第16話


 ああ、駄目だわ……


 私は男の態度を見て嫌でも理解してしまった。絶対助からないと。そんな事を思っていると男は順に私達を見回し、周りにいた仲間達に声をかける。


「馬車は適当な場所で燃やせ。こいつらはモルドール王国領まで連れていってからやるぞ」


 男はそう指示した後、口元を歪めた。


「喜べ。お前らのおかげでモルドール王国がウルフイット王国を攻める口実ができたぞ」


 男の言葉に私達は驚くが、すぐに頬を腫らしたレンゲル様が疑問を口にした。


「俺達が勝手にモルドール王国領に侵入したぐらいじゃ、そこまで大事にならないぞ」

「はあっ……馬鹿はこれだから困る」

「なっ⁉︎」


 レンゲル様は悔しそうに睨むが、男は一瞥するだけで私達を見回してきた。


「誰かわかるか? 少しはウルフイット王国も馬鹿以外がいる事を証明してくれよ」


 男はどうせ答えられないだろうとばかりに小馬鹿にしたような態度をとる。だが私はすぐにある考えが思い浮かんだのだ。


「……私達にご禁制の物を持たせるのよ」


 すると男は驚いた様子で私を見てきた。


「ほお、なぜそう思った?」

「大事にするには武器を持って攻め入るか、国が禁止しているご禁制の物を密輸するのが一番よ。それで、私達に当てはまるのは後者ということかしら……。きっとウルフイット王国でしか取れない毒物辺りでしょう。しかも、王族か高位の貴族に献上する何かに混ぜて……」


 そう答えると、男は私の髪を掴み顔を引き寄せる。


「ちっ、殺すのが惜しくなるな」


 そう言いながら雑に私を突き放すと仲間達に指示した。

 

「よし、連れてけ」


 それから私達は逃げられないよう、縄で全員繋げられモルドール王国領の方向に歩かされる。だが、しばらくして夫人が涙を流しながらダーマル男爵を睨んだ。


「やっぱり、あなたを信用したのが間違いだったわ!」

「そんなの今更だろう! それにお前だって金が入るって喜んで手伝ってただろうが!」

「うるさいわよ! 結局、まともな服も買うお金も稼げなかったじゃない! こんな事ならリーシュ頼みで甘い汁を吸ってた方が楽だったわよ!」

「ふん、どうせホイット子爵にバレて終わりになっていたさ!」

「そんな事はないわよ! バレないようにやれてたんだから!」


 二人は状況を忘れ言い争いを始める。

 それを見ていたマニー嬢は歯軋りしながら二人をずっと睨んでいた。きっと、二人以上に何も考えずに明るい未来があると思っていたのだろう。そんなことを思っていたらレンゲル様が溜め息を吐いた。


「まるで両親を見ているようだ。まあ、狡賢さではこちらの方が一枚上手だが……。だが、この国で捕まって裁かれる両親の方がある意味幸せなのだろうな……」


 レンゲル・ダナトフ子爵令息は項垂れそのまま黙ってしまう。そんな姿に私は心から同情してしまった。


 私ならこんな環境で育ったら、レンゲル様みたいな考えなんか浮かばず、きっと三人の様な反応をするわ……


 私はそう思いながら歩いていると、先の方にダーマル男爵家の家紋が付いた馬車が見えてきたのだ。それで私はここがもうモルドール王国領なのだという事を理解した。


 きっと、あの馬車の中に毒物が積まれているのよね。どうしよう……。このままだとホイット子爵家までもが共犯者にされるわ……

 

 私はどうにかできないか考える。しかし何も思い浮かばないでいると、モルドール王国の手の者が剣を抜きゆっくり私達に迫ってきたのだ。ダーマル男爵は悲鳴をあげ走り出してしまう。


「ぎゃあああ! 嫌だあああっーーーー!」


 縄で繋がってる私達はバランスを崩し、皆倒れる。

 もちろんダーマル男爵も豪快に顔から地面に倒れた。そして気絶してしまったのだ。そんなダーマル男爵を見て指示をしていた男は顔を手で覆う。


「よく、こんな奴を情報収集役にしたな……。まあ、モルドール王国の連中も馬鹿が多いから仕方ないか」


 男は剣を抜きダーマル男爵の背中に足を乗せる。


「なるべく逃げようとした奴を斬った感じにしろ。そうだな、一人ずつ位置を決めて殺そう」


 そう言って私を見てくる。


「まずはお前からやるか。何、お前だけは苦しまないように殺してやる」


 私の方に近寄ってきたので思わず、男に言ってしまった。


「あなた達、モルドール王国の人達ではないですね」


 途端に周りの空気が変わった。男が興味深げに聞いてくる。


「なぜそう思う?」


 「モルドール王国の連中って他人事みたいに言ってるからよ」と答える気はなかった。どうせ殺されるなら一矢報いてやろう。そう思ったのだ。だから私は首を傾げる。


「なぜでしょう?」


 男は一瞬固まってしまう。しかし、すぐに剣をゆっくりと私の首筋に当ててきた。


「本当に惜しい女だ。だが、終わりにしよう」


 男はそう言うと、剣を振り上げ私の首目掛けて一気に振り下ろす。しかし、その刃先が私に当たる事はなかった。

 なぜなら、私の首筋の近くでその刃先を剣で受け止めた人物がいたから。


「もう、大丈夫だ。後は俺達に任せろ」

「……はい、ウルフイット第三王子」


 私はそう言うと、ウルフイット第三王子に微笑み返すのだった。

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