4429F・2『 最後の封印 』
夏川 俊
第1話、封印された記憶
『 続きまして、先週7日、千代田区市ヶ谷で起きました、医師殺人事件の
続報です。
殺害された医師、富山敬三氏は、事件直後、複数の人物といた事が、
目撃者の証言により判明致しました。
警視庁の調べでは、少なくとも、中学生くらいの子供を含む、3人の人物が
確認されており、いずれも殺害現場近くに停めてあった、白っぽい乗用車で
殺害時間直後、現場を走り去ったとの事です。
殺害された富山氏は、頭部を執拗に強打されており、怨恨からの犯行と見て
捜査がすすめられております。
尚、富山氏の勤務していた三沢大学病院は…… 』
パソコンのキーボードを打つ手を止め、事件報道をするテレビを食い入るように見入っていた菊地。
両手に、コーヒーカップを持った女子社員が菊池の後ろに立ち、テレビ画面を見ながら、聞いた。
「 平田さんが取材した事件ですよね? デスク 」
彼女の声に、我に返ったように気付くと、菊地は言った。
「 え? あ… ああ…… 」
彼女は続けた。
「 頭が、ほとんど潰れていたそうですよ。 よっぽど、恨みがあったんでしょうかねえ? 脳神経外科の名医だった、って話しですが 」
彼女は、コーヒーの入ったカップを、菊地に渡しながら言った。
「 あ… 有難う。 …平田は、今日は、どうしてる? 」
彼女は、ホワイトボードに書き込まれた予定表を確認しながら、菊地に言った。
「 え~と… その件で大学病院に、取材に行ってます。 もう、帰って来る頃じゃないですか? 」
「 ……そうか 」
コーヒーを飲みながら、菊地は答えた。
自分の机に座った彼女は、手鏡を出すと、髪を梳きながら菊地に言った。
「 でも、中学生くらいの子供って… 何でしょうかねえ? 何か、殺人事件の現場にいた人物像としては、ヘンですよね 」
「 …… 」
菊池は何も答えない。
この事件に関して、菊池は過去にあった『 事件 』をシンクロさせていた。
菊地にとって、記憶の彼方に封印された、あの、忌まわしい事件……
彼女は言った。
「 そう言えば、12~3年前に、そんな事件ありましたよね。 何て、言いましたっけ? 」
「 子供の殺人事件かい? 」
菊地が尋ねる。
「 違いますよ。 頭、潰したりとか、首を切断したしたりとか… ええ~と… 何てったっけ? 」
「 そんな猟奇殺人、あったかなあ 」
「 あたしが、小学生の頃ですよ。 え~と、…あ、そうそうっ! 憂国勤皇隊ですよ! 」
ブッ、と、菊地は、コーヒーを吹き出し、むせ始めた。
「 ゴホッ、ゴホッ…! き、勤皇隊…! ゴホンッ、ゴホンッ…! 」
「 そうですよ、思い出した! 右翼の秘密結社とかで、当時、話題になってたじゃないですか。 菊地さん、知りません? 」
「 ゴホッ、ゴホンッ… いや、そりゃ、知ってるケド… また、そいつらの犯行だってのかい? 」
彼女は答える。
「 そうは思いませんけど、頭を潰すっていう、残忍な所が似てる、って思いましてね。 う~ん… 何か、懐かしいなあ。 暴走族なんかが狙い打ちされて、一時、街が静かになりましたよね~ アレはあれで、いい効果もあったと思うんだけどなあ… 標的にされたのは、汚職議員や官僚たちばっかだったし 」
机の上に飛んだコーヒーを、ティッシュで拭きながら、菊地が言った。
「 …いい効果、か…… 」
「 デスクは、どう思われます? 手段は別にして、あたしは、粛清としての効果はあったと思いますけど? 」
菊地は、しばらく考えてから答えた。
「 …殺人には変わりはないよ。 それに、自分たちの考える主義主張に反するものを、すべて消し去るという事は、独裁主義にも準ずると考えられるんじゃないか? 」
彼女は反論した。
