エピソード39 後悔スパーリング

 リングに立つとリアナから尋常じゃない気迫が感じられる。その気迫に負け、オレは武者振るい?膝がガクブルしていた。

 どうしてこうなったんだよ……

 嘆くオレにフィーネの声援が響き渡る。


「クライヴ、落ち着きなさい! アンタならできるわよ!」


 何が! フィーネ……もうむりだよ……

 もうすでにリング上でオレは心が折れそうなんですが……痛いの嫌だし、もしもリアナを怪我させてしまったら……色々考えて足が竦んでいるよ……



「クライヴとはどうしても一度手合わせをしたかったんだ。あの偽ブタとの闘いで助けられてから、仲間を守る為に危険を顧みず果敢に闘う君の姿が遠くに感じていたんだ。今のぼくがどれだけ君に近づけるのか? 胸を借りるつもりで最初から全力で闘わせてもらうよ」


 はい! 全力発言の言質とりました!

 オレ多分死にますよ。

 リアナの勘違いでオレは公開処刑ですよ…………

 さすがにモーガンが止めるでしょ………………何でお前モーガンが真剣な表情で見守ってるんだよ! 止めろよ! 言い出したのお前だろ!


「リアナ、あのさぁ多分オレの事を勘違いしていると思うよ……オレはリアナが思っている程強くないし、どっちかと言うと怖がりで臆病だよ」


「なんじゃそりゃ? おめぇリアナはこんな情けねぇ奴と手合わせするんかぁ? こんな奴と闘う意味なかろうが」


 ショーンはムッとした表情でリアナに言った。


 そうそうショーンの言う通りだよ。今から止めても間に合うよ!


「ふぅ……ショーンは黙っていてくれないかい。クライヴに見せつけられた騎士道精神は、まさにぼくが目指している姿だったんだ! だからぼくがぼくを信じられるように、いつかクライヴという壁を乗り越えないといけないんだ!」


 熱くなっているところ、すまんリアナ……チワワでも乗り越えれる低い壁だよオレ……

 

「クライヴも早く構えて欲しいんだが」


 リアナに急かされてオレは右手に剣、左手に小盾の構えをした。

 これでも一応、イーサン兄さんとヒューゴに帝国式剣術と体術を教わった身なので其れなりには手合わせができるはずだが、オレの心の問題だ。

 前世では日本で生まれ育ったので戦争もなく、争い事もなく平和な国だった。その二十九年間の経験が大き過ぎて、こっちの世界に転生してから四年間ではそう簡単に人は変われない。


「クライヴ、それではこちらからいくよ!」


 リアナは本当に本気モードだ。

 いきなり間合いを詰めてきて右の腰ベルトから細剣を取り出した。

 そしてオレの右腕、左足と二連続で突きを繰り出した!

 

「うぉ、ちょっ」


 オレは慌てて後ろ回りのように後方に転がって、攻撃を避けた。

 

「リアナ! 当たったら怪我するって!」

「だが、ぼくの本気の二連突きを君には当てることが出来なかったじゃないか」


 違う! まぐれなの、まぐれ、奇跡、偶然だ!


「あのさぁ、リアナに一つ提案があるんだけど、三分逃げ切ったら引き分けにしない?」

「ぼく達の手合わせにそんなルールは必要ないよ。手加減はよしてくれ!」


 もうリアナのバカ! そうしないとオレが死ぬんだよ!


「クライヴも全力で相手をしてくれないか、ぼくに対する情けなど止めてくれ!」


 リアナの表情は見た事のないくらい真剣だ。

 どうして言葉のキャッチボールがこんなにも難しいんだ。そんな事を考えているとリアナが動き出した。

 

 先程のように急に間合いを詰める事をせず、お互い間合いを測っている。

 オレは左手の小盾を前方に構えて、右手の長剣は少し後ろに引き突きのような持ち方をした。

 少しでもリアナから見えにくくなる工夫をした。


リアナも長剣を両手で構えてゆっくりと近づいてくる。オレはリアナの先制攻撃を待った……少しだけ誘い込むように。


「ふぅ〜」

 オレは大きく一呼吸した。

 その時、不自然に思われない程度に僅かに小盾の位置を少し下にずらして、隙を作った。

 リアナからはオレの長剣が見えやすくなり、オレは突きをしようとしていた。

 リアナの腕を狙っているように……

 

 リアナはオレの突きをいなそうとオレの長剣の側面をそこそこの力で叩き小盾の持ってない方向へバランスを崩させようとしていたが……オレの突きは届く事はなかった…………オレが突然長剣を斜め後ろに引き。その遠心力でリアナの長剣に対してシールドバッシュ盾で叩いたをしたからだ。


 リアナはそこまで強く長剣を振り下ろしていない事と予想外の一撃で長剣が弾かれて、リアナの右半身がガラ空きとなった。

 オレはそのまま勢いを殺さず回転斬りをガラ空きの右の胴へ繰り出した。 

 リアナも何とか右の胴を守ろうと、身体を右後ろに捻りながら長剣で受け止めてようとした。

 しかしオレの方が若干スピードが勝り、胴への一撃に手応えがあった…………しかし、リアナが身体を捻った事と、長剣で少し受け止めた事でダメージは軽減したようだ。


「さすがクライヴだ。危うくぼくは君の策略に引っかかるところだったね」


 前世は平和だったが、人生経験は豊富だしサッカーでも試合展開とかは読まないとね。

 それにオレ達は十歳だぞ! そんなかけ引きはまだ難しいだろう。

 

「リアナもう充分だろ、実戦なら動きに支障をきたす一撃なはずだぞ」


 二人とも息が少し上がっている。

 しかしリアナの目は闘志に溢れていた。


「まだだクライヴ。ぼくにはそこまでダメージがない。これぐらいなら実戦でも動けるよ」


 もう既に勝負は決まったと思っていたので、オレは闘う気が無くなっていた。


 しかしリアナは無防備なオレに対して詰め寄りオレの右手の長剣に狙いを定めて右に斬り上げた。

 木の衝突音とともにオレの長剣は遠くに飛ばされた。

 まだまだリアナは攻撃の手を休めない!

