どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき

第1話


 私フィーネ・ホイットは愛する婚約者のアルバン様に焼いたクッキーを届けに生徒会室に向かっていた。ちなみにアルバン様は生徒会役員ではない。なのに手伝いをなさっている優しい方なのだ。

 そんな頑張ってるアルバン様に早くクッキーを渡したく、はしたなくも足早に向かっていると生徒会室の中から話し声が聞こえてきたのだ。

 どうやら、生徒会室の扉が少し開いたらしい。

 私は盗み聞きしているようで悪いと思いながらも、ノックせずに耳を傾けてしまう。

 なぜなら中での話題は私だったから。


「お前、婚約者のホイット子爵令嬢の事はどう思ってる?」

「地味ですね……。やっぱり女は華やかでないと。なんで僕がフィーネなんかと婚約しなきゃいけなかったんだろう……」


 聞こえてきた声は間違いなく婚約者のアルバン様だった。

 しかも、その声は私の事をいつも優しく労ってくれる言葉じゃなく、私を悪く言う言葉だった。正直、信じられなかったが、次にアルバン様が言った言葉で現実だと理解させられてしまう。


「金蔓だからだろ?」

「ふふ、確かに金蔓ですけど僕のじゃなくてうちの親のですよ。全く、うちの親は借金ばかり作って経営能力がないんですよ」

「ダナトフ子爵か。で、どうするんだ?」

「もちろん……」


 私はそれ以上は聞けずにその場を離れる。そして、気づいたら涙を流しながら部屋に立ち尽くしていたのだ。



 私は熱を出して寝込んでしまった。その間、誰とも会いたくなかったので侍女のユリ以外は部屋に人が入れていない。

 その状況が続いていたある日、だいぶ体調も良くなった私にユリが部屋に飾られた花に水やりをしながら言ってきたのだ。


「お嬢様、旦那様と奥様がとても心配しております。せめて、お顔だけでも見せてあげたらどうでしょう?」


 姉の様な存在のユリに少し咎める様な口調で言われてしまい私は反省する。


「……そうね。なら、お通しして」


 そう言うとユリは廊下に向かって声をかけた。


「入って大丈夫だそうです」


 すると部屋の中にブランド・ホイット子爵とその妻アマンダ、つまり、私のお父様とお母様が飛び込んできたのだ。


「フィーネ!」

「フィーネちゃん!」


 二人は私の名を呼びながら駆け寄り手を握ってくる。そんな二人に私は頭を下げる。


「お父様、お母様、この数日間、本当にご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「何を言ってるんだ。フィーネが元気なら良いんだよ」

「そうよ。だから、気にしちゃ駄目よ」

「お父様、お母様、ありがとうございます」


 私は二人の気持ちが嬉しく、涙目になっていると扉がノックされ別の侍女が声をかけてきた。


「アルバン・ダナトフ子爵令息がおいでですが、いかがしましょうか?」


 私はその名を聞いた瞬間体が振るてしまう。そして両親の手を強く握ってしまった。すると何かを察したお父様が侍女に答えた。


「まだ、娘は寝込んでいるので帰って頂くように伝えておいてくれ」

「かしこまりました」


 侍女が去っていくと、お父様が私に尋ねてきた。


「ダナトフ子爵令息と何かあったのかい?」

「……いえ、何もありませんわ」


 私はしばらく考えた後にそう答える。実際に何かあったわけではないから。それにあの事を伝えたらきっとお父様がアルバン様に苦言を呈しにいってしまう。それでもし向こうが聞き間違いだとつっぱねてきたらお父様に恥をかかせてしまうだろう。

 それに私にはどうしても話せない理由があった。それは、あの時アルバン様と一緒にいた人物の存在だ。生徒会長のランドール・ウルフイット第三王子、このウルフイット王国の第三王子である。

 美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられた銀髪のウルフイット第三王子は、学院内でもっとも恐れられている人物だから。


 目を付けられたら終わり……。何人もの生徒があの方に目を付けられて退学になったのよね。

 しかも、親の爵位も取り上げたという噂もあるし……


 目の前にいる私と同じ垂れ目がちなお父様を見つめる。子爵でありながらやり手であるうちは他の貴族よりかなり裕福だ。しかし、王家に睨まれたら子爵家なんて簡単に潰されてしまうだろう。

 だから下手に相談できない。


 どうしたら良いのかしら……


 私は心配する両親に微笑みながらも、自分のおかれている状況に絶望するのだった。



 結局、あれから色々と考えたが何も思い浮かばなかった。


 アルバン様に正直に聞いてみる? でも、金蔓と思っているなら絶対本当の事は言わないわよね……

 せめて、アルバン様だけだったらなんとかなったのに……


 体調も良くなり久々に学院に来ていたが、あの日の事を考えているうちにまた頭が痛くなってしまう。そんな時、人気のない廊下で今一番会いたくない人物に会ってしまったのだ。


 ランドール・ウルフイット第三王子……。なぜ、この廊下を? 三学年違うウルフイット第三王子は使わないはずなのに……


 思わず、踵を返そうとしたらウルフイット第三王子はあろうことか私に声をかけてきたのだ。


「お前、体調は大丈夫か?」

「えっ?」


 思わず振り向いてしまうと目の前に美しいウルフイット第三王子の顔があった。私は全く状況が掴めなく固まってしまっていると、ウルフイット第三王子が私の顔をじっくりと見つめた後、離れる。


「顔色はまだ悪いようだな」

「あっ、いえ、すみません……」


 私は思わず謝ってしまうと、ウルフイット第三王子が怪訝な表情を浮かべてくる。


「なぜ、俺にあやまる?」

「そ、それは……」


 そう言われなぜあやまってしまったのか考えてるうちに、段々とこの状況が理解でき恐ろしくなってしまった。


 目を付けられた? どうしよう……


 思わず黙っていると、ウルフイット第三王子は私の前に小さな籠を出してきた。それはあの日、焼いたクッキーを入れていた籠だった。


 ああ、どこかでなくしたと思ってたけど生徒会室の近くで落としてしまったのね……


 私はそう思った瞬間、ハッとする。あの日、私が生徒会室の近くまで来ていたことがバレていると。


 どうしよう……。盗み聞きした事を怒っているの? まさかそれで退学……それにお父様の爵位を……


 これからの事を考え恐ろしくなり、震えているとウルフイット第三王子が頭をかきながら言ってきた。


「……クッキー美味かった」


 私は思考が止まってしまう。ウルフイット第三王子が言った言葉が理解できなかったから。ただ、しばらくして我にかえりもう一度何を言ったのか尋ねようとしたが、ウルフイット第三王子はあっという間に去っていってしまったのだ。

 しかも、足元にはとても高そうなハンカチが敷かれ、その上に籠が置いてあった。私は籠とハンカチを恐る恐る取る。

 そして中を見て呟いた。


「美味しかった……」


 ウルフイット第三王子が私が作ったクッキーを食べた? どういうことなの?


 私は混乱する頭で状況を理解しようとする。しかし、結局余計に混乱してしまったのだった。

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