「 そうですかねえ? バイクを乗り回して迷惑掛けてるような連中や、ウソつき政治家なんか、いない方がましですよ。 もちろん、あたしは殺人を奨励してるわけじゃありませんよ? 何て言うか… デスクが言われたような、独裁主義とか、そんな大げさな問題に発展するようなモノじゃなかったような気がしますけど。 …まあ、確かに、一般市民を巻き込んだ、テロ行為のような事件もありましたけどね 」
一般世間では、むしろ歓迎されていたのかもしれない。
だが、放置しておけば、必ず問題は出て来たはずだ。 だからこそ、あの子たちは、命を賭けて阻止したのだ。
事件の裏に隠された、本当の姿……
関係者が、全員、死んでしまっている現在、この事件に関しての事実は、菊地以外、永遠に誰も知る由はない。 また、当事者への偏見を防ぐ為にも、今更、誰にも言えないし、言うつもりもない。
若い命を散らしてしまったあの子たちは、今は安らかに、眠っているのだ。 普通の故人として、このまま静かにさせておいてやりたい……
菊地は、そう思うのだった。
事務所のドアが開き、取材に行っていた平田が戻って来た。
「 デスク、戻りました~ 別に、これと言って、無いっスね。 愛人がいたって話しもありましたが、純粋に、友だちってカンジですよ 」
持っていたカバンを机の上に置き、平田は報告した。
菊地が聞いた。
「 会ったのか? 」
「 ええ。 同じ病院勤務の薬剤師ですから 」
流し台の所へ行き、インスタントコーヒーを作りながら、平田は続けた。
「 大学時代からの友人らしいっスね。 思っきし、太ってますわ。 とてもじゃないけど、愛人って雰囲気は、ないっスねえ~… 」
「 平田さん、その表現、肥満者に対する差別発言よ? 」
出来上がったコーヒーを一口飲みながら、警告した彼女に、平田は言った。
「 絵美ちゃん。 愛人疑惑のウワサを立てられる方が、よっぽどイヤだと思うけど? 」
「 それとコレとは、話しが違うわ。 人権問題なんだから、ジャーナリストとして自覚を持たなきゃ 」
「 はい、はい 」
コーヒーを飲みながら、自分の机に戻りつつ、ナマ返事をする平田。
「 そう言えば、平田さん。 憂国勤皇隊って、知ってる? 」
カバンを開けながら、平田は答えた。
「 はあ? もしかして、随分前のアレか? 」
「 そうよ。 今、デスクとも話してたんだけど、この市ヶ谷の殺人事件、似てなくない? 」
TVの画面を指差しながら尋ねた彼女に、平田は取材内容をメモした手帳を出しながら答えた。
「 そうかなあ……? ただ、頭を数回、殴られただけだろ? 憂国勤皇隊の時は、もっとヒドかったぜ? この近くの繁華街でも、1人死んでるんだ。 …ねえ? デスク。 確か、オレ、取材に行きましたよね? あんときゃ、一番乗りだったスよね! 」
平田が菊地の方を向いて誇らしげに言うが、菊地は苦笑いをしただけで、それ以上は発言しなかった。
「 デスクは、勤皇隊のおかげで、エライ目に遭ったんスよねえ~ 」
平田が、意味ありげに言う。
「 え? デスク… 勤皇隊の標的にされたんですか? 」
彼女は、びっくりしたように菊地を見た。
平田が、笑って説明する。
「 違うよ、絵美ちゃん。 ほら、セントラルホテルの事件、知ってるだろ? 死者が、40人以上出た… デスクは、あの事件に居合わせたんだ。 取材でね 」
「 へええ~…! 」
「 大火災のあった、すぐ下の階から救出されたんだぜ? 奇跡の生還、なんて新聞に報道されてましたよね~、デスク 」
「 さあ、さあ! もういいから、 仕事しろよ、お前ら! …平田、その取材、明日までに上げろよ? 絵美ちゃん、昨日の文芸現代出版のレイアウトは? 」
菊地は、話を遮り、2人を駆り立てるように言った。
あれからもう、15年の歳月が経った。
憂国勤皇隊……
菊地は、久し振りに、その名を聞いた。