 頭から右肩を目掛けて長剣を振り下ろしてきて、オレは小盾で頭を守った。

 リアナの一撃は重く、小盾を持つ左手が少し痺れた。

 その後もガラ空きなオレの右半身目掛けて、胴斬り、袈裟斬り、右斬り上げと徹底して右側から狙われていた。

 小盾で防いでいたが、結構手が痺れてきた。


「リアナ、もう降参! 参りました!」


 オレはリアナにギブアップと伝えたが、どうやら聴こえてないらしい……


 さぁどうすれば良い……周りを見渡すと、みんな集中してオレの声が耳に入ってないようだ。

 君達、今日から視野を広く持つ事を鍛えようね〜


そしてリアナら容赦なくオレに攻撃を繰り広げている。

 オレは小盾を持つ握力が無くなってきたため、距離を取ったり、転がるように避けたり、とにかく避ける事に専念した。


 オレは汗だくで息も苦しい状況だ。

(ここまで一方的なら誰か止めさせてくれ〜)


 そして、リアナの攻撃は徐々に避けきれなくなってきた……何とか直撃クリティカルヒットは避けているが、オレの太ももや腕や脇腹は地味に痛い……


「もう、本当に無理だ! 降参するよ!」


 オレは小盾を捨てた両手を挙げた。


「フッその手にはかからないぞ! モーガンから聞いたけど、君は体術も使えるのを知っているよ」


 リアナもずっと攻撃を繰り広げていたので大きく呼吸をしている。



 モーガン何故知っている。帝国時代やヒューゴとの特訓等お前に話した事ないだろう? 後で問いだだそう……いや、今は目の前の危機を回避する事だ!


 オレはファイティングポーズをとると、リアナは少しずつ近づき、オレの間合いには入ってはこなかった。

 ですよね……リアナの長剣と素手じゃリーチが違いますもんね…………


「はぁ」


 オレはため息一つ……そして決心をした。


「いくぞクライヴ」


 リアナは長剣ではある程度の重さで体力の消費もあり手数が少なくなる為、体力の消費も少ない素早さ重視の細剣に持ち替えて、身体中に突きを放ってくる。

 突きのスピードが速くて、集中しないと躱しきれない……むしろもう既に躱しきれてない。


「痛い、痛ってぇ、ギャアー」


 冒険者協会の二階にはオレの悲鳴と二人の息が上がっている呼吸音だけが響いている。


 観戦しているショーンもリアナに止めろと抗議をしているようだ。アイツ良い奴だなぁ

 フィーネは真っ青な顔で立ち尽くしている。

 モーガンは期待に満ちた目をオレに向けている。


…………モーガン……後で覚えてろよ!


「クライヴ、君の力はそんなものなのか? ぼくを失望させるな!」


 だから知らないって、そんなもんだって言ってるじゃん!


 段々とリアナに腹が立ってきた。

 それは恐怖よりも勝る程の怒りだった。


 何度も見ているとリアナの攻撃には規則性がある……というかリアナが習った剣術の型通りの動きなのだろう。

 オレは太ももや脛等を狙われた突きをバックステップでなんとかギリギリ躱して、そしてリアナが一歩前に踏み出して頭への突きを放つ。

 それを頭を横に逸らしたが、首を少し掠めた……下段と上段への攻撃でバランスを崩し、特に腹部や頭を逸らした反対の腕はオレからは見えづらく避けづらい状況だ。

 そして最後にリアナはオレが避けづらい腕と胴体へ二連突きを放った………………が腕に当たる事なく、オレは細剣を掴み、そして反対の手で細剣を引っ張ろうとした。

 リアナはこのままで危ないと思ったのか、すぐに細剣を手放し、腰ベルトから長剣を抜いた。

 そしてリアナはオレの肩から脇腹にかけて長剣を斜めに振り下ろした。


「これで決める」


 リアナの声が響く中…………オレは【クロノス】スローモーションを発動した。

 そこに広がるのは時の流れが百分の一秒のオレだけ感じられる世界。

 オレは発動時間一秒半の間に、リアナの長剣を蹴り上げて遠くに飛ばして、近くに落ちていたリアナの細剣を手に取った後、足払いをした……そして時の流れが元に戻った。


「キャッ」

 

 リアナは前のめりに倒れ、何とか顔面を強打しないように何とか両手で床に手をついていた。


「ハァハァ、も、もう良い、だろ……」


 オレは息を荒くしてリアナに言葉をかけた、後頭部に細剣をチョンと当てた状態で……


「………………………………参りました」


 リアナの声は震えていた……前のめりの状態から顔を中々上げる事なく、悔し涙を流していた……



 フィーネはすぐにリアナに駆け寄って声をかけていた。


 モーガンとショーンは難しい顔をしてこちらを見ている。



 えっ? 何? オレだけが悪者? オレも巻き込まれた人間ですが? 身体中痛いんですが? 一番の悪はこの状況を作り出したモーガンだろ?

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