口であろう方に向かってのしのしと歩き続けた。あーー身体が重い。どうにかならないの、これ。
「あら、…見て、この場にそぐわない人がいらっしゃるわ」
「まあ、場違いね」
途中、悪意の混じった囁き声が聞こえてくる。
(本当、なんでこんな目に合わなきゃならないわけ?!)
色々混乱していて、考えがまとまらない。
すると、ドン、という衝撃と共にはっと我に返る。
「あっ…!」
「やーだあ」
どうやら陰口をたたいていたお嬢様の一人が、わざとらしくこちらにぶつかってきた。
本来か弱い…それこそヒロインのヴィヴィアンのようなお嬢様なら、よろけて倒れてしまうところだろう。漫画やらアニメでよくあるワンシーン☆になるかと思いきや。
ド―ンッ!!
「?!きゃあっ」
「え?」
気が付いた時、よろよろと倒れていたのは先ほどどついてきた巻き毛のお嬢様だった。どうやら、この揺蕩う贅肉にぶつかって跳ね返ってしまったらしい…。
「あ、ご、ごめんなさ」
「ちょっと!!私に八つ当たりするなんてどういうつもり?!」
「はぁ?ぶつかってきたのはそっち…」
お嬢様の金切り声のおかげで、ぞろぞろと人が集まってきてしまう。
すると、ギャラリーが集まってきたとみるや、巻き毛もお嬢様もこれはチャンスとばかりに床に倒れ込んだ。…ご丁寧に泣いているふりまでして。
「ひどおい、いたあい‥っ」
「ち、ちょっと‥」
おろおろする私をお嬢様は楽しそうに見ている。周りの令嬢たちも。
ああ、もうどうしてこうなるのよ。
「大丈夫ですか?お手を!」
「まあ可哀そうに!!」
「あの令嬢‥見た目の通り乱暴でマナーがなってないわねえ」
なんか、気のせいかもしれないけど、周りの人間全員がグルで、みんな、このカサンドラをあざけ笑っているように見えてくる。どんどんどん仲間を増やして、ターゲットを決めていじめる、みたいな。
こういう光景は知っている。
‥私が高校生の時、こういうのは日常茶飯事だった。
「…そうよね、みぃんな、弱っちいんだから。…群れないと生きてなんてゆけないわよねぇ」
なんだろ、笑いが込み上げてくる。
「…ふふ、フフフ‥っあはははは!!どこの世界もおなじね!!」
ざわ、と周りがどよめきだした。そんなことに構わず、私はひたすら笑った。
そして、何か言葉では言い表せないような高揚感みたいなものに包まれた。そして。
ドゴォ!
「ひっ」
辺りから小さい悲鳴のようなものが沸き起こる。
力余って、なにやら高そうな仕立ての壁に拳で穴をあけてしまったのだ。
周囲はしいーーーんと、静まり返った。
「あら、思った通り、この体格だもの結構な腕力よね。…ああ、失礼、皆さま。驚かせてしまったかしら。…そちらのお嬢様も」
「え?あ‥ひっ」
私が歩くと、重量のある体格のせいでドスンドスン、と足音が異様に大きくなる。
群がる人ごみがさっと左右に開かれると、そのまま倒れているお嬢様の所へ歩み寄る。
「私が悪うございました…ねぇ?大丈夫?」
「ひ、ひいい…」
あ、思った以上に軽い。
お嬢様のか弱くて細々しい両腕をわしづかみにして持ち上げた。
人形のように軽い体を着地させたあと、わざとらしく彼女ののドレスの裾を手で払い、にっこりと微笑む。
「怪我をされなくて、良かったこと。それでは失礼いたしますわ。…ごきげんよう」
呆然と見送る周囲の人間どもを後目に、まわれ、右。の要領で後ろに振り返る。
ホテルのウェイトレス時代に培ったヒールさばきで、背筋をしっかり伸ばして正面を見据えて歩き出す。
(そうよね、あそこまでされて黙ってるなんて冗談じゃないわよね)
確か、メッセージウィンドウには世界を破壊する権利を与えるって言っていた気がするので、これくらい罰は当たらないでしょう。‥けれども。
「待てカサンドラ!」
背後からかつかつと誰かの足音が近づいてきた。誰よ?!今の状況でで声をかける奴なんて…ろくなことが起きないような気もする。
なので、知らんふりを決め込むことにした。
「いいから待てって!」
しかし、がしっと肩をつかまれてしまう。こいつもお仲間かよ、と鬱陶しく振り返るも、予想に反して本当に気づかわし気な表情の藍色の髪の背の高い男性だった。
誰だっけと思う反面、どこかでこれはカサンドラの兄だ。と直感で思った。
「…何の用よ。…お兄様」
「おい、大丈夫か?」
「!」
この状況でそんな言葉をかけられたら、なんでか視界がぼやけてくる。
…惨めやら、情けないやら、ああもうぐちゃぐちゃだ。
「お前 泣いて…」
けれど、私は目から流れる水が止まらない。こんな顔は見られたくないし、っていうかもうここにいたくない。
「……いつもは気にもかけないくせに!!放っておいてよ!!」
更に何か言おうとした兄の手を振り切ったつもりが、勢いが良すぎてどうやら突き飛ばしてしまったらしい。
「ちょっとま ぐふっ?!」
「あ…」
やり過ぎた…ような気もするが、もういい。知らない。
追いすがろうとする影を思い切り押しのけ、私は玄関らしき場所に止まっていた馬車を目指して走り出し、飛び乗ったのである。
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