心の片隅にしまい込んでいた、記憶の片鱗を詰め込んだ木箱を、いきなり開けられたようで……
あまり見たくないその中身を、慌てて再び蓋をしたような気分になった菊地だった。
( 友美ちゃんが生きていれば、もう33歳になるのか…… 俺だって、来年は40だもんなあ。 春奈ちゃんが言ってた『 オジサン 』になっちまったな )
少し、笑いを浮かべ、菊地は当時を想い出していた。
( メガネを掛けていたのは… 愛子ちゃんか…… 里美ちゃんに、熨田 浩子。 大館に… 社か…… )
忘れかけていた名前が、記憶に甦って来る。
( 会った事はないけど、桜井ってヤツもいたな。 あと、小沢 ユキ……! )
15年前の、あの一件で、菊地が巡り逢った、これら人物たち。 今はすべて、もう、この世にはいない。
時代の通過点のように、若い命を散らして行った、彼ら……
何か、虚しさを感じ入る心境の菊地だった。
仕事を終え、そんな想い出にふけりつつ、繁華街を歩いていた菊地。
ほろ酔い顔のサラリーマン数人が、菊池の横をすれ違って行く。 細い路地先に並べられた数個の電飾看板が、薄暗い道に映え、まるで精霊流しの行灯のようだ……
菊地は、裏通りに入ると、小さなバーの扉を開けた。
「 あら、いらっしゃい 」
淡いブルーのワンピースを来た女性が、カウンター越しに迎える。
「 ご無沙汰しちゃって… まだ、ボトル残ってたかな? ママ 」
「 あるわよ? 水割りで良かったわよね 」
名札の付いたボトルを出しながら、ママと呼ばれた女性は、小さく笑いながら答えた。
数人の客が歓談する店内を見渡すと、菊地は、カウンターの一番隅の席に座った。
「 どうしたの? 菊さん 」
先程の女性が、コースターと水割りを持って来て、菊地に尋ねた。
「 え? 何が? 」
「 菊さん、ウチに来る時は、いつも、ヘコんだ時だから 」
小皿にスナックを盛りながら、彼女は言った。
「 はは…! そうだっけ? 」
「 そうよ。 でも、忘れずに来てくれるから、許してあげる 」
菊地がくわえたタバコに、火を付ける彼女…… 歳は、確か、菊地より2つくらい年上のはずだが、見た目には、40過ぎには見えない。 以前は、有名企業の秘書室にいた事があるそうで、知的な印象を受ける女性だ。
「 今日は、別にヘコんじゃいないよ。 たまには、ママの顔を見に来ないと、忘れられちゃうからね 」
「 まあ、嬉しい! お好み焼き、作ってあげようかな~? 食べたい? 」
「 いいね 」
菊地の返事にウインクで返すと、彼女は厨房に入って行った。
菊地は、酒好きでは無い。 この店にはカラオケが無く、静かな雰囲気が気に入っていたので、たまに来る程度だった。
…確かに、ヘコんだ時に、よく来ていたかもしれない。 じっくり考え事をするには、丁度良い場所なのだ。 バカ騒ぎが、苦手な菊地であった……
「 ちょっとコゲちゃった~ ごめんね? コンロの調子が良くないのよ 」
しばらくすると彼女が、お好み焼きを持って来た。
「 やあ、ママの手料理は、久し振りだな 」
菊地が箸を付けると、彼女はカウンター内にあったイスに腰掛け、言った。
「 ねえ、菊さん。 前に、知り合いの探偵さん、紹介してくれたじゃない? 」
「 …ああ、友だちのダンナの浮気調査の件か。 その後、どうなったんだい? 離婚調停 」
お好み焼きを食べながら、菊地が聞く。
「 何とか、今年の始めに示談成立したみたい。 慰謝料と離婚の財産分与、5800万円だって…! 」
「 そりゃ、凄いな! まあ、ダンナは不動産でボロ儲けしてたんだ。 そのくらいあってもいいだろう 」
「 あの子、いい探偵さん紹介してくれて有難う、って。 菊さんにも宜しく、って言ってたわ 」
「 ははは。 ママの顔が立てられて良かったよ 」
