第3話


 屋敷に帰った私は調理場に来ていた。クッキーを作るためだ。もちろん、アルバン様にあげるものではなく、お父様やお母様、そして使用人達に配るようである。


 それと……


 私は現在、綺麗に洗って干してあるウルフイット第三王子のハンカチを思い出す。美味しかったと言っていた。私が作ったクッキーを……

 王家ならもっと美味しいクッキーだって食べているはずなのに……

 だからこそあの言葉はお世辞だと理解する。


 それに王族に手作りクッキーのお返しなんて不敬だし、あり得ないわ。お礼は違うものにしましょう。


 私はそう判断しながらダージリンの茶葉を混ぜ込み、型を抜いていく。この作業はとても楽しい。嫌な事も忘れてしまうぐらいに……


 そうするとお礼の品は何にしようかしら。お父様に聞いた方がいいわよね。それに融資の話もしないといけないし……


 私はアルバン様とした話を思い出し、嫌な気持ちと共に現実に引き戻される。そんな私の元に笑顔を見せながらお父様がやってきた。


「フィーネ、クッキー作りかい? もちろん私の分もあるよね?」

「もちろんですわ。お父様やお母様、それにユリ達のために作ってるんです」


 私が微笑むとお父様は嬉しそうに何度も頷く。


「いやあ、フィーネが数日、寝込んでたから手作りクッキーが食べられなくて辛かったんだよ」

「ふふふ、じゃあ、お父様には特別に多めに作りますわね」

「ほ、本当かい⁉︎ 約束だよ!」


 お父様は心から嬉しそうに喜ぶ。私はそんなお父様を見つめながら、自分の人を見る目のなさに情けなくて泣きそうになってしまう。すると私の様子に気づいたお父様は慌てて声をかけてきた。


「ど、どうしたんだフィーネ⁉︎」

「……目にゴミが入ったんです。それより、お父様……」


 私は融資の話をしようとしたが、途中で言うのをやめる。なんで、あんな事をされてまで、私はアルバン様のために動かなければならないのかと……

 そんな、途中で喋るのをやめてしまった私にお父様は優しげに聞いてくる。


「……もしかしてダナトフ子爵令息から融資の話をされたのかな?」

「えっ? どうして?」


 思わず驚いてしまうとお父様は、笑顔で答えてくる。


「あそこは経営が下手だから、どのタイミングで融資が必要になるのかわかりやすいんだよ。だから、そろそろ話が来るかと思ったんだ」

「……ごめんなさい。いつも私の所為で無理をさせてしまって……」

「フィーネの所為じゃないよ。私が好きでやってるんだ。それにこう見えても、私はやり手の子爵だから融資してるお金なんて私にとっては端金だよ」

「でも……それでもお父様や領民が汗水流して稼いでくれたお金です」


 こんな事もわからなくなっていた今までの自分を呪いたくなっていた。お金を作るのは決して簡単なことではない。うちが裕福なのはお父様の手腕に領民が頑張ってくれたからであって、湧水のようにお金が勝手に出てきてるわけではないのだ。

 それを今までの私はアルバン様に喜んでもらおうと平気で無心していたのだ。


 最低ね……


 自分の愚かさとや領民への申し訳なさでいっぱいになっていると、お父様が心配そうな顔で見つめてくる。


「……フィーネ、やはり、何かあったのかい?」


 私はお父様に聞かれ、アルバン様が私の事を金蔓と言っていた事を話そうかと思ったが、すぐにウルフイット第三王子の噂が頭にチラついてしまった。

 それに、アルバン様のあの感じだと絶対にそんな事は言ってないと言い逃れするだろう。


 言ったところでお父様に迷惑をかけるだけよね……。それとダーマル男爵令嬢。全く、知らなかったわ。


 私は突然、現れたダーマル男爵令嬢に混乱していた。今まで彼女の存在なんてアルバン様の周りで見かけなかったし話にも出なかったからだ。隠していたってことなのだろうか?


 でも、なぜ?


 あの二人は幼馴染と言っていた。私には幼馴染がいないのでどういうものかわからないが、あの近さやあの雰囲気は明らかに恋人同士が思い合う感じだった。

 けれど、それを言ったところで認めないだろう。


 はあっ、どうしたら良いのかしら……

 

 既に令嬢一人で抱え込める問題ではなくなっているのはわかるのだが、王族が関わっているので中々、話す事ができないのだ。


 とにかく、ウルフイット第三王子にお礼も兼ねて私をどう思っているのか探ってみるしかないわ。それで、問題がなければアルバン様との事は切り離して考えられる。

 その時はお父様に相談しよう。


 私は考えがまとまったのでお父様に微笑む。


「……いえ、大丈夫ですよ。それより、学院で失くしたと思っていた籠をウルフイット第三王子が届けて下さったんです。だから、お礼をしたいと思うのですが何か良い案はありませんか?」

「ふむ、それなら栞なんかどうかな?」

「えっ? 栞……」


 私は口が悪く、野性味溢れるウルフイット第三王子と栞が結びつかず首を傾げてしまう。すると、お父様が説明してくれた。


「ウルフイット第三王子はああ見えて読書家として、一部の者に知られているんだよ」

「……そうだったのですか」


 思わず、驚いて口を開けそうになったので片手で口元を隠す。

 

 読書家。あの方が……。


 頭の中でウルフイット第三王子が本を読む姿を想像しようとしたが全くできなかった。できたのは、びりびりに本を破いてるイメージである。

 なので、やはり違うものを考えたのだが結局は何も思いつかず、お父様の案に決めるしかなかったのだった。

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