「 でも、探偵って、凄いのね。 何でも判っちゃうんだ。 浮気相手の住所はもちろん、携帯のメルアドや、買い物した商品内容まで報告書に書いてあったらしいわ 」
食べ終わった皿に箸を置くと、水割りのグラスを手に取りながら、菊地は言った。
「 場合によっちゃ、ゴミあさりもするそうだよ。 あまり大きな声じゃ言えないけど、不法侵入や身分証明の偽造なんて、しょっちゅうだそうだ 」
「 ふ~ん… やっぱり大変なんだ。 そりゃ、そうよね? 普通じゃ判らないから、頼むんだものね 」
グラスの氷を鳴らしながら、菊地は言った。
「 …墓の中まで持って行かなきゃならない事も、いっぱいあるって言ってたな… 」
「 秘密は、守らなきゃいけないものね 」
「 守秘義務、ってヤツさ… オレたち、記者にもあるよ 」
…あの事件。
それも、守秘義務なのだろうか……
グラスの水割りを、一気にあおる菊地。
「 菊さん… やっぱり、ヘコんでる 」
新しい氷で水割りを作りながら、彼女は言った。
「 そんなコトないよ? ただ、ちょっと考え事があってさ…… 」
菊地の前にあった皿を下げると、カウンター内の流しで洗いながら、彼女は言った。
「 いっつも、いっつも、考え事して… 」
ハンガーに掛けてあったタオルで、洗った皿を拭き、食器棚に入れる。
「 そんなに、何を考える事があるの? 」
そう言うと彼女は、再び、菊地の前に座った。
「 ん~… 何だろねえ~…? 」
他人事のように、そう言うと、菊地はタバコをくわえた。 彼女が火を付ける。
ふう~っと、煙を出す、菊地。
彼女が、菊池を見つめながら言った。
「 …その頭の中には、活字や文章がいっぱい詰まってるのかしら。 一度、覗いて見たいわ 」
「 不法侵入は、犯罪だよ? 」
「 お好み焼きの合鍵じゃ、ダメ? 」
「 無理だろうね。 二重ロックだから 」
「 じゃ、サムターン回しで入っちゃう 」
「 おいおい、物騒な話しだなあ…! 」
彼女は、真剣な眼差しで菊地を見つめていた。 その視線に、何かくすぐったいものを感じ、菊地は目をそらせる。
グラスの水割りを一口飲み、菊地は言った。
「 まあ、ここは数少ない、静かな所だからね。 考え事するには、丁度いいんだ 」
彼女が、つまらなさそうに言った。
「 それじゃ、あたしや店の娘たちの出番が、無いじゃない 」
「 そんな事ないよ。 いつも意見、聞いてるじゃないか。 結構、助かってんだぜ? 」
「 そう? 」
「 そうだよ 」
スナックをかじりながら、菊地が答える。
「 じゃ、今日の考え事は、なあに? 意見してあげる 」
カウンターに、両手で頬杖をし、ニコニコしながら彼女は言った。
菊地は、くわえタバコの右掌で、彼女と同じように頬杖をしながら言った。
「 会期末を控えた通常国会において、予算審議が衆議院を通過するのは… 」
「 ああ~ん、分かんないよ、そんなのお~っ…! 」
「 じゃ、中東のイスラム勢力が、実はヨルダンを通じて… 」
「 それも、パ~ス! 」
「 高齢化社会における、年金運用基金の… 」
「 パス2 」
「 ダウ平均株価が… 」
「 パス3 」
「 …あのさ、トランプやってんじゃないぞ? 元、秘書はドコに行ったんだよ 」
両腕でバッテンを作ったまま、彼女は言った。
「 もっと、簡単な話しにしてくれなきゃ、ヤだ! 」
「 ヤだ、ったって… う~ん… あ、これはどうだ? 厚生労働白書によると、サービス業で働く人口の、約4割が未成年で、そのうち、夜のサービス業に従事している割合が、年々増加傾向にあるそうだ 」
「 黙秘権を、行使致します 」
「 …… 」
細く、ゆっくりと立ち昇る一筋の紫煙が、ひと時の時間を演出していた……
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